昔の話 武術大会
その建物には、今、普段城で体感する人数とは段違いの数の人々が集まっていた。
円形闘技場は、今日催されることにより、街とは異なる賑わいに満ちていた。
武術大会――騎士団、魔法師騎士団が武を競う催しが、開幕していた。
すでに試合が進んでいた場では、現在魔法師騎士団の団員による個人戦が行われている真っ最中だ。
剣技のみならず、時に魔法が飛び交う舞台を囲む観覧席にアリアスはいた。
特別良い場所にいるため、舞台はよく見える。
現在は準決勝が終わったばかりで、次の試合までには少しの時間を挟むため、舞台には誰もいなかった。
しかし、観覧席の熱量は冷めず、むしろ人々は次に控える試合により胸を踊らせる。
例外なく胸を踊らせているアリアスは、舞台を見つめ、待ちきれない心地であったが、傍らの様子をちらりと見た。
「師匠?」
側に座る師は、目を閉じるという、周囲の様子とは正反対のことをしていた。
「師匠、寝てますか?」
声をかけると、すっとその目が開き、アリアスを探す。
「見ないんですか?」
「……俺のことは気にせず見ておけ」
つまり放っておけ、とのことで。
ここまで来たのに寝るのか。それよりさっきまでも寝ていたのだろうか。せっかく、せっかくルーウェンが――
「こんなぐうたらなど放っておいて楽しめばいいんじゃ、アリアスちゃん」
「アーノルド様」
抗議しようとしていたアリアスは、すぐ近くを見ると、一人の老人が笑っていた。
一見するとにこやかで優しいおじいさんは、最高位の魔法師アーノルドである。
実はアリアスがいるのは最高位の魔法師の席が設けられてある場所だった。
こんなところにいてもいいのか、と思うが師に連れて来られ、席も用意されていては、言葉に甘えるしかない。
それに、試合が始まってみればすべてを忘れ、食い入るようにその全てを見ていた。
「まったく弟子の勇姿を見んとは……と、わしも思うが、今に始まったことではないわい。ほーら、アリアスちゃん、決勝が始まる。ルーウェンが出てくるわ」
アーノルドがそう言った直後だった。
ざわざわとした声が、歓声となった。アリアスの意識もそちらに吸い込まれる。
今一度この場の注目となる場で、武術大会魔法師騎士団個人戦決勝が始まろうとしていた。
決勝で戦う者二人が、それぞれ異なる方から出てくる。
服装は騎士団の制服に簡易の防具のみ。腰には剣があり、盾はない。
まずは中央に向かって歩いていくうちの片方は、見間違いようもなく兄弟子であった。
その銀色の髪が、太陽により輝く。
観覧席が埋め尽くされ、歓声で満ち、人々が注目する先に、彼は立つ。
もう一人、兄弟子の相手は、遠目ではどのような人かはよく分からない。ただ、ルーウェンと同じくらいの背丈の人だ。
中央で審判を勤める者が、中央で向き合う対戦者に近づき、何かを伝えている。
注意事項の念押しをしているのだと師が前に教えてくれた。
熱狂する観客、熱を帯びる場は、審判の合図で対戦者が互いの距離を開いていくにつれて鎮まっていく。
全ての注目を集める二名は、審判の二度目の合図で足を止めた。
両者が剣を抜き、審判が三度目の合図をするために腕を動かし――始まった。
魔法の光が弾け、思わず目を瞑る観客も少なくなかった。
空気が一変する。
緊張が満ち、観客席の動きの一切が止まり、音一つ立てられなくなった。
響くのは、独特の衝突音のみ。目に映るは、全てが塗りつぶされんがごとき白い光景。
白い光が飛び交っていた。
剣を抜いた両者ではあったが、魔法師同士の戦い特有の魔法を駆使して戦っていた。
ただし、ここまでに繰り広げられていた試合と比べると、段違いにぶつかる魔法の数があまりに多かった。
増えていく。力が強くなっていく。空気が震えるような錯覚を覚えるほど。
試合での注意事項に、殺傷能力の高すぎる魔法は禁止されているとかいう、頭の隅に過った情報は些細なことに思えた。
この試合を目の当たりにすれば。
飛び交う魔法、その全てが定められた相手に到達するには至らない。兄弟子が相手の魔法を相殺し、相手に魔法を相殺される。
実力が完全に拮抗していた。
ゆえにより多く、より強く。
観ている者は固唾を飲み、ろくに瞬きも出来ない。
しかし突如、白い光が消えた。と思うと、魔法の光で見えなくなっていた舞台が明らかになると同時、凄まじい金属音が聞こえた。
びりびりと、空気が痺れる。
見ると、舞台の中央で刃を交わせる二名がいた。両方共に相手との間合いを詰めようとしたのだろうか。
魔法具である剣が、音を立てて競り合っている。刃には通常の剣にはない魔法の光が走る。
普通の刃が出す音より奇妙な音と、響く音を出していた剣が離れる。ぶつかる。
素早く、力強く振るわれる剣はぶつかり続ける。剣技もまた、実力が拮抗しているらしい。
激しい音は何度も何度も続き、鼓膜を打った。
やがて距離を置き、再び魔法戦に突入する。
瞬きをした次の瞬間、どちらが勝っていてもおかしくない。そんな緊張と、迫力のある試合だった。
感じる力のあまりの強さに、試合であることを忘れそうになるくらいだった。
決着はつくのだろうか。いつまでも続きそうにも思える光景を目で追っていたアリアスがそう思ったときだった。
終わりは唐突に。いや、いつ終わっても唐突に思えたのかもしれない。
魔法の光が途切れ、音が途絶えた。魔法の音も、剣がぶつかり合う音も、だ。
はっとしたときには、片方がもう片方に剣を突きつける光景があった。
アリアスは何度も瞬いた。
これは、勝負が、ついた?
どちらが勝ったのか。呼吸を止めて、見た、剣を突きつけていたのは――兄弟子の方だった。
遠目でも肩で息をしていることが分かる。それでも揺れることのない刃が鋭く、太陽の光を跳ね返す。
審判が、試合終了の声を上げた。
一拍の後、沸き上がった歓声が会場を埋め尽くした。興奮、試合へ、両者への賛美。全てが籠った大きな塊となった歓声だ。
勝敗が喫した舞台では、ルーウェンが剣を収め、相手と握手を交わしている。
――兄弟子が、勝った。つまり。
「し、ししょ、師匠、師匠」
一大事だ。
ようやく動きを取り戻したアリアスは、手探りで傍らの師のものらしき衣服を掴み、揺さぶる。
「ルー様、ルー様が、優勝しました!」
「そうだな」
ルーウェンが勝った。優勝した。
会場に満ちる歓声が讃えるのは、勝者のみならず惜しくも敗者となった者まで。特に、この試合を見れば見事だと言わず、何と言えるだろうか。
どちらが勝ってもおかしくなかった。
ああでもとにかく兄弟子が勝って、とても嬉しい。
個人戦が終わり、団体戦も終わり、武術大会が閉幕した夕方、アリアスはルーウェンと会った。
「アリアス」
アリアスを見つけたルーウェンが笑顔になって、アリアスは待ちきれず走っていく。
「おっと、そんなに走ると転ぶぞー」
「転びません! それよりルー様、おめでとうございます!」
「ありがとう」
走ってきたアリアスを受け止めたルーウェンは、そのままアリアスを軽々と抱き上げる。
アリアスは今ばかりは子ども扱いだとかいうことは頭から吹き飛んで、抱える心地をルーウェンに伝える。
「すごかったです!」
「すごかったか?」
「はい!」
興奮冷めやらぬアリアスは力いっぱい答えた。
「かっこよかったです!」
「そっかー」
ルーウェンは目尻を下げて、嬉しそうに笑った。
いつも緩やかで、優しい笑顔を浮かべている兄弟子に、不思議なほどに軍服が似合う理由がとても分かった気がした。
彼はあんなにも堂々と戦う人なのだから。
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ルーウェンが団長になる前の武術大会の話。このとき負けたのがゼロです。
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