第20話 空を見上げるだけ






「ゼロがどこに向かったかは不明です。牢には戻っていないようなので、まずどこか被害が及ばない場所に移動したかと思われます」

「このように早くジオの言った通りになるとは……して、ジオは」

「知らせはしました。ですがすぐに戻ることが可能かどうかは、こちらも分かりません」

「待つばかりではいかん。ゼロが何処へ向かったか足取りを探さなければならん。ここの異変を嗅ぎ取ったヴァリアールじゃ、その手立てになってくれるといいのじゃが、確かゼロと契約しておったな」

「はい。しかしヴァリアールは」

「少し、取り込み中のようじゃな」

「馬を出し、異変のある場所を探しますか」

「やれることはそれくらい、多くはゼロを信じるしかないのぉ……。武術大会をどうするかは今から話しおうてくるわい。ジョエル、ルーウェン、今はこの場の混乱がこれ以上広がぬよう尽力せよ」

「はい」


 アーノルドに一礼し、ルーウェンは踵を返した。


 魔法力を使いすぎた。身体が痛むのは、骨が折れているか、ヒビが入っているに留まっているかどちらか。今確認するのは止めた方が良さそうだ。

 動けるのであれば動く。気を抜けばふらついてしまいそうな身体に鞭を打ち、側に来た副団長に指示をまとめて出しながらルーウェンは事態を収めるために歩く。


「観覧席の混乱は」

「酷く取り乱す者はいません。何が起きたのか理解が及んでいないのでしょう。根も葉もない噂が流れる前に、こちらから情報を流しておきたいところですね」

「そうだな」


 その内容は重要だ。

 あれは武術大会の催しだと何事もなかったように装うには些か行き過ぎた出来事だった。

 ゼロと自分が押されていたのでは、相手は誰だとなるのが普通。それだけならいい。試合にしては。ルーウェンにしてみれば本気で挑まなければこちらがどうなるか分からなかったもので、試合ではなく戦いだった。

 しかし観客に特別な試合だと誤魔化すには、だ。試合と言うには、殺伐とし過ぎていたことになる。さらには竜の乱入。


 それでも強引に武術大会の一部だとすると考えてみてもタイミングが意味が分からないし、何より何も問題は起きていない証にこのまま武術大会を続けるには問題がある。

 試合中にあり、サイラスの魔法で意識を失ったかどうかした団員達がどうか。ゼロもいない。説得力に欠ける。


 牢の収監者が脱走したと正直に言い、ゼロが共に姿を消した現在、牢に戻したとするのが最善か。

 問題は起きたが収めた、という形。


「……そうするか」


 現状での無理な道と通じる道がはっきりと出た。短い思考に沈んでいたルーウェンは副団長に伝える。


「分かりました。しかしこれはその前に……?」

「許可がいる」


 脱獄者の乱入の情報を騎士団の口から流すのは、簡単には出来ない。ルーウェンの一存ではまず無理であり、こんなときでも、こんな内容だからこそもっと上の――特に魔法師を生業としない重臣の面々が渋い顔をするはずだ。

 アーノルドがこれから武術大会をどうするか話し合うと言ったその内容には、ルーウェンが考えていた内容も含まれるはず。この場にいる面々で早々に決定を下してくれれば良いが……。


「アーノルド様の元へ人を。上手く誘導して決定を出してくださるだろう。ジョエル団長の元へも」

「はい」


 魔法師を下に見る高位貴族の重臣が僅かにでもいる中で、平民出身でありながら一歩も引かないどころか主導権を握りさえする人だ。

 魔法師が起こした事で責められることは必須でも、ここでは収めてくれるだろう。


「ルーウェン団長」


 副団長が走り去ったあと、ルーウェンを呼んだのは女性の声。

 あちらからだと聞き分けて見ると、クレアが歩いてすぐそこにまで来ていた。彼女は城の医務室勤務だ。服装からして、今日は休日。武術大会を見に来ていたのか。


「……怪我、大丈夫なの?」

「大したことはない」

「嘘。その身なりで、よく言える。きっと、骨にヒビは入っている」


 現れた彼女は単刀直入に話に入り、指摘してみせた。身なりと言っても、多少汚れてしまっているだけなのだが。

 どれだけの光景が観覧席から見えていたのかは不明にしても、壁に叩きつけられて少しの間意識が飛んでいたところを見ていたのなら、無様なところを見られた。


「そうだろうとは思う。でも俺は動けるから周りが先――」

「医務室に運ばれた団員たちは、あなたほど怪我をしていない。あなたたちが、庇ったから」


 感情表現が乏しい声と表情で淡々と遮り言ったクレアは手を伸ばし、ルーウェンの怪我を探す。

 静かにも、有無を言わせない響きを感じ取ったルーウェンは続けようとしていた言葉を喉の奥に引っ込めた。

 そして、こう言う。


「ありがとう」


 正直体には何重にものし掛かる怠さと痛みは、我慢できるとはいえ支障をきたすものに違いはなかった。無駄のない動きをするクレアの腕は知り、信じているので任せることにした。

 と、やらなければならないことの合間、つかの間の思考の緩みが生じた時。そうだ、と考えたことをそのまま口に出した。


「アリアスを、見ていないか?」


 アーノルドの元へ行くために一度別れたアリアス。治療専門の魔法師の制服は医務室に集中しているためここに来るまでに数人にすれ違えど、アリアスではなかった。


「見ていない。……試合が行われていたときには途中で会ったのだけれど、別れてしまって……こんなことなら、一緒にいれば良かった。怪我をした子どもがいたからと、医務室に行ったの。それも、もう随分前のこと」


 事が起きる前のことだ。

 別れる間際、アリアスは医務室に行くと言っていたから医務室に行けばいるだろうか。


「あなたは忙しいだろうから、私が探しておく」


 危険はないからそれほど気にすることではない。だが気にせずにはいられないことなのでクレアの言葉に甘んじることにする。


「すまない。助かる」


 ろくに何も言えずに置いてきてしまったアリアス。危険はないとはいえ……医務室に行くから構わず行ってほしいと言った妹弟子は、何を思っていただろう。サイラスの真実を知り、あまつさえあんなことになった。最悪の形だ。

 そしてゼロも……ゼロの方はどうなっているか。消える前の様子が引っかかる。それに魔法で飛んだにしては、どこに、どこまで行ったのか。


 何か騒がしい、どよめきが聞こえた。


 残された後始末のことに追われていたルーウェンは、諸々考え事に割り込んできた音に怪訝に思う。

 それまでもざわめきがあちこちに満ちていたが、特に騒がしくなった。何か、起きたのか。

 何かあれば随時報告されるようになっているので、少しも時間が経たずに探しに来た団員がルーウェンを見つけ駆け寄ってきた。


「ルーウェン団長!」

「何があった」

「負傷していた竜が、ヴァリアールが飛びました」


 突如現れサイラスに応戦した際に怪我を負って飛べなくなっていた灰色の竜。とりあえず一刻も早くこの場から移動させることになっていたはずだ。


「空間移動の魔法で移動させることはどうした」

「炎で溶かされ失敗しました」

「ヴァリアールは負傷したまま飛んだのか」

「いえ翼は治療専門の魔法師が治したようです。治療係の中には竜の育成に関わる魔法師も混ざっていますから、彼らの一人だったかもしれません。ヴァリアールが大人しくなってくれましたので」

「それで」


 焦りと動揺が落ち着こうと努めている中に覆いきれていない団員の様子に、促す。

 飛んだだけにしては様子が妙だ。


「竜が、翼の傷を治した魔法師を掴んでそのまま飛んで行ってしまいました」

「何だと」


 竜が背に人を乗せるのではなく、掴んで飛んで行った。聞いたこともないこと。


「胴体にも鱗が貫かれた部分があり傷を負っていたのですが、それは完治しないまま飛んだとのことです」


 胴体の傷のために連れて行ったとでも言うのか。それならばその場で治されることを待てば良かったはずだ。

 空間移動の魔法を拒否し、翼だけの治療を終えて飛び立った。


「竜の巣に人をやりますか」

「……巣に戻ったとは限らない」

「え?」

「いや、巣に人を」

「はい。直ちに」


 ヴァリアールの行き先は、ゼロの元だと考えるべきだ。ゼロとの関係を考えるに……待て。ヴァリアールが大人しくなったと言ったか。


「……まさか」


 嫌な予感が駆け巡る。


「待て」

「――はい」


 離れかけていた団員を呼び止め、確認する。


「竜に連れて行かれた魔法師は、どんな魔法師だったか分かるか」

「いえ、自分はよく見ていなかったため分かりかねます。治療していた魔法師はもう一人いたそうなので、呼びます」


 このときになって、アリアスの近くにいた小さな子どもを思い出した。茶色の髪と目をした、特に気にするべきようには思えない少年。

 しかしゼロは応戦中あの子どもに話しかけ、ルーウェンには内容が分からない会話をしていた。それにサイラスの魔法を凌いだ結界魔法を使っていたのは、あの子ども。


「……」


 一体ヴァリアールは何のために……。そこだけが分からない。

 外を見ると、そこには何の変鉄もない曇りかけた空が広がる景色があるだけ。

 ルーウェンには何の手だてもない。やれることもやることも、ここで後を上手く収めることのみ。


「師匠……」









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