第一章 新しい勇者
村の青年
空は黒い。太陽を見なくなってもう二年が経つ。世界は魔王の存在によって暗く閉ざされたままだった。
青年はつまらなそうに空を眺めていた。
ここは小さな村だった。二年前、ここから村一番の勇敢な青年が魔王を倒すために旅立った。らしい。
らしいというのは、自分はその時父と船に乗っていたからだった。海を越えて商いをする父の手伝いで一年程、航海をした。村に戻ってきた時には、すでに勇者が村を出て半年が経っていた。
勇者の名前は知っていたが、話したことはなかった。青年にとってはその程度の関係だった。頑張って倒してくれ。と心の隅でささやかに応援はした。
それから半年後、つまり勇者が旅立ち一年後、勇者の消息が消えたと知らせが入った。青年はため息をつく。
どうせ金でも積まれたのだろう。人間、頑張った分だけ対価を求めるのが普通だ。名声だけのボランティア活動に命をかける馬鹿はいない。満身創痍で魔王の城に乗り込んだ時、「ここまでよく頑張ったな」なんて言われたら、自分だったら泣いてしまうかもしれない。
だから、勇者を責めようとも思わない。魔王は早く晴れにしてくれれば文句は言わない。
「よう、何ぼーっとしてんだよー?」
声をかけられ、青年は顔を向ける。そこには村を案内するのが大好きな男が手を振ってきた。
「日向ぼっこができないんだよ」
青年はつまらなそうに笑った。
「無い物ねだりはできないからな。それだったら、俺がこの村を案内して……」
「親父がそろそろ帰ってくるな」
青年は男を無視して歩き始めた。
青年の父は小さな港に割と大きな船を停めていた。
「おかえり、やっぱダメ?」
「ああ、もうモンスターを倒すための武器や防具はほとんど売れない。早めにある程度売っといてよかったよ。武器に関しては量が減った分、魔法陣で運べるようになったから楽だけどな」
勇者がモンスターたちを皆殺しにして回ったおかげで、モンスターを倒すための装備が全く売れなくなったらしい。世界が平和になれば、武器はいらない。
「村の特産品に絞って商売をしないとやっていけなさそうだな」
「頼むから俺が継ぐまではジョブとして成立させておいてくれよ」
親子は声を出して笑う。
そう、世界にはモンスターがほぼいない。世界各地のダンジョンは、勇者たちによってジェノサイドされており、何もない。平和にはなったが、それを見据えて商売をしていた人々は苦境に立たされていた。
青年の村にも、いかつい装備の大男が武器を並べていたが、最近はトーストやコーヒーを販売している。人気メニューは「七色の宝剣で切ったベーコンサンド」だ。味は普通。
「おじさん!」
親子の元に、一人の少女が駆け寄ってくる。歳は青年と変わらない。
「おお、久し振りじゃないか?」
「二ヶ月振りくらい!」
青年ははしゃぐ少女を横目に見ながら、平静を装っていた。
都市部の王国の踊り子だった母を持つ少女は、納得の美人だった。青年は惹かれていたが、柄ではないので言い寄る気は無かった。それに彼女は、勇者の信者だった。
「お祈りの帰り道にちょうど見かけて!」
「勇者への祈りか」
青年の父は少女に微笑んだ。
「はい! 早くお戻りになられるよう、祈り続けます!」
少女の眩い笑顔は青年の心にも暗雲を生んだ。
結局は花形に陽が当たる世界だ。ただの商人の息子が夢を見ていい相手ではない。少女がここにきたのも、商人という父の特別な土産話を聞きたいからだろう。
青年は面白くなくなり、先に家へと向かった。
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