第十三話 素直さは心の財産

「うええーん……うっ……ううっ……」


「……?」


 ヒロシがスラム通りを巡って数分。壁伝いに角を曲がったところで、子供の泣き声が聴こえた。


 覗き込むと、そこには……うずくまっているガミちゃんがいた。


(……スラム通りのみなしごか……何処にでもいるもんだけど、やっぱみててやるせねえなあ)


 ――――ヒロシは知らない。


 目の前のみすぼらしい少女はスラム通りの悪童どもの巧妙な罠。


 それも、ほんの一端だということに……。


「……君、どうした? 大丈夫か?」


 ヒロシはガミちゃんに声をかけ、近付く。


「ひっく……お腹が空いたよお……でも、お金が全然無いんだよお〜……」


「そうか……そりゃ辛いな。……そうだ、これを――――」


 ガミちゃんの泣きは、もちろん嘘泣きである。


 演技とも思わず、ヒロシは自らの懐に手を入れる……。


(……やった! ノリちゃん、私、少しは役に立てそうよ!)


 ガミちゃんは、内心ニヤリとした。


(……そう……役に立てちゃうの……)


 だが、すぐに違う感情が沸き起こった。


「……ほら! そんなにひもじいか? 顔を上げろ。これやるよ!」


 ガミちゃんの本心など知る由もなく、ヒロシは懐から取り出した物をガミちゃんに差し出した。


「……え?」


「君の口に合うかわかんねえけどよ、アメリカでは良いブランドだ。ゾナゴールドだぜ。食えよ」


 ヒロシが差し出したのは、真っ赤な林檎だった。


 林檎の甘い香りがガミちゃんの鼻を潜った。


「小腹が空いた時に食おうと思ってたんだけどよ、そんなに泣かれちゃあげない方が無粋ってもんよ。どうした? Present for YOU! 遠慮せず食えよ!」


 現金をくれることを期待していたガミちゃんだったが、食べ物を差し出され戸惑ってしまう。


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(何してんだ、ガミ! 相手が現ナマを渡さないようなら、隙を見て襲いかかれ! あんたのその鎌は飾りじゃあないでしょ!)


(……まあ、待とうぜ。隙を見せるかもしれねえし、現ナマも恵むかも知れねえ。まだ焦るタイミングじゃあねえ)


 数メートル離れた家屋の物陰からノリちゃんと河童は様子を見ている。はやるノリちゃんをなだめる河童は、妙に落ち着いているようだ。


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「あ、ありがとう……いただきます……」


 ヒロシに促されるまま、ガミちゃんは林檎を齧った。


 シャクッ、と果実を食む快い音が鳴る。


 何度か噛んで……ガミちゃんは目を輝かせた。


「お、美味しいー! シャクシャクシャクシャク……甘酸っぱ〜い!!」


 ガミちゃんは心から喜び、林檎を頬張る。


「そうか、そりゃあ良かった。……でも、さすがに林檎一個じゃあ足りねえかな……」


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(また懐に手を入れてる! 今度こそ金よ……!)


 ノリちゃんは期待で口角を上げた。


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「ほらよ。腹は膨れねえけど、ちょっとは食った気になれるガムもやるよ。コーラ味だぜ!」


(ってガムかーいッ!!)


 ノリちゃんは期待を裏切られ思わずよろめいた。


「わーい! お兄ちゃん、ありがとー!」


「君、友達はいんのか?」


「えっ……うん……いるよ」


「そうかそうか。ガム、友達にも分けてやれよ。じゃあな」


「はーい! じゃあねー!」


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 ガミちゃんは駆け足でノリちゃんが控える物陰へ行く。


「見て見て〜。ガム貰っちゃったー! ノリちゃんも食べるー?」


 ノリちゃんは軽くジャンプしてガミちゃんの頭をはたいた。スパーン、と快音が鳴った。


「『ガム貰っちゃったー☆』じゃあねえよ! ガミ、ゴラァアアア!!」


「……根が優しいガミちゃんなら、そんなことになると思ったぜ……取り敢えず、相手が善人ぽくて良かったな」


 更にはたこうとするノリちゃんの肩を掴み、河童はなだめる。


「……けっ! 次よ、次! 河童行け! この先の川の橋桁の下で待ち伏せ!! 河の童という言葉通りの潜水で……あいつを引きずり込め! 相手が善人ならまだ隙を見せるに違いない!」


 河童の手を振りほどき、ノリちゃんは指図した。


「……アイアイサー」


 河童は何やら含みのある渋い顔をしつつも、ヒロシが渡ろうとしている橋の下へと向かった。


「見て見てー! フーセンガムだあ、面白ーい!」


「あんたはもう黙ってな、この役立たず!」


「わっ!」


 ノリちゃんはガミちゃんの膨らませたガムを指で突いて割り、その顔面をガム塗れにした。


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