-MIND-
タッカー
-聴く者-
-Listener-
- Ja, wer auch nur eine Seele
Sein nennt auf dem Erdenrund
Und wer's nie gekonnt, der stehle
Weinend sich aus diesem Bund -
- ベートーヴェン交響曲第九番 より-
〜♪〜〜♪♪〜〜♬〜〜♪〜〜
月光が煩い、満月の夜だった。
しかし、月の閃光は星々の煌きを遮ることはなく、天の川が見事なほど綺麗に写っていた。
天に届きそうなほど高い樹が生い茂る樹海、奥深き森林の
雲にも手が届きそうなほど、
周りの声は一切届かず、虫の声ですら届かない。
上を向き、目を閉じ、想いを馳せていた。
音楽は…彼の日頃の憂いを霧散させていく…
__________。
彼の愉悦を壊すように、静寂は訪れた。
「……………………」
ジジッ____ジジッ____
「……………………」
少女の声がうすらと鼓膜を震わせる。
ジ。______ジッ____
「まだいいよ」
__ブシュ___
接続されていた端子が抜かれ、音は姿を隠す。
彼がいる場所はツリーハウスというよりも、大昔の少年たちがこぞって作っていた秘密基地のような形状をしていた。
木材を樹に打ち付け、積み木のように組み、梯子をかけただけの簡単な構造__少年たちの秘密基地との決定的な違いはその高さ__
地上五十メートルはゆうに超え、濃い霧により地上すら見えない。
「ふぁあぁ〜」
彼はあくびをしながらも集中を切らさずにいた。近くに潜んでいるであろう侵略者の姿はまるで見えないにもかかわらず、いまにも眠ってしまいそうな眼はしっかりとその方向を捉えていた。
ッシャ__カラァン___
彼の身長をゆうに超える狙撃銃__彼の身長が小さいわけではないが__スラッと長い特徴的な形、細部には衝撃を緩和するような流線的な
射程は肉眼では見えない地点まで飛ぶように設計されているにもかかわらず、その長銃は普通の狙撃向けには作られていない。
「………」
ところが、彼にとってはこれが一番しっくりくるのだそうだ。
「…………sul tasto………」
彼の呟きを聞くものは誰もいなかった。
直後、彼の動きは「静」となる。時間は凍てついて止まってしまったかのようにゆっくりと流れ、空間は天の動きのみを許すように止まる。
呼吸音すら聞こえない無。
キーーーーーーーーーー
無であるにもかかわらず、つんざくような高鳴りは鼓膜に届く。
紛れるようにうすらと聞こえる衣の擦れる音。
植物たちの戯れる声。
樹木から伝わる細かい振動。
風が空気に擦れる音色。
遥か彼方の跫音。
生きていれば誰もが聞いたことはあるだろう細かな音。
気にしては紛れ、脳のフィルタによって遮断される日常音。
ゆえに聴き分けるのも難しい騒音。
彼はいま、「全」を聴いている。
無の空間も「無」ではなく、見えないものも感じ取る。
彼にとって無である時間はなく、止まった時間の中で限りのないほど長い時間を脳内で過ごす。
パンッ____
まるで、鏡のような水面を保っていた静寂に一滴の鉛玉が落とされる。
時間にしてわずか2秒、
長銃の引き金は引かれた。
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