第11話 観戦の目的






 休憩を挟んで午後、アリアスは医務室から観覧席へ。


「間に合ったぁ!」


 仕事を終えるなり走ってきたマリーが安堵の息を吐いた。

 団体戦一回戦、第一試合は普通の騎士団同士の対戦となる。長めの休憩を挟んで再び観客で囲まれた舞台にはまだ審判の姿しかない。審判は魔法師騎士団の個人戦よりも数が増えている。


「あ、でもちょうどみたいだね」


 後から少し遅れて追いついたアリアスは、左右から防具を身につけた集団が出てくるところを見つけた。

 他の観客達も見たのだろう、期待に満ちた歓声が溢れた。その中には黄色い歓声も混じっており、通路から観覧席を見渡すと、鮮やかな色が観覧席に揺れていた。色とりどりの揺れる景色の正体は貴婦人方の振るハンカチ。

 個人戦のときはちらっと下から見ただけで気がつかなかった。

 登場した騎士団の団員の中に伴侶や婚約者がいるのかもしくは、特定の団員の人気ゆえか。


「すごい! 始まっちゃうから行こうアリアス!」

「うん」


 人々の熱気の中に入ったことで、高揚を直接肌に感じとったアリアスもマリーに促されて歩き出そうとしたが……足を止める。


「マリー、先に行っててくれる?」

「どうしたの?」

「うん、知っている人がいて」

「じゃあ先に行ってるね!」


 後でね、と弾む足取りで遠ざかっていくマリーを見送るアリアスは、自分で言っておきながら後から合流するのは至難の技だろうなと思った。この人の数である。治療専門の魔法師の制服のままのマリーの姿はすぐに人波に紛れ、消えた。

 これではマリーと別れた理由も見失ってしまうのではないかと、友人を一旦見送ったアリアスは慌ててさっき一度だけ視線で捉えた方を振り向く。

 壁際に探した姿が変わらずあって、ちょっとほっとする。


「クレア様」


 人の間を慎重に避けて近づき呼びかけると、壁を背に下気味に向けていた顔が反応して上げられた。


「アリアス?」


 傾いた顔により、さらりと髪が揺れる。


「……今日は武術大会の治療係?」

「そうです。午前で終わりました」

「お疲れ様」


 アリアスが見つけたのは、落ち着いた雰囲気によく合った落ち着いた色合いの衣服を身につけた女性。アリアスが城に来た頃からお世話になっている、城の医務室勤務のクレアはアリアスの姿を認めると、素早く状況を読み取りこの場とは反対の静かな声で労いの言葉を述べた。


「それよりクレア様は見ないんですか?」


 観覧席の後ろの壁まで下がっては肝心の試合模様は見えない。私服姿のクレアは武術大会を見に来たはずでは。


「……私は、連れて来られた。だから今は少し休憩。離れている」


 ふう、と小さな息をついたクレアは少し疲れているように見えた。

 言われてみると彼女がこのような場所を好み進んで来るとは考え難い。誰かに連れて来られて、一度離れているらしい。


「アリアスは、いいの?」

「見たい試合はまだ先なので」


 ここにいてもいいかと尋ねると、もちろんだと頷きが返ってくる。


「ルーウェン団長と……ゼロ団長?」

「はい」


 始まっていた試合はどのような展開になっているのか、会場の空気が沸き上がった。やはり一階で遠くから見るのと、観覧席で他の観客の中に混ざっているのとでは囲まれ感じる雰囲気、熱気が違う。

 ずっとその真っ只中にいるのは中々大変なことで、クレアのように離れたくなる気持ちは分かる気がする。


「わたし、今朝彼に花を渡してきたの。次の試合に出るから勝てるように願っているけれど……緊張するわ」

「落ち着いて」


 目の前を通る女性二人。内一人は手を握り合わせて見るからに不安そう。


「……アリアスは、白い花を渡したの?」

「え?」


 歓声に紛れて聞き逃してしまいそうな声が、距離によって拾えた。

 戦の前に恋人の無事を祈って送られていたとされる白い花。その真似事をして出来たとされるのが、刃と人がぶつかり合う熱量たっぷりの武術大会の片隅、白い花が清涼感を与える光景。

 ゼロとアリアスの関係を知っているから、クレアはそれを尋ねたのだと思われる。けれどアリアスは否定の方向に首を振って言う。


「いいえ。……私にとってあれは、もう一度きりで十分です」


 後半は周りの音に隠れるような小さな声だったから、クレアには聞こえなかっただろう。

 二年前、本当の戦の前にしてしまったからもうあれきりでいい。それに――何より恥ずかしい。それがアリアスの本音である。

 それをクレアを前にしているとあって、徐々に照れてきて思わず合っていた目を伏せてしまうと、なぜか頭を撫でられた。

 驚いて視線を戻すと、クレアは表情の乏しさで固い印象を受ける雰囲気が柔らかくなる微かな笑みを浮かべていた。

 何だかクレアは時々ルーウェンみたいなことをするな、と彼女の微笑みと手つきに、アリアスも微笑んだ。

 見えなくても個人戦より遥かに多く、激しい音や声が聞こえてくる空間でほんのりのんびりした空気に包まれた気分になる。


 通り過ぎようとする人々は、それなりの数で何層にも重なっていることはない。

 試合中ということもあり、席を立とうとする人は中々いない。立ち見が出来ているほどで、一般の観覧席の後ろには薄く人の壁がある。

 その後ろ、壁際にいるアリアスの前を通る人たちが視界の隅に過っていただけのはずが――意識に引っかかった。

 理由は分からないが気になって自然に横を見てみると、そこには無視できない存在がいた。


「……え」


 ゆったりとしていたアリアスは、固まり視線を外せなくなった。

 視線の先ではあちらもアリアスに気がつき、目が合い、足を止める。あちらがじぃっと数秒――「あ」と口が動いた。


「アリアス、どうしたの?」

「……いえ……」


 見えているものは事実かと認識しかねているアリアスが目を擦ってみようとしている間に、見た姿が人が通りすぎる向こうからこちらに来ようとしている。

 小柄な姿。


「あ!」


 転んだ。


「大丈夫……!?」


 見つけたはいいが呆然としていたアリアスは思わず小柄な姿の側まで行くと、駆け寄った姿は頭からすっぽりオフホワイトのフードつきのマントを身につけているため、転んでしまった今それらしか見えない。

 布に触れられたところを思うに、現実だとまだ疑っていたことを完全に確信。


「だ、大丈夫なのです」


 白い衣服の塊はもぞもぞと動き小さな手を地面について起き上がり、勢いよく頭が上げられたためにフードが後ろに下がった。


「こんにちはなのです!」


 フードから溢れ落ちた長い白い髪、橙色の双眸をくりくりとさせた少年が笑顔を咲かせた。






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