第7話 もしも仮に
夕陽の光が遮断された室内。
アリアスに今日中に王都を出ると言っていたジオは暗い中で、今度はルーウェンと会っていた。ただしルーウェンの方はジオが城、さらには王都を出ることをこの日以前に既に伝えられていた。
「牢の状態は良くないな」
「そのようですね。むしろ酷くなっているようです」
「魔族は抑圧を嫌う。魔法封じをし、魔法力を思うままに出来ない状態が続けばなおさら魔族の性が出てこようとしているのかもしれん」
「……どうであれ、もうサイラスさんの『魔族化』は止められないということですね」
「そうなるな」
魔法封じを外し、自然に任せても。魔法封じをしたままでも。どちらにしろ、始まってしまったからには魔族に染められていくことに変わりはない。
魔族の魂を持ち、その性が徐々に濃く現れ、侵食されようとしているサイラス。
「サイラスさんが魔族に近くなれば、『こちら』を受けつけなくなりますか」
「今苦しんでいる様子は魔族の性に飲み込まれようとしていることの他に、その要素があるとは考えられる」
何しろ、魔族とはこの地の魔法を受け付けない。合わない。
「生きることは可能ですか」
「さあな。果たして死ぬまで行くかは、俺も見たことがない。だが生き辛いことは確かだ」
魔族である師が言うと、説得力がある。
それならと、サイラスの正体を知ったときからルーウェンは考えていたことが一つあり、今度はその可能性を確認する。
「師匠が『こちら』にいられるのは、魔族の性が曲がったからだと仰いました」
「ああ」
「サイラスさんは、あれだけ苦しんでいる様子です。元から好戦的な一面はあったにしろ、殺しまでは無闇に好むような人ではありませんでした」
「そうであるのなら魔族の本質が曲がるのではないかと、お前が言いたいのはそういうことか」
「はい」
「問題は魔族の本質に負けていることだ。魂から滲み出て侵さんとする性に圧倒され、行った殺しがそれによるものであったとしても、むしろ本人の人間たる部分が負けてしまっている証となる。今はギリギリの位置で踏ん張っているだけに過ぎないと見える。これ以上、人間にそれに抗う術はないだろう。――それに俺とて自分の力だけで『こちら』で過ごせるようになったのではない」
魔族の性が曲がればいいのではないのか。初めて聞いた話だった。ルーウェンは元々ジオから言われるまでもなく、本能的に彼が人ではないことを感じており、正体の話も師のたいして拘りない様子から話され聞いていた。
だが師という存在は完全には掴めない、見えない。彼が全てを明かしておらず、その全てを解き明かす気はルーウェンにはなかった。害がないと分かり、師は師であった。
ゆえにルーウェンは師の深きを知らず、おそらく浅いところを掬い取っているだけに過ぎないことを、今も知った。
「その方法は今、ない。早いところ殺した方が良いという俺の考えは変わらん。このまま行って良いものをもたらす可能性は欠片足りともない以上、それがあれにとっても何にとっても最善となる」
サイラスの処分は保留であった。
保留――仕方がないと言えば仕方がない判断とも言える。
グリアフル国の刑罰で最も重いのは死を与えるものだ。しかし、その刑を与える基準がサイラスには当てはまるかどうかと言うと、微妙なところだった。
サイラスは他国間の戦に参加し、また、賊の類いを殺していた。それらの殺傷は前者は自国を守るためでもなく、後者は残虐に過ぎ、誉められるものではないものの場と対象を考えると――。
この件に関しては、一度決定は下された。結果が厳重注意と魔法封じ。城外への外出は禁止、与えられた仕事をし、本来の魔法師としての役割を果たせというもの。行いを改め、真っ当な道に戻れということだ。
そしてその後、彼自身の師を傷つけはしたが殺してはおらず……今のところ無害な者からの死人は出していない。彼の師は意識を取り戻し、魔法での回復を遂げている。
この事の罪の判断については、サイラス本人を連れ戻し罪を犯した本人かどうか定まってから下される予定だった。
そしてサイラスは罪を認め、犯した罪の内容上牢に何年と言ったところ。重く見積もっても死罪にはならない。
だがそれは表面上の話。この先、サイラスの正体を考えたときに彼を野放しにすることはあり得ないこととなる。牢からも出せるかどうか……。
そこを考えた上での結論を出しかねているのは、罪を判断する会議の者たちにとって聞いたことも見たこともない存在、予想外すぎることだったからだ。
素行は悪くとも、今の今まで才能溢れた人材――人間がまさかあの魔族かもしれないなどと言われても、どう処理すれば良いのか迷うのは仕方がないことだ。
その中で、迷いなく「殺して
「……結果的にどんな判断になっても、アリアスに誤魔化し続ける覚悟はあります」
「アリアスか」
ルーウェンにとっての一番の懸念事項。
ルーウェンもサイラスとは何度も話したことがある人で、決して嫌いな人ではなかった。けれど私情を加えている場合ではない。その正体は、あの様子では思っている以上に深刻だ。そのため、師もそれしか方法がないと言っている。
改善することはない、悪化するばかりだろう、と。
師が提言した方法が取られる可能性は、ある。
知り合いの死を見てこなかったルーウェンではないが、もしもサイラスに死を与える判断が下されたとき、自身がどう感じるのかはそのときにならなければ分からない。
まともに話したのは六年は以上の前のこと。本当に、嫌えるような人ではなかったのだ。その人物の死の可能性を前提として考えるのは、奇妙は心地がしてならない。
だが考えなければ。
もしもそうなり、その後アリアスに問われた際、一生隠し通すことは――。
「それはどうとでもなる可能性がある。……それ以前に結論が出ていないからには気が早いことか」
「……はい」
サイラスに襲われた彼の師、べネットは首を横にも縦にも振らず沈黙している。
頬杖をついたジオは面倒そうな色を目に宿した。
「アーノルドには釘を刺したが、正式な結論が出るにはまだかかるだろう」
「はい」
「魔法を使用不可にさせる方法を変え、魔法力を吸い取り魔法石に溜める方法に変えるようには言った。押さえこむと爆発するのは時間の問題だろうからな。……後に貯まった魔法力は魔族の力が混ざっていることを考えると使い所はないが」
「結論までに時間があるのなら、この間に早い内に俺は王都を出る」と言い方だけならちょっとした旅行へ行くかのように師は言った。
「牢の状態も思うに俺は今ここにいない方がいいだろう。とりあえず王都を出てついでに、防ぐべきことを防ぐために魔法では行けないところに行ってくることにする」
「はい」
「お前は言われなくてもするだろうが、アリアスを見ていろ。腹に違和感はないようだとしても、魔族が混ざった者の魔法による傷は今どんな影響を与えるか分からん」
「心得ています」
ジオが頷き、立ち上がった。
アリアスには不在にすることを今日言い、伝えればすぐに出ると言っていた師は、どうやら今から行くようだ。
ルーウェンも立つ。
「師匠、一つだけ」
「何だ」
「余計なことかもしれませんが、あの机の上は」
「……お前達は同じことを言うな」
アリアスが片付いていない机の上を同じように指摘したらしい。師は僅かにうんざりした雰囲気を出した。
「同じ師匠の弟子ですから」
ルーウェンはにこりと微笑むと、ジオは手のつけられていない机の上には触れず「何かあれば知らせろ」と言い、魔法で消えた。
その魔法の先を探ることは叶わないが、師は城と王都にはいない。戻ってくる期間は不明。魔法では行けない場所に行くと言っていた。
一日二日どころか、一週間見積もって足りるか。師の行き先がどの程度遠いか分からないルーウェンには図りようがない。
「問題は、中々消えてくれないな……」
師の消えた部屋で、ルーウェンは深く息を吐いた。
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