第十五話 覚悟、踏ん切り、そして罠
眼前に並ぶ空き家や長屋はほぼ朽ちていた。まず、人が居住するのに能わないと思われる。
(……だが、そんな常識は……この街、カオスシティには通じない。そう思うべきだろうな)
ヒロシは先ほどの河童のような不意の襲撃に備え、改めて手持ちの武器……ゲンジバンザイソードと44マグナムの素早い抜き放ち方を確認する。
(……願わくば、ただの空き家でありますように…………)
ヒロシはそう念じながら、廃屋同然の家屋をひとつひとつ調べ始めた。
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一つ目の廃屋。
「むっ……」
木造家屋だが、構造材は腐り果て、ウジやシロアリなど害虫の類いに食い荒らされ異臭を放っていた。ヒロシは思わず鼻を塞ぐ。
今にも崩れ落ちそうな廃屋の床を軋ませながら、ヒロシは歩を進める。
(……おっ?)
埃が大量に舞っているので踏み込むまで見えなかったが、奥には割れて中身がぶちまけられて年数が経った酒瓶、一際悪臭を放つ『むしろ』の布団……そして、開きっぱなしのクローゼットがあった。
(……何か役立つモンはねえか……)
ヒロシはクローゼットに近付き、這い回る害虫や粘り気のある汚れを嫌そうに刀で払いながら調べる。
「おっ」
思わず声を漏らしたヒロシが見つけたのは、何やら見た目は西部劇に出てくる俳優が被っていそうな帽子……カウボーイハットのようだった。
だが……ヒロシはその帽子を手に持った瞬間、それはただの帽子ではないと理解した。
単なるお洒落目的か何かの帽子にしては、重過ぎる。
見た目は合成皮革で覆われているが、内部には頑強な金属が多用されているようだ。
「いてっ」
ふと鋭い痛みを感じ、ヒロシは指先を見遣る。
指先には切り傷が付き、やがて静かに赤い血が流れ出た。
(この帽子……帽子の
頭部を守るだけでなく、窮した時に敵を奇襲する武器にもなりうる『仕込み帽』。
(……誰も住んでねえみたいだし、この街はデンジャラスだぜ……迷いは、ねえよな)
持ち主は不明だが、ヒロシはありがたくこの『仕込み帽』を持ち去ることにした。
(……ま、古くなってるみてえだし、中心街に戻ったら……最初に寄った武器屋のおっさんにでもメンテナンスしてもらうか)
ヒロシは注意深く、仕込み帽を持ち物に加えた。
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その後、三件ほど似たような廃屋を調べてまわった。
驚くべきことに、廃屋のうち二件に居住者はいた。
だが、外で転げ回っているホームレスとその健康状態や衛生状態、そして精神状態はさして変わらないようだ。
二件とも居住者は薬物やアルコールに溺れ、宙に向けてぶつぶつと何やら虚ろに呟き、惚けていたり、死んだように床に雑魚寝しているだけだ。
ヒロシの心に苦い感情を湧き起こすモノもあった。
表彰状やトロフィー。
この街においての表彰状やトロフィーが何の栄誉を讃えるモノか。想像に難くない。
(……こんな惨めな末路を辿る奴もいるんだよな…………傾奇者ってモンは…………)
自分も、まかり間違えば『こうなる』かも知れない。『そうなっても』何ら不思議ではない。
そして同時に『こうなってたまるものか』という強い感情が、父の言葉と勇姿と共に心に浮かび――――より一層の覚悟と決意をヒロシは強めた。
(さっきの魔法屋の姉ちゃん……その前の喧嘩してた女の子二人……もっと挙げりゃあ、アリス五号に武器屋のおっさんも……ともすればあっさりと負ける)
この街のどんな人物が、どんな状況でいようとも一瞬にしてヒロシの脅威になりうる――――殺されたりしなくても、自ら廃人へとなって果てるかもしれない。
一瞬、ヒロシは争気と恐怖から固くこわばった顔つきをした。
しかし――――
(なるようにしか、ならねえ)
ヒロシは開き直った。安全や安心度の高い
ヒロシは、例えカオスシティの中でも一際危険なスラム通りに立っていても、過度な緊張、警戒といった気力の消耗に繋がりそうな余計な気構えを振り切った。
(どうとでもなれ、ぐれえの気持ちでやってんだ。もっと楽しもう)
ふと、傍の民家の汚れた硝子窓を見遣る。
気力は充分。だが精神的な余裕は絶えていない。そんな表情の自分がそこに映っていた。
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「こちらガス美〜。獲物が指定の空き家に入りそうだよー。指示をどーぞ」
「こちらノリ。いーぞ、いぃーぞぉお! 奴が空き家の一番奥まで踏み入った瞬間に――――アクションだ!」
ノリちゃんたちは玩具のトランシーバー……されど十数メートル程度なら問題なく通話が可能な機器で連絡を取り合い、獲物――――ヒロシを襲撃するタイミングを虎視眈々と狙っていた。
そうとも知らず、ヒロシは空き家を調べながら徐々に奥へ踏み込んでいく。
空き家の中で、ヒロシは収穫を手にしていた。
壺の中からは栓も開いていないワインボトルを数本手に入れ、本棚からはヘソクリでも隠すようにユキチが数枚入った茶封筒を抜き取り……既にヒロシの面持ちが嬉々としていることが監視しているガス美にも見えた。
そう。これは言わば釣り。餌付きの甘い罠なのだ。
「こちらガス美……もう少し……もう少しで一番奥のクローゼットを開けるよ…………」
「こちらノリ。奴がクローゼットから『例のブツ』を手に抱えたら……行け。くれぐれも冷静に……」
ヒロシはクローゼットをゆっくりと開ける。
「おおっ!」
思わず歓声を上げたヒロシが手にしたのは、汚れは目立つがかなりの機能性を感じさせるジャケットだった。
一目、素人目に見ただけでも、それは先ほどの仕込み帽と同様、暗器や防護材、敵の不意を突くギミックを施せる特殊なジャケットと解った。さしずめ、『仕事人』のジャケットとでも言うべきか。防護材の強さだけでも、今装備している防護ジャケットの比ではない。
「かかったよ!」
「よっしゃ、行けガス美!」
合図と同時に、ガス美は手元のリモコンのスイッチをひとつ押した!
空き家は他と同じく廃屋のようだが……窓は締め切り外側から木材などを五寸釘で以て打ち付け、密室となっている。
そしてその密室の床の僅かな割れ目から……静かにガスが吹き出していた!
(即効性はないけど特製の睡眠ガスだよ……気付く頃には部屋中に充満して……もう間に合わない――――)
(ん? この臭い……まさか!? やべえ!!)
ヒロシは早く罠の存在に気が付いた。
だが――――
(足の速い人なら、今すぐ全力ダッシュすれば脱出、出来っかもね……でも、それらを持ったままでどうする?)
「くっそ、重てえ……!」
餌付きの『餌』は、何もその旨みだけが魅力ではない。
重い仕事人のジャケットに金銭、それにワインボトルを数本。さらに元々のヒロシの持ち物。
全て抱えて脱出するには、その重量は足枷となるに充分だった。とっさに手放す判断を下したとしても、なお、扉は遠かった。
(くっ……そおっ……い、息が…………!)
ガス美が仕掛けた睡眠ガスは見る見るうちに密室に充満していき、ヒロシの意識が薄れていく…………。
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「……うん。もうガスは充満したはずだよ!」
「よぉーしッ! 防塵マスクを着けてなだれこめぇーっ!!」
ノリちゃんは作戦の成功を確信し、空き家に突入した――――
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