第4話 緊急召集




 夕方のことだった。竜の世話を夜番の人と代わり、手元のものをエリーゼに届ければアリスの今日の仕事も終わりというときだった。


「――いやまだだ」

「そろそろ決めておいた方がいいぞ。困るのは運営する側だからなー」

「分かってっけどよ、どうせなら――」


 ルーウェンとゼロがいた。

 はじめに気がついたのはゼロの方で声が止まって視線がアリアスに向いたことにより顔を反対へ向けて話していたルーウェンも気がついた模様。


「アリアス、体調が悪いのか?」

「え?」


 こんなところで会うのは偶然ではないと、すでにいくらか離れているが騎士団からこちらの方角に来るのは竜を育成している建物くらい。しかし中に入らずこんなところで。とかアリアスが考えていると近寄ってきた兄弟子が開口一番にそんなことを聞いてくるではないか。


「体調ですか? いえ、そんなことないですけど」


 どうしてそのような疑惑が出ているのかほとほと分からず遅れて歩み寄ってきたゼロを見ると、


「俺はアリアスに会いに来ただけなんだけどよ、ルーなんだよそれ」


 彼も初耳らしい。

 というかアリアスを待っていたよう。


「……アリアスが薬草をもらって薬草茶を作っているらしいと聞いたんだ。体調が悪いわけではないと言われたらしいが、様子が曖昧だったと聞いて……」

「それだけで? 健康でも飲んでるのはいるだろ」

「俺もそう思ったが、数日姿が見えなかったからもしかするとって思うだろ!」

「だから竜の世話かもしれねえって行こうとしてた俺に便乗したわけかおい」


 ルーウェンの言った内容をアリアスが答えた人はと思うと、数人いた。薬草茶を作る際に場所を借りるのでその際に顔見知りの人に軽く尋ねられた。

 しかしルーウェンが聞くとなると……クレアとどんな繋がりをしているのだろうと考えるはめになった。彼女しかいないように思えたのだ。

 それから数日ルーウェンが見なかったというのは時間のすれ違いだろう。一昨日竜の世話の夜番をしたことで昨日は生活の時間がずれて……今日に至るのだから。最近は訓練場に飛んでくる大人の竜の体調確認も子どもの竜の朝昼夜の世話もローテーションになってきているので、アリアスは毎日円形の建物にくる竜たちの体調確認をしているわけではなくなってきている。

 子どもの竜に生まれた当初ほどの手間がかからなくなってきている証拠で、育成が順調に行っている証拠でもあるのだ。


 これは小さなことが積み重なって誤解を与えたなと反省するのはやはり、一ヶ月も経っていないほど前に医務室のお世話になったことが関係していると思うから。

 でないとさすがの兄弟子もここまでにはならない。


「薬草茶は、人に渡そうと思って作っていただけですよ」


 アリアスが原因を探り当てている間にも言い合っている二人に声をかける、と二人が言い合いを止めてアリアスを見る。


「人に?」


 ルーウェンが聞き返すのでアリアスはぽつりと溢した。


「……サイラス様の様子が変なんです」

「サイラス=アイゼン?」


 名前を眉をあげて名前を口にしたのは、聞き返すルーウェンの傍らで呆れたようにしていたはずのゼロで、直後彼にルーウェンが横から腕で何かしているように見えたがよくは見えない。


「サイラスさんの様子が変なのか?」


 と何事もなかったかのように聞き返したのはもちろんルーウェンの方であった。


「寝不足みたいで……」


 アリアスがサイラスに前に会ったのは数日前。果たしてあの様子は改善されているのだろうか。

 魔法封じのことは聞かなかった。あれはサイラスが何年もいなかったことが関係していることは明らかで、以前ゼロに機密で教えられないのだと言われたことを思い出した。

 彼らにあえて聞くことは困らせるだけだ。

 しかし魔法封じで弱るということはないだろう。おそらく。

 アリアスも理由わけあってつけられることあったがそれによる不調は感じられなかった。でもサイラスのあの様子を見るとそう思えてしまった。


「寝られないほど仕事が詰まるはずはないんだけどな」

「いえ、何か夢見が悪いとか」

「夢見?」

「はい」


 そこまで聞いたルーウェンが一度口を閉じ、しばらくして言う。


「それは、なんというか予想外だな」

「そうですよね」


 アリアスもよく分かる。あの様子を見なければ普段の彼を知っていれば想像できないだろうから。


「風邪とか引かない方じゃないですか。弱っている姿も見たことがなかったので……余計気になって……」

「ああそれで薬草茶かー」

「そうです」


 拍子抜けしたと安堵が混ざった声で繋がったことを確認し、ルーウェンは前のめりだった姿勢を解いた。


「それなら……良くはないか。それは今もなのか?」

「数日前から結局姿は見ていないのでどうなているかは分からないんです」

「そっか。俺もサイラスさんには会っていないしなー、アリアスはどこでサイラスさんに会っていたんだ?」

「庭です。こんな時期に外で寝てるんですよ?」

「外で昼寝かー。そういえば昔から……」


 ルーウェンに緩い笑みを向けられる。


「そういえばアリアスはよくサイラスさんとお昼寝してたもんなー」


 アリアスはぎょっとする。何を言い出すのか。


「ち、違いますよあれはサイラス様が……」

「ルー、それわざとなら俺は後で言いたいことがある」


 今まで黙っていたゼロが不機嫌そうに口を挟んで、すっかりいつもの様子を取り戻していたルーウェンが横のそんな彼に目を移し、


「ゼロ、それは気にするだけ無駄だぞ」


 呆れたようになる。

 次は何がはじまったのか、アリアスには二人の会話の示す内容が分からず高い位置で顔を合わせる二人を見上げていると、すぐにルーウェンの顔はアリアスに。


「アリアス、アリアスにとってサイラスさんはどんな存在だ?」


 思わぬ問いにアリアスは心の中では首を捻りつつ、少しばかり考える。

 どんな存在……。


「……近くのお兄さんみたいな感じ、ですね」

「分かったか? ゼロ」


 問われるままに答えるとなぜかルーウェンがゼロに話を振り直した。


「だからってなあっちがそうじゃないとは限らな――」

「あ! ルーウェン団長探しましたよ! ゼロ団長もいらっしゃって良かったです」


 サイラスの話をしているのだろうかとわずかに話題が掴めたところで、第三者の声が響いた。

 大きく名前を呼ばれた二人が揃って自分達の後ろを向いたことにより、アリアスからも間からその姿が見えることに。向こうから走ってくるのは軍服姿の男性。


「俺も?」


 ゼロが訝しげなのは、おそらく走ってくる団員が青の騎士団所属だから。

 アリアスがとっさに考えたのは二人共仕事は終えて来ているはず、との疑惑。しかしそれを抜きにしても仕事中であれば二人は別の騎士団所属、団長であるので他の騎士団の団員に呼ばれることはそうない、はず。

 ルーウェンも訝しげで走ってきた者に早々に何用か問う。


「どうした?」

「それが、急遽会議を開くとのことで。アーノルド様から使いが」

「分かった、すぐ行く。ゼロ」

「ああ」



 火急の会議のようで、足早に城に向かうだろう二人をアリアスは見送った。




 *








「べネットが襲われた」


 急遽召集され開かれた会議の冒頭は物騒なものだった。ジオではなくひとつ空いた席の主がいない内に始まったかと思われると、その人物が襲われたという耳を疑う言葉。

 召集の際には『急遽会議』としか聞かされていなかった面々の多くは驚きと次に怪訝に表情を染める。

 最高位の魔法師を誰が襲ったというのか。それも城で。


「一体誰に襲われたというのですか?」

「まあまず経緯じゃ。倒れていたベネットを見つけたのは魔法具を作る魔法師の一人。血の跡が部屋の中から少し続いておったようじゃ」

「その場所は」

「サイラスの部屋じゃ」


 サイラスの魔法具を作るための作業部屋がある近くには、同じく『魔法具職人』とときに呼び表される魔法師たちの作業専用の部屋がある。

 作業に集中できるようにと静かな場所で、近く部屋はほとんど物置。ゆえに一番に異変に気がついたのは『魔法具職人』の一人であったという。少し開いたドア、下には中から続いてきていると思われる何かの跡。辿ってみると自らの足元近くまで続き……途中で擦れたように消えていたというが、肝心の部屋の中には――


「傷は魔法で負わされたものでしたわ。かなりの重傷で出血が酷いもので今も治療に当たらせていますわ」


 倒れていたベネットは怪我を負いおびただしい量の池を流していた。そのため先に呼ばれていたと思われるレルルカが中の様相を語るに引き継いだ。

 状態は悪いものであると。


 ベネットが弟子であるサイラスの部屋にいたことはおかしくはない。しかし、中にいたベネットの状態が問題。

 魔法で負わされた深い傷。

 剣などではなくしかしその部屋にあるような道具で誤って少し、とかいうレベルではない。魔法であることは確定で、魔法である限り故意にとしか考えられない。

 サイラスの部屋でベネットが重傷。師弟の関係があるとは事が起きた以上は置いておく。

 その上で普通に考えるのならばサイラスが師を害したと考えられ、全員がそう思ったことだろう。しかし同時に全員が生じる疑問にも気がつき元から考えていたであろうレルルカがついでに続けた。


「彼は魔法封じをされているはずですわね」


 そう、サイラスには魔法封じの彼の力量に合わせて強力なそれが腕にあるはずなのだ。また怪我の具合から見ても強い魔法を使ったことは明らか。

 では誰か別の人間がベネットを害しサイラスの部屋に運んだと異なる考えが出てくる。が、


「しかし姿がないのも事実じゃ。話を聞かねばなるまい」


 「話はそれからじゃな」とアーノルドが部屋の主の姿がないことには完全なる無罪とも考えられないと判断を下す。


「起こった事が事じゃ。生半可に探させるわけにはいかん。前と同じくゼロ=スレイに指揮を任せることとする」


 アーノルドが指名したのはサイラスを王都に連れ戻す際に指揮をしたゼロ。


「サイラス=アイゼンの身柄を拘束せよ」

「はい」


 至急の事項であることから命を受けたゼロはすぐに立ち上がる。

 椅子から扉へ向かうまでの一瞬、ゼロはルーウェンを見た。ルーウェンの表情は変えないようにしているのか、だが表情が固かった。

 どのようなことがその頭の中に巡っているのかゼロには読み取れないままに横を通り、部屋を出た。



 ゼロが部屋を出ると外にいる騎士団団員の内、自らの騎士団の団員が待機していた壁際からゼロの元に来た。


「サイラス=アイゼンを連れ戻したときの人員を集めて探せと伝えろ」

「分かりました」


 もしものことを考え、そう伝えると団員は役目を遂行しに向かう前にゼロに尋ねてきた。


「団長は」

「先に探す。ああそれから中より外に人員を裂くように伝えろ」

「はい」


 団員は一礼し廊下を走っていった。


「……ったく間違いだったらいいけどな」


 間違いであったとすれば他に犯人探しをしなければならなくなる。部屋にいないだけ、という可能性は大いにある。


 しかし今サイラス=アイゼンの名に思い出すのはついさっきと言える前、その男のことを話していたアリアスを思い出した。

 あの男がアリアスと共にいる姿を目にしたことがある。胸がざわついた、それは嫉妬とは異なったその感覚だった。

 それ以前に自分が剣を交えたときの光景が影響したのか彼女を傷つけるのではないかと、思ったのだ。

 だがさすがにそれはないかと消したはずの予感が今になって再度戻り、胸を逆撫でされているようで落ち着かない。


 まさか、事に影響されての考えすぎたとは思うが。


 庭。その言葉を思い出してゼロはサイラスを探しはじめた。





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