第21話 応援



 ずっと昔の懐かしい記憶で、こんなときにみる夢はここまで影響され、さらにはリアルなものなのかとアリアスは思った。


 ……夢?


「……!」


 起き上がったつもりで身体を前にやったのだが、アリアスがはっと目を開いて見たのは外の風景だった。


「……あ、れ?」


 呆気にとられる。

 寝ていた、と思って半ば沈んでいるような意識で驚いて目を覚ましたはずだった。しかしながらいたのは外で、建物の壁からちょうど背を浮かせたところだったようで中途半端に伸ばした手は何にも触れていない。未だしとしとと降る、勢いはない雨が軒下にいる指先を掠めるくらい。雨が弱いことに続けて見ている夢ではなく、現実だと我ながらよく分からない区別をつける。

 しかし、アリアスは状況が飲み込めなくて目を瞬き左右を見る。

 仕事最中だったとは思えず、どうしてこんなところにいるのか全く分からない。とりあえず地べたに直接座っていた……こんなところで居眠りをしてしまったというのか。何ということだ。


「……でも、さっきまで……」


 さっきまで病人の横たわっている部屋にいた気がするのに。連日一日の大半そうであったように。むしろ大半の記憶によってそう判断しているだけなのだろうか。

 戸惑うばかりのアリアスはまずそれでも立ち上がり、歩き始める。手には何も持っていないので本当に何をしているのか。戸惑いの代わりに強くなるのは焦りだ。


「えぇと……」


 とにかく薬を分配している部屋へ……と小走りで行きかけていたアリアスは目的の建物に入る集団があることを捉えた。あれは。アリアスと同じデザインの服、顔の覆い、違う服装も混じるも見慣れた服。

 もしかして……とある可能性が浮かんだアリアスはそのまま走っていき、同じく元々ここにいて今建物に戻ろうとしている魔法師に声をかけた。


「あの、この人たちってもしかして……」

「他の場所に行っていた治療団よ。空間移動の魔法で一気に移動してきたみたい」


 やはり。集団に予想した通りの答えが返ってきて、アリアスはもう一度集団を見る。こんなに早く来てくれるなんて思わなかった。


「これで助かるわ」


 隣の魔法師は安堵した声で、目元がこのときばかりは緩みを見せていた。

 不安がよぎっていたとき、ここで滞ることがあれば再度病の蔓延を許してしまうかもしれないと思われていたときに唐突な援軍とも思える彼ら。助かるどころではない。


「さあ、私たちもやるわよ」

「は、はい」


 とんと肩を叩かれて、なんとも言えない感情を抱えて集団を見つめていたアリアスは返事した。目だけしか見えないが、確かに笑みが向けられて魔法師は去っていった。

 希望とは、必要なものだ。

 凌ぐということよりも目に見える援軍は実際に力を与えてくれ、人数も増えることで士気があがる。

 アリアスも行こうと思っていた場所に向かって走り出した。



「あ、クレア様」


 薬を各部屋ごとに割り振っている部屋に行く途中で、疲労の隠せない背中を見つけた。アリアスよりも濃い茶色の、肩のあたりで切り揃えられた髪。後ろ姿で分かる、クレアだ。

 振り向いたクレアが顔色が良いとは言えないのは疲労だ。すぐに追いついたアリアスは心配になるも、それより先にとさっき目にした朗報を伝えることにする。


「他の場所に行っていた治療団が到着しました」

「……こんなに早く?」

「空間移動の魔法で来たそうです」

「そう、だから……」


 こくんと彼女は頷き納得した。


「ということは、同時に彼らが持っている物資もいくらかあるはず」

「そうですね」

「魔法師も増えた」


 他の場所にいた治療団が合流したということによりもたらされることをひとつひとつ確認しているようだった。その数こそが加わる力。


「各地域が収まりはじめているから、その地域の治療団が合流すれば残りも畳み掛けられるはず。ここを収めれば……もっと深刻なところはレルルカ様がいるから大丈夫」

「はい」

「もう大丈夫、とは言い切れないけれど。……アリアス、最後まで気を抜かないように」

「はい」


 アリアスはしっかりと返事した。


「クレア」

「はい」


 互いに離れ、アリアスがクレアから離れてまた進もうとしていたときクレアが呼び止められていた。魔法師、確か色々と指示を出していた位置にあたる女性。ここに派遣された治療団の責任者。


「あなたずっとここにいた?」

「ここには少し前に」

「一番重症患者の部屋には行った?」

「いいえ。……そこはもう手の施しようがないので手前に行くようにと言われていますから」

「そうよね」

「どうか、しましたか?」


 クレアが声に疑問を滲ませる。対する魔法師は首を捻りそうな声音。不思議だ、というような。


「全員、良くなっているのよ」

「……え?」


 近くの会話が自然に耳に入っていたアリアスは耳を疑い、思わずそちらを見た。


「一番重症の人たちの部屋、皆回復しているの。それも少しの変化ではなく、急激に」


 信じられないというより困惑した表情だった。


「だから誰かが治したのかと思ったのだけれど、違うみたいね」

「何か、他に良くなる理由があったとしか考えられないと思います」

「そうよね。でもさっきまでそこにいた者に聞いてもそんな兆しはなかったと聞いたのよ。探求すれば助かる命があるのかもしれないけれど、今それをする時間はない」

「……はい」

「理由は定かではないこと以外は、いいことよ。では仕事に戻って」


 話を早々と終わらせた魔法師が動く様子をみせたので、足を止めていたアリアスは慌ててその場をあとにした。

 今しがた耳にした話を頭に置いて考えながら……。





 分裂して他の地域にいた治療団が空間移動の魔法により到着し、一旦収束した地で再発したときのため予備に残してきた以外の薬も同時に加わった。王都からも追加の薬や薬草、魔法石が送られてきてもはや物資の心配も当面はなく、人手が増えたことにより次の不安が来る前に一気に病の収束が目に見えてきた。


 それからしばらく――南部の広範囲に至った重い流行り病は完全に収束に行き着いた。

 一番悪い状況にあった地域はレルルカが主導し二番目深刻だった地域と同じときに収めてみせたというのだから改めてすごい人だ。

 二年前のことが生きた結果と、今回の方が広範囲だったとはいえ二年前とは人手が違ったことが理由に挙げられるだろう。終盤は明らかに人が増えていた。

 死人の数は最初からおびただしいと表現されていたので、それ以上の言い方は分からないけれど、治療団が派遣されてからは急激に減っていただろう。

 それでも死者は出、治療団の中にも病にかかって最悪死にまで至ってしまった人がいたとアリアスは聞いた。

 次への課題はより早めの病の把握と対応というものか。


 二番目に深刻な地域だったアリアスのいた場所で起きた重症患者たちの急激な回復については理由は判明せず、謎を残したものの良いことに変わりはなかったのでありきたりに「奇跡」としてその地の治療団の中で表された。

 軽症患者の部屋と間違えたはずもなく確かに重症患者たちの部屋で突然の出来事だったのでそうとしか言えなかったのだ。

 アリアスもその部屋に隔離されていた患者たちの容態の悪さは知っていたので、「奇跡」だと良かったと思う反面何が要因で起こったのだろうと思った。他の部屋と違うことといえば、その病の進行度、重さだけ。しかし重い人ばかりを集め、空気にその病原菌が満ちた結果耐性でもできてしまったのではという唯一出てきて耳にした考えはないだろうと思った。周りの人とて思っているだろう。

 それに、その話題はたちまち消えた。王都に帰ることができた安堵と喜びが治療団を満たしたからだ。



 治療団は見事に任務を完了し、王都へと帰還した。もちろん、アリアスも。


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