第8話 状況判断





 魔法師盗賊団と言うと、元々は他国にいたらしいが、この国に来たのではないかという噂が出ていた。

 グリアフル国では盗賊はまだしも、魔法師盗賊団とは初耳のことだった。そもそも元々魔法師が盗賊であること自体、他の国でも珍しいものだろうが……。

 出没したことのある他国から来た商人や旅人が、噂を入れ、各地に駐屯している騎士団の耳に入り、王都の騎士団まで届いたと聞いた。


 そしてその魔法師盗賊団は、貴族の邸のみならず城にまで盗みに入る豪胆な集団で、宝石や時に魔法石やらを取っていく盗賊だとか。魔法を使っているためか。

 だからここのところ、城の宝物庫や魔法具保管室、魔法石保管室には盗賊対策がされていたのだ。

 しかし国内にそれらしき動きはなく、肝心の姿含め、動向は掴めておらず、単なる噂の可能性さえ出て来ていたはず。

 ゼロと噂であるといいという話をしたのは、かなり最近の話だ。


 アリアスとディオンは後ろ手に縛られたまま、雑に馬車に乗せられ、他の荷物と一緒に揺られていた。見張りのためか単に移動のためか、二人の男が共に乗り込み、あちらの方が出る方に近い。

 どうせ見張られている以上は妙なこともできないか……。

 アリアスはディオンの隣に大人しく座り、無駄に身動きはしない。頭の中では、この状況からの脱却方法を模索し続ける。

 ディオンもだろう。じっとどこかを見つめ続けている。

 外に意識を向けると、ガタゴトという音に紛れ、人の声が聞こえた、気がする。雨がほろに降る音が響いて、地面に降る音より大きく響くのだ。

 そもそも雨で人気が少ない可能性もあるのだろうか……。人々がどれほどいて、それは王都のどの程度の位置を示すのか。分からない。


 移動時間はそれほど長かったとは思えなかった。

 しかし元々城からどの程度離れた場所なのか分からないため、やはり細かな場所は特定出来そうにない。

 周りを囲まれ入らされた建物は、普通の家だった。少なくとも、そう見える。


「お頭、お帰りなさい。どうでしたか?」

「失敗した」


 奥から駆け寄ってきた男がおり、ここでようやく顔が明らかな者だった。その表情が、失敗という言葉に引き締まり、次いで曇る。


「人数が足りませんが、まさか……」

「ああ、捕まった奴がいる。さすがに予想外のことが起きてな……。それほど捕まったわけじゃない、三人だ。他は後から戻る。これだと下手に目立つと思って、先に馬車に乗せて荷物と一緒に戻ってきた」

「誰ですか」


 廊下、上に繋がる階段と、ごく一般家庭の家の造りを観察していたアリアスは、視線が移ったと感じた。

 これ、と示されたのは後ろ手に縛られたアリシアとディオンだったようだ。


「竜の世話係だ。首尾よく行動不能にはしたが、これも予定外でな。生態がよく分からない竜の世話のために、一人くらいは連れて行ってもいいかくらいに考えていたが、見ての通りだ。……しっかしあれは無駄になったな」

「無理もないですよ、頭。口を塞ぐどころじゃなかったです」


 後ろからの声にちらりと見ると、一人が大きな金属製の、婉曲したものを手にしていた。

 口輪、だろうか。会話と大きさ、形状から何か推測できた。まさか、あんなものを竜につけようとしていたのか。


「……いっそつけようとして、ファーレルに噛まれれば良かったのに」


 ぼそりと聞こえたディオンの声音に、うっすらと怒りが混ざっていると感じたのは気のせいだろうか。

 刺々しさも感じとれそうな言葉を明確に聞き取ったかは不明だが、反応した者がいた。

 前に立っている、依然として顔に覆いがされたままの男だ。


「で、お前らのことをどうするかだな」

「頭、こいつら魔法師ですよね」

「そうだろうな。グリアフル国の城に勤める魔法師だ、さぞ優秀だろうから気をつけろよ」

「そんなこと言ってもお頭には敵わないでしょう」

「言ってろ。さっさと今後の動きを考えるとして……とりあえず閉じ込めとくか。空き部屋あったか?」

「物置にしてる部屋くらいしかありませんね」

「魔法石とか置いてる部屋か。それは駄目だな……いや、この際そういう類いのものだけ退けて、入れとくか。どうせ縛ってる」

「了解です」


 元々中にいた男が、奥へと去っていった。


「さてと、閉じ込める前に何か妙なもの持ってないか確認しとけ」

「はい」

「……あー、ハンナ、女の方はお前がしてやれ」


 女性もいたらしい。外から入ってきたらしき一人が前に来た。

 顔を隠す布はそのままで、髪も見えないので、女性だとは分かりにくい。

 その人はアリアスのマントを捲り、衣服のポケットを探り、おそらく逃亡に役立ちそうな何か持っていないかと探しているのだろう。

 しかしそういった魔法具をはじめ、武器になりそうなものも何も持っていない――「あ」と声を出しかけた。首飾りを取られた。

 灯りに翳すようにしてそれを見てから、女性はそれを後ろの男に渡した。首飾りは男の手に渡り、そのまま。

 アリアスが見ていると、今度は耳に触れられた。


「……それは、外れない仕様になっているんです」


 今度は耳飾りに目をつけられたらしい。だがそれは、役割上、取ろうとしても取れないようにされている。

 小さく言っておいた。無理に取ろうとされては堪らない。


「そんなに小さければ魔法具であるはずない。放っとけ」

「宝石かもしれないわよ?」

「……残念ながら、ただの硝子玉です」


 本当は人が手に入れることは出来ない魔法石だけれど、宝石には見えず魔法石とは思えない以上は分からないだろう。

 もう一度頭と呼ばれていた男が「放っとけ」と言うと、女性はあっさり手を離し、他には所持しているものはなかったので離れていった。

 首飾りはというと、男の手で弄ばれており、アリアスは懸命に口を引き結ぶ。

 ここで言葉ででも抵抗するのは得策ではないと、分かっていた。

 盗賊であると前提にして考えると、金目のものを狙っているとも想像される。

 指輪に目はつけられなかったけれど、首飾りのように取り上げられるのは嫌で、耳飾りとは違って外れるものだ。ぎゅっと手を握り込んだ。


「頭、魔法石の類いは全部出しました」

「よし、じゃあ閉じ込めろ。窓に近づけないように繋いでおけよ」

「はい」

「他の奴はすぐに集まれ。残りが合流した後の流れを確認する」


 アリアスとディオンは男二人に押され、真っ直ぐ進まされるのに対して、左手に行った数人の先に、まだ人がいる様子がちらりとだけ見えた。どれだけいるのだろう。

 入らされた小部屋は物が雑多に置かれた、なるほど物置だ。カーテンが引かれている位置に窓があるのだろうが、外は見えない。

 壁際の床に座らせられると、手を拘束する縄に新たに縄を巻き付けられ、その縄はドアノブにくくりつけられていった。

 カチャリとした音は、外から鍵がかけられた証だろう。

 ディオンと揃って閉められたドアの方を見ていたアリアスは、隣からの嘆息を聞く。


「例の盗賊団がこの国で狙ったものが、竜だったとは……」

「想像も、していませんでしたね」

「竜を盗もうとする無謀な輩がいること自体、考えられないことだ」


 魔法師盗賊団と見られる彼らが狙っていたのは、明らかに竜だった。

 宝物庫の宝物ではなく、魔法石や魔法具でもなかった。他の国ではそうだと聞いていたのに。

 確かに、竜はグリアフル国にしかいない存在だ。だからと言って……。


「失敗したようですけど……また狙われないでしょうか……」

「一度失敗して逃げたなら、竜の警備が厳しくなるはずだから、心配はいらない」


 だけど、とディオンが続ける。

 その横顔の、表情は動かず、冷静そのもの。


「『頭』と呼ばれているのなら、あの男がリーダーなんだろう」


 結局始終顔が見えなかった者たちの内、「頭」と呼ばれ、指示を出していた男がいた。


「盗賊団を率いているあの男が空間移動の魔法の元だとすれば、相当な魔法の使い手だ」


 空間移動の魔法が使われたのは、とても重要なことだ。

 その魔法が使える者は少ない。それほどの魔法師が盗賊団の中にいるということだ。

 先ほど、リーダーだと思われる男が優秀であると取れそうな会話がされていた。


「……そうでなくとも、空間移動の魔法を使える人間がいることは確か、ですよね」

「うん。普通、盗賊なんていうものは、ただのならず者ばかり。空間移動の魔法を使えるほど、優れたと言える魔法師がどうして盗賊をやっているんだろう」


 謎すぎることだった。

 それほどの魔法師なら、どの国出身であれど魔法師としては優秀な部類で、高い地位に就けるのではないのだろうか。

 なぜ、わざわざ。そんな考えが浮かんでしまう事項でもあった。


「それに、魔法封じまで持っているとは、驚いた」


 アリアスもディオンも魔法を使えない。

 原因は確実に魔法封じで、腕にあるものがそうだと思われる。

 取り外せそうにはない。


「……ファーレルを取り囲んだ魔法具も、ありましたね」

「うん。それも含めて既存のものを他国から盗んだと考えるのが普通で、まさか作っているとは考え難いけど……」


 ディオンはそうだとは断言しなかった。

 空間移動の魔法が使える魔法師がいたのだ。得体が知れない盗賊団だ。

 考え込むアリアスだったが、「何はともあれ」という横からの声に思考を切る。ディオンが壁にもたれかかり、空を見ていた。


「どうやら殺されそうではないようだから、無理に逃げようとして危険を招く必要はない」


 脱出できそうな窓にも、縄があって届きそうにない。ドアにも鍵がかかっている。


「その内助けが来るから、大丈夫。それまで、限界が来ない程度に大人しくしていよう」

「はい」


 こういうときでも冷静を失わないディオンがいるから、アリアスは必要以上に焦らないどころか、不安も薄いのだろう。

 どれくらいの時間がかかるかは分からないけれど、助けは来る。そのときまで待つ。

 首飾りがなくなった首を感じながらも、アリアスも壁に体をもたれさせた。








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