第十二話 スラムを駆ける悪童ども

 腕時計と宝薬『マーくんの超!! 聖水』を手に入れ、早速腕時計を左手にはめて時刻を確認する。


 もう予選終了まで三時間を切った。


 傾奇ポイントの必要ポイントはまだ残り半分近く。


 余裕があるかどうかと言えば微妙なところである。まだこの街でわからないところも山ほどある。


 この二時間で成果は確かに得てきた。


 武具店『因果応報』で購入した防護ジャケットに木刀、傷薬。


 服飾雑貨店『ジェラシー』で貰った武器・ゲンジバンザイソードと44マグナム。その際店主から御礼に頂いた三十万YENもの現金と宝石五種類。


 その宝石のうちのひとつだったサファイアはソロルに渡したが、代わりに宝薬(聖水を煮詰めた液)と指定した対象を加速・減速出来る魔法の腕時計…………。


(……ここらで、ちょっと挑戦チャレンジが必要……かもな……)


 ヒロシは中心街の西端、鉄格子と有刺鉄線で区切られた金属製の扉の前に立ち、思った。


 扉の傍らの貼り紙には、こうだ。


『KEEP OUT!! これより先、カオスシティの統制の届かぬ治外法権地帯。きわめて危険につき、立ち入らぬよう強く警告致します。やむ負えず立ち入る場合、それ相応の覚悟を。行政は一切保障を致しかねます』


「行くしかねえ」


 ヒロシはそう自分に言い聞かせ、スラム通りへの扉をこじ開け、踏み入った――――


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 スラム通りは、中心街のような小綺麗な街並みとはまるで違う、荒涼とした様相だった。


 日ノ本の、同じ街の中とは思えないほど荒れ果てた地面。その砂塵に埋もれるようにバラック建ての粗末な家屋が点々と立ち並ぶ。


 あちこちを見遣ると、道の横丁に……寝ているだけなのか、それとも死んでいるのか……それすら判別しにくいほどボロボロになったホームレスが横たわり、虚ろな目をして路地裏をふらふらと老人が彷徨い、薄汚れた娼婦がしゃがみこんでいる。


 壁という壁にはスプレー缶で殴り書きされた卑猥な文言やサイケデリックな絵が敷き詰められている。


 今、ヒロシが通過した家屋の壁には付着して間もない血痕もある。


(さしずめ、この街のダークサイドってか……まるでアメリカのスラムと変わらねえ)


 ヒロシは退廃した光景に緊張感を高めたが、失望はない。


 傾奇者たちが引き起こすトラブルや激しい気性の衝突が積もり積もって、この有り様。


 だが、そんな『ダークサイド』な一面も少なからず実家のテレビ越しに『祭り』を見ていた幼少期、そして実際にこの街に足を踏み入れた時に感じた見えない活気。


 それらを認識する度、きっと輝かしい一面とは真逆な暗部も確かに息づいているのだろう……そう感覚的に理解していた。


 このスラム通りに歩を進めるのは、行政区では得られない成果を得るためだけではない。


 この街に憧れるからこそ、敢えてこの街の暗部もこの身で知っておきたい。


 そういった、ヒロシなりに物事の表裏を含めて対象を愛そうという礼節があったのだ。


 同時に、簡単には生命をくれてやるものか、という警戒心が自ずと、ヒロシに何か起こればすぐに臨戦態勢を取らせる緊張感を与えていた。


(注意深く行かなくっちゃあなあ……さて……どっから廻るかな)


 そう考えながら、近くにあった階段をくだろうとした――――すると階段を降りきった辺りに人影が見えた。


「……あっ!」


 人影は、まだ幼い少女のようだった。


 こちらに気付いて声を発するなり、すぐに走り去ってしまった。


(む……やっぱ子供でも大人を警戒してんだろうな……俺が立ち寄ったことのあるスラムは何処もそうだったっけな)


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 少女が走り去った先には、複数の人間が待っていた。少女は彼らと円を組み、ひそひそと話し出す。


「ヒヒヒ。来たよ来たよ。久々に余所者が……カモが来たよぉ〜っ!!」


 少女はニヤリと笑い、目をギラつかせている。


「……マジかよ!? 久々に遊べるってわけぇ?」


「しーっ! 声がデカいよ馬鹿!」


 少女は仲間の一人を小突く。


 少女たちは少女自身を含めて五人。


 だが、その年齢層や性別はバラバラだった。


 否。


 その少女以外の姿形は、そもそも人間なのか怪しいものだ。


 最初に少女に小突かれた者は日ノ本に伝わるモンスター……『河童』の姿に酷似している。


「うう……ねえ、ノリちゃん。ホントにやるの〜っ? 私、恐いよお……」


 不安げな声を上げた者は一見普通の少女のようだが、片手に巨大な鎌を携え――いや、その手と鎌の取っ手が癒着したように一体化している。赤い刃の鎌は、さながら死神を想起させる。


「もち! つーか、ガミ! あんたまたビビってんのー!?」


 ヒロシを見てきたノリちゃんと呼ばれた少女は死神のような姿の少女・ガミちゃんをからかうような素振りを見せる。


 どうやら、このノリちゃんが五人の中のリーダー格らしい。


「ガミちゃん、持ってる力は凄く強いのに気が小さいかんねー。それより、作戦どうするー?」


 突然、そう言った者の全身から異臭を放つガスが吹き出た。


「ヴェーッホ、エッホゴッホ! ゴラァああ、ガス美! またメタンガス漏れてんぞゴラァ!! せめて皆が集まる時はマスクしろっていっつも言ってんだろボゲェ!!」


「あっ……むー。わかったよぉ、ゴメン」


 咳き込み、怒鳴るノリちゃんにガス美と呼ばれた少女は不服そうに何やら特殊な防塵マスクを被った。


「まあまあ。せっかくの獲物……なんだし、そうカッカしないで、ノリちゃん」


「うるっせーぞ、鎌切キリ子! あんたこの前来た獲物、もうちょいのとこでしくじってたじゃん! 余裕こいてる立場かゴラァ!」


 キリ子と呼ばれた女性はカマキリを思わせる緑色の肌と特徴的な関節や触角を持っているが、一番大人びて見える。恐らく五人の中で最年長のようだ。だが、リーダー格は年下と見えるノリちゃんらしい。


「ノリちゃん……さっきからおめえが一番うるせえぞ……」


「は? あっ、ゴメ→ン☆ てへっ!」


((((うぜえ…………))))


 一人おどけて見せるノリちゃんに他の四人は内心イラッとした。


「あ……やっべ、スベった? ……ゴホン! と! に! か! く! 作戦はこうよ! 皆、耳貸して…………」


 そう言ってそれぞれ顔を近付け、密談をする……。


「……えーっ! 私がトップバッターッ!?」


「しーっ! だから声が大きいと何度言えば……だーいじょうぶ! あんたなら出来る! 失敗しても皆でフォローすっから……時間は無いんだよ。すぐに散るわよ!」


 ノリちゃんはそれぞれの顔を見て、号令。


「いいな? 作戦開始ーっ!」


 五人とも素早く散開し、スラム通りの障害物を乗り越え、身を隠し……持ち場に着いた。


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(踏み入ってすぐ誰かに襲われるぐらいののことは覚悟してたんだがな……今のとこ静かだな……)


 五人の悪童たち。されど余所者相手に盗みを働くノリちゃんたちの策が張り巡らされているとも知らず……ヒロシは彼女たちのテリトリーに入った。

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