試練9

「なんだ」

 魔術王はリリーへ歩み寄る足を止めた。

 勇者は大きな力によって立ち上がった。身体中の痛みは消えないが、力を感じる。起き上がろうとするブラッド、魔術王に身構えるリリー。衝撃波で吹き飛ばされたフィー。勇者はそれを確認すると、こちらを向く魔術王を睨みつけた。

「……お前の後ろにいるのは何だ!」

 魔術王はたじろいでいた。

「戦神様」

(我が伝説を知っておきながら、一握りの命を救う為に勇者の命を捨てるのか)

「俺が死のうと第三、第四の勇者が現れるだろ。だったら見えるものだけでも救って死ぬ」

(眼前の命を救えぬ者に、世界は救えぬ。気に入った。我が加護を授けよう)

 勇者は銃を構えた。背後の大きな力が銃に集まって行くのを感じる。

「リリー、魔術王に向けて鏡を構えておいて。危ないから」

 勇者の言葉に、リリーは頷いて水鏡を構えた。

「わざわざ当たりに行くと思うか?」

 魔術王は勇者に手をかざした。黒い炎が渦を巻く。そこへ、ブラッドが飛び掛かる。魔法は暴発し、ブラッドは黒い炎に包まれる。

「この黒いの、間を空けないと打てないんでしょ?」

 炎の中でブラッドが笑うと、魔術王は顔を歪めた。

「最大の防御壁を作れば良いだけだ……」

 魔術王は両手を勇者に向けて、正面に黒い防御壁を作り出した。

 戦神の力に反応したのか、周囲に精霊たちが集まりだした。銃は赤い光を放ち始める。

「戦神様。伝説の一太刀、借りるよ」

 勇者は構えた銃口をリリーへ向けて発射する。大きな音とともに放たれた赤い光線は、水鏡によって角度を変え、正面に構えた防御壁の脇から魔術王に直撃した。

 赤い光は大きく光ると魔術王の体に赤いヒビを走らせていく。魔術王は動くことができずに立ち尽くしていた。ヒビは瞬く間に全身に広がっていく。

「な、なっ」

 魔術王は赤い光とともにバラバラになり、同時にブラッドを包む炎も消えた。しばらくの静寂の後、力の抜けたリリーが膝をつく音が洞窟に響く。

「倒した」

 勇者は息を吐いて倒れこむ。敵を倒したことで冷静になると、忘れていた身体中の痛みがよみがえった。

「俺の命、まだ残ってるけど」

(我が魂は未だ封じ込められし故、本来の加護には至らぬ。そして数多の精霊たちが糧となった)

 勇者は周りに集まってきた精霊たちを思い出す。彼らが命の代わりとなってくれたようだ。

「……運が良かったってことか」

(我が魂は暗雲を切り拓く一閃。本来、命を奪うものではない)

「戦神様が強すぎて、加護に耐えられずに死んでしまうわけか。それで今じゃ厄介扱いで封印か。嫌な話だな」

(平和ならばそれで良い)

「ちょっと魔王をぶっ飛ばしてきてくれませんか、戦神様」

(依り代は汝になるが?)

 勇者は笑う。

「パスで」

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