敗者の傷跡
「まるで歯が立たなかった」
勇者は正直に言った。手加減されていても勝ち目がなかった。サイクロプスにしても、勢いで降参させることはできたが倒すことはできなかった。単純に自分の実力を思い知らされた。
「瞬殺されなかっただけ凄いわ。実戦経験なんてほとんどないんでしょう?」
勇者の気も知らずに、ブラッドは嬉しそうに笑っていた。そして、「銃弾はなかなか効いたわ」などとおどけて見せたが、勇者は苦笑いしかできなかった。
「見込みはあるわ」
「勇者はもっと強いんだろ」
勇者の言葉に笑顔だったブラッドは目を伏せた。
「……強過ぎたのよ。彼の中で、私が足手まといになるくらいにね。戦闘力だけで見れば私が上かもしれない。けれど、私には魔力がないから魔法に弱い。だから、必要なくなった」
ブラッドは大きな傷を撫でながら続けた。
「一撃よ。それこそ、まるで歯が立たなかった。最後に見たのは彼の思い詰めた顔。私を見ていたのかはわからないけどね」
険しい顔をするブラッドに、勇者は言葉を悩ませた。強さも話の重さも、自分の旅行じみた冒険とは比べ物にならない。強過ぎて浮いているはずの彼女を前に、自分自身の足が地についているように思えなかった。
「この傷は負けの証。まるで彼との実力の溝を体に浮かび上がらせたようだわ」
ブラッドは傷痕を改めて勇者に見せた。額から胸まで伸びた大きな傷だった。ブラッドを一撃で沈めた先代勇者は、一体どれほどの強さで、何を思い斬りつけたのだろうか。勇者にはわからなかった。
「恨んでるのか?」
「わからない。ただ、私はやられたらやり返すタイプなの」
ブラッドは息を吐くと、再び微笑んだ。
「だから、ついて行くわ」
勇者はブラッドの目を見た。まっすぐ
「わかった」
勇者が手を差し出すと、ブラッドは力強くその手を握った。勇者の指は、日常の生活では曲がらない方向に広がった。
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