この空はつながっているから

@rainshot

旅日誌〜0〜「旅のはじまり」


 小さな頃の数少ない思い出の中で…今でも思い出せることがある

 いつ、どんな時にかは忘れたけれど、教えてくれた言葉


「どこにいても、誰といても、何をしていても、声は届く。そう信じていいんだ」


 そのときの俺は、その意味を十分に理解なんかせずに、ただ「うん」と返事をした気がする

 …まぁ、今だって理解は不十分だろうし、もし今そんなことを言われても、きっと、信じもせずにただ相槌を打つだろうけど


 けど、それでもその言葉は、その理由とともに、今も心に残っている

 彼は、おそらく俺の親父は、その理由を恥ずかしげもなくこう教えてくれた


「この空はつながっているのだから」


 ・・と。 





 ~旅日誌0『旅のはじまり』~ 


「・・・あ~。俺、この世界で生きてんだよな・・・」


 背の高い木々の間をくぐり抜け、そびえ立つ岩壁を乗り越えて、今、その上に仁王立ちする少年は、目の前に広がる光景を前にいきなりそんなことを口にした。

 何も遮ることのない視界に見えるのは、上半分が空、下半分の上半分が遠い景色としての山、そしてその下に岸壁から遠くの山まで延々と続く木々、林、森の海。

 吹き上げる強めの風が、彼の長くない髪をさっぱりと突き動かす。


 見上げる空の高さと広がりに、自分の小ささを確認。

 大地の力強さと安心感に、自分が生きていることを確認。


「永く空にいたわけでも、海に出てた訳でもないのにさ。

 …ふと、そう思ったりすることってあるよな」


 言葉は、少年のあとに続いて岩壁を登ってきていた仲間に向けられている。

 が、返事を欲している訳ではなかった。

 少年は、心の中で

(ま、人は、自分の世界に閉じこもりがちってことなんかな)

 とつぶやきを足してみたりして、1人物思いに耽り始める。

 そして考える。

 (”なぜ”、今俺はここにいるのだろう)

 ・・・・と。

 

 目の前に広がる大きな世界を前に、それでも自分を信じて別の道へと一歩踏み出したのは、どれだけ前だったか。

 ・・・・。

 ・・・みたいな葛藤らしきものを演じている。

 が、そんな面倒くさいシチュエーションに付き合うつもりがない仲間は


「・・・あのさ」


 あくまでも物腰柔らかく、優しく声をかける。


「・・・ん?」

「なんか格好いいこと言ってるけど」


 別に責めているわけではないよとわざとらしい雰囲気をかもした上で


「迷っただけ…でしょ」


 容赦ない現状の確認。


「そうとも、言うかな」


 対する返事は、言葉ほど悪いと思っていなさそうだ。


「はぁ、そうとしか言わない」

「やっぱり?・・・でもさ・・・あ~、残念だな・・・俺もそう思ってた」


 絶壁の上でのんきに話し合う少年2人は、迷子だった。

 見た目は10代半ば過ぎ頃か。

 会話から醸される雰囲気も、若者のそれだ。

 が、2人が歩いてきた道、今立っている場所の険しさから、一般的な少年とは少し迷い方が逸脱しているのが分かる。 

 

「とりあえず少し休むか」


「ん」


 少年らは、その”見晴らしのいい”岩山にとりあえず座り込み休憩を始めた。

 そして、即席で容易したお茶を片手に、地図とコンパスを取り出す。


「やっぱり、さっきのとこ左だった?」

「さっきのところか・・・。さっきのところね・・・。

 って、ど~こ~のっ?

 道らしい道なんか随分と見てない気がするけど?」

「む。

 そもそも、初めにこっちの方が絶対に近道だとか言ったのはエールだ」

「そ、それは、・・・?アルトだって納得しただろ」


 責任のなすりつけない、の割には、別に雰囲気は悪くない。

 エールとアルトはいわゆる幼馴染だ。


「・・・あれ?」

「コラコラ、話をそらすなよ」

「その話、もういい」

 

 片方が話をいきなり中断するのも日常会話のうち。

 何より、こういったいきなりの直感的中断は


「ん。

 やっぱりおかしい」

 

 何かいいところに気がつき始めたときだとお互いが知っている。

 とはいえ、おかしいと言って手にとったものは、間違いのないはずの最新の地図と、狂っていないはずの新品のコンパスだった。

 通常、迷子は、迷子側に責任があるのが世の常なのだが


「お前もそう思うか?」


 実を言うと、2人とも自分たちの迷子に納得がいっていなかった。


「ん。そもそも、山育ちなのに、方角ごと見失うはずない。

 コンパスも地図もあるなら、なおさら」

「だよな。村を出てから1ヶ月、予定どおりミラの町は通り抜ける事ができたしなぁ。

 こんなとこ、迷う要素なかったよな」

「ん」

「考えられるのは…、何か気づかなかった原因があるのか」

「もしくは、身の程知らず」

「っと。

 まぁ、とりあえず自分を信じようぜ。

 ただ、誰かに迷わされてるんだとしたら」

「・・・いい迷惑」

「だな」


 2人はお茶を飲み干して、良すぎる景色を眺め、この中のどこかに目的地が本当にあるのかとうなだれる。


「イスカの町までいきたいだけなんだけどな」

「引き返す?」

「う~ん。でもそれじゃあ…時間がなぁ」

「バスはいつ?」

「ん?

 っと待てよ・・イスカからペイジン行きは・・・2週間後だな。

 引き返すとなるとちょっとしんどいな」

「逃すと?」

「さらに2週間後だな」

「うげ」


 2人は、休憩をしながらこの後の行動を慎重に決めようと考える。

 そして


「いい旅立ちができたと思ったんだけどなぁ」


 ほんの2月前、旅立つ前の自分たちを振り返る。







 ~迷子から2月前~


 大陸中心部より南南東の果ての樹海の先には小さな村が点在している。

 陸地の交通は不便で、大抵遠出をするなら船が用いられるこの辺境では、昔から海岸沿いに作られるオレンジ色の果実が有名な村だ。

 で、その村で育った2人のやんちゃ坊主?はというと、今、その樹海の中にいた。


「アルト。準備はできてるか?」


 小声でそう無線機に話しかけている少年は、樹海の中といっても、大地の上ではなく、10メートルはあるかと思われる巨木の枝の上に立っていた。

 ショートより少し短めの髪は、ささやかな風にも揺らめかず、着こまれた迷彩柄の作業服と相まって完全に存在を消している。


 「とっくに。今度こそ仕留める。エールは?」


 アルトと呼ばれた少年は、岩壁に背を預ける格好で応答していた。

 彼は、離れた場所で待機していた。

 同じく着こまれた迷彩服を着て、さらに、頭に面白い帽子をかぶっている。

 具体的にいうと、帽子は普通なのだが、頂点に六角形のオプションが付いている帽子だ。

 が、彼もまた、極力存在感を消すように努力していた。

 目標はただ1つ。

 因縁の相手との決着だ。

 

「順調!あいつの行動は今のところ予想通りだ。…悪いけど、今回こそ出番ないかもよ」

「それならそれでいいよ。

 どっちにしても僕の発明だし」

「こらこら」


 そう言いながらも手に握る武器に目を落とす。

 武器…といっても、同じものをどこかで見たことはないのでなんとも言い難い。

 あえて言えば、”槍”に似ている。

 円錐状の金属の根元に噴射型の火薬が囲むように取り付けられた、槍先に銀色の棒がくっついているという…手作り感満載の形状だ。

(ま、見た目はともかく…確かに、当たりさえすれば…)

 槍の重さと火薬の量から、威力への期待が実感される。

 しかも、仕掛けはよくわからないが、棒に付けられた引き金を引けば槍部分が発射されるらしい。

 めいっぱいの火力で狙いが定まらない分、使い慣れた棒で狙いを微調整できるという設計だ。

 不恰好な割にとても理にかなっている。

(さっすが)

 しかし、油断は絶対に禁物だ。


「さて、相手が相手だ。

 それに、チャンスは今日しかない。…しっかりな」

「そっちこそ」

「よし・・・もうすぐ目標がポイントを通過するはず…っと、来たな」


 ズーン、ズシーン

 広い広い森、もし上から見渡せば、湖と言っていいほどの広さの森中に響く足音。

 それが、次第にの近くへと近づいてくる。

 目標の視界に入らないよう、”槍”を背負って大木の後ろに回る。


「そろそろ時間だ。

 作戦は予定通り1から。

 その後は臨機応変。

 ダメでも最後の作戦には必ずつなげる」

「了解。・・・でも、忘れてないよね?

 何よりも大事なのは・・」

「命・・・だろ」

「ん」


 これまで何度も繰り返されて聞きなれた確認の一文字の返事で無線は切れた。

 大事なのは第一に自分の命。

 その教えを再確認し、使えない視界の代わりに近づく足音と気配に集中する。


(こいつに挑むのももう今日で最後だ。

 何百回と負けたけど、今日こそはいける!)


 ズーン、ズ、シーン、ーン、・・。

 と、急に近づいてきた足音が徐々に小さくなった。

 (止まろうとしてる?…もうポイントの近くのはずだ。まさか、気づかれたのか)

 そう緊張が走ったその時

 ズズーーーーーン。ギヤアアアアアアア!!!1

 大きな物体が地面に落ちる土砂崩れのような音とけたたましい鳴き声が響いた。


「かかった!」


 小声でそう漏らすと、槍を手に取り目標の頭上へ飛び出すため、入り組んだ巨木の枝を全速力で飛び渡る。

 そして、もはや止まるつもりもない速さで、目標に最も近い枝までくると、一瞬で第1作戦の成功を確認した。


 (へへっ。落とし穴はいつまでも誰にでも有効ってね)


 槍を前に突き出し、動く目標の唯一の急所である後頭部へと狙いを定めて木から飛び降りた。

 落下速度は、飛び降りる力と槍の重さが相まってとても速い。

 だが、研ぎ澄まされた集中力は、槍の矛先を、落とし穴に落ちた驚きで動きまわる目標の後頭部へとピンポイントで誘導する。

 まだ、気づかれていない。


 「あと…少し…」


 ・・・・

 ・・

 ・コンマ数秒の時間を惜しみながら絶好のタイミングを見計らい、引き金を引いた。

 槍は、絶妙なタイミングで、寸分の狂いもなく発車された。

 全長5メートル、二足歩行タイプのドラゴンに向かって。





 少年の決死をかけた1発は、森に2つの音を轟かせた。

 1つは、ドガーーーーン!!という槍の着弾、爆発した音。

 そしてもう1つは、ギャックショーー!!…?という予想していなかった音。

 

 直前に目撃したものが信じられず、唯一の特技を繰り出して難なく着地した後、立ち上がってドラゴンの方へと振り向く。

 しかし、視界の大半は巻き上げられた土煙で失われていた。

 届くのは、煙の向こうから聞こえる、バキバキと木が倒れる音だけ。

 作戦がうまくいっていればその木の手前に、ドラゴンも倒れているはずだ。

 

「・・・はぁ。

 ・・・・・くそっ」


 しかし、そんな期待はすぐに捨て、土煙が晴れるまで待たずに一目散にその場からダッシュでの離脱を選択した。

 と、その直後、ついさっきまで立っていたはずの領域が炎に包まれ、勢いで土煙が消し飛ばされた。

 案の定だ。

 残念ながら、直前に見た光景に間違いはなく、渾身の一撃はかわされてしまったのだ。 


 一気に晴れた土煙の向こうから、これまで何度も見てきた忌々しいやつの面が現れる。

 ドラゴンのくせに、スタイルの悪い体つき。

 人でたとえれば、小太りの中年のおっさんがぴったりだ。

 さらに、飛べもしない大きさで、パタパタとうごく翼。

 鋭い爪…が本領を発揮しそうにない、太くて短めの腕。

 

 と、まあ、あげたらキリがないほどのカッコ悪さのくせに、全部足して見れば意外にもダンディーな雰囲気をもっていそうで…イラッとする。

 そして何より、こっちの作戦が失敗したときに見せる


「・・・・バフっ」


 あの、『まただめだったなぁ、おしかったおしかった』と言わんばかりの上から目線かつばかにしてるに違いないため息。

 本当にイラっとする。

 が、そうもばかりいっていられない。

 なぜなら、お決まりのパターンでは、この後やつは、殺すつもりで追いかけてくるからだ。

 (・・・ほぉ、そうかい。…今日も10秒待ってくれるってか)

 ここで逃げるのはしゃくだが、立ち向かったときも10秒止まっていてくれるわけではない。


「・・・ああっ!くそっ!」


 叫んで、逃げ出した。

 もちろん、逃げているように見せて、第2作戦上へ向かってはいる。

 だから、無事に逃げきれさえすれば、これもまだ作戦のうちではある・・・のだが。


「くそ、くそっ、チッックしょーー!!」


 あとちょっとだった奇襲作戦が、あんなことで頓挫したと思うと悔しさが暴れだしてきそうだ。


「だーーーーもう!!なんであのタイミングで、くしゃみかなぁあ!!」


 気づかれずに背後をとった、最初で最後の渾身の一撃は、クシャミをしてかがむというコメディーのような理由で外れたのだった。

 グアァアアアア!

 激しい咆哮とともに火炎が襲いかかってくる。


「元気だねえ」


 余裕で追いついてきたドラゴンが憎たらしい。

 少なくとも多少は負傷させられると踏んでいたためだろう、第2作戦場所まで行くのが難しくなってきている。

 (間に合わねえ、…追いつかれる。

  こりゃ第2はパスだな。

  …勿体無いけど。最終ポイントのが大事だ)

 作戦を即断で切り替え、逃走ルートを変更すると、つい何日か前に挑戦した時に焼き払われた森林にさしかかった。

 (こっちの方が早いか)

 思うや否や、感覚に従ってそっちへと飛び出す。

 最終ポイントまでは、後200メートルくらいだ。

 と、その直後、さっきまで走っていた場所の数々の岩や木片がぶっ飛び、その後ろから、ふざけた小太りのおっさん、もとい、ドラゴンがヘッドスライディングをかましていた。

 ドラゴンは、勢いをそのままに前方宙返りをしながら立ち上がると、その黄金色…に近い黄色の鱗に太陽を反射させながら、ズシンズシンと腕を振りながら二足歩行で走って追いかけてくる。


「冗談みたいなメタボがいるなぁまったく。

 大体、…なんだあれ。

 サングラスか!?」


 いったいどこで手いれたのか、自分で作ったのか。

 特注サイズの黒い透明な板切れをメガネのように掛けている。…ドラゴンのくせに。


 「それから、その黒服!おしゃれのつもりか!」


 ツッコミ所満載すぎて我慢ができない。

 その分、抜け目なく、走りながら、目くらまし用に腰につけておいた爆弾をポロポロと落としていく。

 が、ドラゴンは、ズドーン、ドガーン!と、まるでどこかのヒーローが爆撃の中を疾走するかのように、巨体をスマートに駆使し、爆撃の合間をすりぬけさせて追いかけてくる。

 ドラゴンは高い知能をもつというが、こういうものだろうか。


「何気取りだ!ってか、いつものアロハはどうした!」


 なんだか突っ込みどころが間違えている気もするが、全速力の最中だ、仕方ない。

 が、そんなツッコミを入れながら、今度は、最後の爆撃の煙幕をが切れるか切れないかのタイミングを見計って、今度は針の束が炸裂する爆弾をドラゴンの目が現れるはずの場所目がけて投げた。

 狙い通り、煙幕が薄らぐ向こうにドラゴンの顔らしき影が映る。

 が、吸い込まれていった爆弾は、影にぶつかっても爆発音を発しない。

 代わりに聞こえてきたのは、「ジュッ」という消滅音。


「げっ。まずい」


 ドラゴンが火を吹くことを察知し、走る向きを90度変えて、再び森の中に飛び込んだ。

 爆風に吹っ飛ばされながら、先ほどまでいた辺りすべてが溶鉱炉と化しているのがちらっと見える。

 またしても間一髪。

 吹っ飛ばされた時に、少し体を打ったがすぐさま起き上がってドラゴンの動きを確認する。

 と、ドラゴンは、口から出る黒い煙をモクモクとさせたままこちらを見ていた。

 そして、目が合うと、フッと笑い、ボァっと煙を輪っかのようにして吐き出してみせ、『なんだ逃げてばかりだな、今回も』と言わんばかりのバカにした目でため息。


「どちくしょう」

 

 腹は立つが、激情に任せて勝てることはないことは何年も前に経験済みだぞ、と何度も自分に言い聞かせる。

 そして、精一杯怒りを抑えた上で不敵な笑みを作り、ドラゴンを睨み返すと


 (あいつは、次に何が来ようと負けはしないって思ってやがる。次は何だって思ってやがる。だから、追ってくるはずだ)


 再び全速力へ逃げ出した。

 アルトが待つ、最終ポイントへ向かって。

 





 残すところ、あと10メートル。 

 左手には岩壁。

 最終ポイントは、その10メートル先を左に曲がったところだ。


 「はぁ…はぁ(よし。なんとかこれたぞ)」


 後ろをちらっとだけ振り向き、目標の位置を確認する。

 長い逃走劇で体が限界に近いが、そのおかげで、ドラゴンとはベストな距離感を構築できた。


 (最後の、一仕事だ)


 こそっと左のポケットから小さめの道具を取り出す。

 あくまでも、これまでと同じように、爆弾でも取り出すかのような仕草で。


 (ここで変に勘ぐられたら意味ない)


 なにせ相手は、メタボのおっさんに見えても、スピーディーに動きまわるドラゴンだ。

 さらに言えば、知能もめっぽう高い。

 もはやただの罠では引っかからないことは、これまでの朝鮮から身にしみて分かっている。

 そして今回も、やつは、罠があることを前提に、加減しながら追いかけてきている。

 (けど、今回はちょっと違うぞ…っと)

 視線を戻すと、10メートル先に左に並ぶ岩壁の切れ目が見えた。

 ただ、”見えた”というと少し語弊がある。

 実際、走っているエールの位置、ましてやドラゴンの位置からはそこが左折可能だとは確認できない。

 手前と奥の岩壁の岩の色のせいで、壁は続いているようにしか見えないからだ。

(このタイミングなら、あいつはもう曲がりきれないはず)

 エールは、走りながら、先程取り出した道具、鍵付きのワイヤーを胸に構えた。

 小さくとも立派なカギ爪が存在感を放ち、対するワイヤーはほぼ透明に近いものだ。

 それを曲がり角の岩壁に投げて打ち込む。

 そして、


「フッ」


 ドラゴンを一瞥してニヤリと笑ってみせ、そのまま進路右前方、岩壁とは逆方向へとジャンプをした。

 あたかも、何かが打ち込まれた岩壁に何かが起こり、人間はそれを回避するために反対へ飛んだ…と思わせるように。


 案の定、賢しいドラゴンは、すぐに対応した。

 岩壁を警戒して少し離れて人間を追いつつ、岩壁にも意識を残している。

 

 (もしかしたら、その後どうやって俺を見下すかまで考えてるかもな…だけど)


 ドラゴンの意識、いや、予想は、どちらも裏切られる形となった。

 先に気づいたのは人間の動き。

 右に飛んだのに、その体は空中で左へとスライドしていく。

 では岩壁は?

 …何も起こらない。

 そして、それを確認したときには、人間の姿は壁の中へとスッと消えて行いったのだ。


 「うっし!!」


 ワイヤーを半径にぐるっと左折しながら、後ろを振り向き、ドラゴンが岩壁の影に消えていくのを確認する。

 そして、これが大事。

 最後の最後にバチっと目が合ったところで


「ハンッ」


 と”したり顔”を大げさに返す。

 これで、相当お怒りになるはずだ。

 が、手は休めない。

 仕上げにと、つないでいたワイヤーをカギ爪からブチッと引き抜いた。

 途端、残されたカギ爪が小さな爆発を起こし、何も起きなかったはずの岩壁から、計算されたように道を閉ざす形で崩れ始める。

 さらに、細かい爆発が連鎖し、砂埃も発生させ、さらに視界を悪くした。


「完・璧!」


 思わず出た気持ちと同時、ズザーーーー!!っと土煙の向こうから、大きな地響きが聞こえ、フッと無音になった直後、大きな地響きとけたたましいドラゴンの声が聞こえてきた。

 計算通りに行ったなら、ドラゴンが急転回するために足を踏ん張っている最中、油に足を取られてすっ転んだはず。

 見れないのが残念なくらいカッコ悪いことになってるだろう。

 でも、おそらくそこから体制を立てなおすのに3秒、そしてこの道へと飛び込んでくるのにコンマ数秒。

 普通は壁に激突しないように躊躇しそうだが、あいつはそんなタマじゃない。

 だからこそ、最終ポイントだ。


「来るぞ!アルト」


 目の前の最終ポイントで仁王立ちするアルトへと合図をし、そのまま、アルトとその横にズラッと横並びしている3台の発明品を飛び越え、後ろに回った。

 どんなに体勢を整えていようと、ここまでコケにされれば、今のあいつは怒りで我を忘れているはずだ。

 だからこそ、アルトが発明した、このゴテゴテしい対ドラゴン用兵器が当たる。


「ふっ」


 自信があるのだろう。

 ドラゴンが岩を蹴散らし、土煙からまさにその姿の一角を表そうと知るタイミングで、アルトは不敵に笑ってスイッチを押した。 


 ダダダン!ダダダン!ダダダン!


 エールが先程当てそこなった爆弾付き槍のさらに協力な砲弾が、ガトリング砲さながらに連射された。

 1台につき3発、隙間なく9発だ。

 あまりの威力に、狙いはまばらで、9発が9発とも散弾銃のように広がっていく。

 しかし、これも折り込み済みの計画だ。

 逃げられない地形に誘い込み、罠をさとられないように癇に障り続けた。

 若干全体的に上向きで、足元への攻撃がおろそかになってしまう欠点はあるが、的は大きい。

 (問題ない)

 どんなに相手が頑丈でも、この威力なら打ち破る。

 どんなに相手が早くても、銃弾さながらの速さで近づいてくる状況でかわせるはずがない。

 これまでどんなに自信がある作戦でもことごとく打ち破られてきたが

 

 「よし(今回は決まった)」


 そう信じられた。

 しかし、どががががーんという景気のいい計画成功の音は・・・聞こえない。

 代わりに、2人の目の前では、目を疑いたくなるような光景が繰り広げられた。


 ・・・・ヒュン

 ・・・・・・ヒュン、ヒュン×7


 巨竜は、2人の少年の目の前で、迫り来る弾丸の数々を、・・・踊るように、体をひねり、最後の方では上体をのけぞらせて回避したのだ。

 銃弾が通りすぎていく時間など一瞬。

 だからこそ、その一瞬、2人は完全にボー然とした。

 目の前には、銃弾を避けきり、上半身をゆっくりと起こし、乱れた黒服とズレた黒メガネを整えた小太りのドラゴンが、首を鳴らしながら、今日何度目になるかのしたり顔をする。


「「お前はどこぞのエージェントか!??」」







「だーーーーもーーーー、なんだよあれ」

「また余計な知恵を」

「それがふざけんなっつ~の。

 普通ドラゴンってのは、ただそれだけで強いから、人間は知恵を絞って力を合わせて戦うってもんだろ。

 なのに、人間でも現実にはできない動きを身体能力的に可能だからってだけで、ポイポイ実現されてたまるか~~~~~~!」


 2人は、この日一番のツッコミをいれた後、用意した武器をすべてを放棄し、身軽優先にして逃げ出していた。

 持ち物は、エールが銀の棒だけ、アルトがリュックサックだけである。


 その後ろからは


「ぎゃっぎゃっぎゃっ、っグホッグォグォグォ」

「くそ、追いかけながら笑ってやがる」


 心底腹の立つ鳴き声が追いかけている。

 機嫌がいいのか悪いのか、追いかけ方がよりハードになっている。

 が、作戦を度外視してただ逃げるだけなら、さほど難しくはない。

 その証拠に、2人は、道をそれてこの山一番の崖にめがけて走っていく。

 ドラゴンがギリギリまで追いかけ、落ちないようにブレーキをかけてもその足を止めないず、そのまま、バッと崖を飛び降りた。



「結局、勝てんかったな」

「・・・ごめん」


 ごめんと謝るのは、足元への攻撃を、希望的観測でおろそかにしたことだろう。


「謝んなよ、俺ならあれは避けれんし。それに、今度帰っきたらもっかいやればいい」

「だね」 

「大体、大口叩いといて、一撃目が当たんなかったのが…」

「は?

 外したの?」

「しょうがないだろ。

 だってあの野郎がくしゃみを・・・」


 2人は、落下中?…いやいや、アルトが背負うリュックから飛び出した折りたたみ式傘型パラシュートでゆらゆらと揺られながら、ゆっくり下降中に再挑戦を心に誓った。









 小さい頃から旅に出ると決めていた。

 そして、旅に出るのならといろんなことを学んでいた。

 もちろん体も鍛えていた。

 村の近くに住み着いている、”手を出さなければ無害なドラゴン”を倒すというのは、このうちの1つ。

 あるいは目標だった。

 情けないが、チャレンジは何度も続き、決まっていた旅立ちの日の前日であるその日は、ラストチャンスだったのだ。


 結果は、惜しくも?惨敗。

 残念だが、どこか満足気だった。


 そして、そのすぐ翌日、2人で旅に出た。

 それぞれの目標、とりあえずの願い、いろいろ理由はあったが、なにより、旅人としての人生に憧れたから。

 意気揚々と旅に出た。 



 そして、迷子になったわけだ。












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