第19話 問題
最高位の魔法師と魔法師騎士団の団長が出席する魔法師のみの会議にはひとつの空席があった。本日ジオは出席しているので、病の収束に自ら尽力しているレルルカの席だ。
ちなみにジオは背もたれにもたれきって資料に手もつけておらず、話は聞いているかは表情が動かないので外見から読み取ることはできない。耳には入っていることだろう。
現在報告の声を発しているのはゼロだった。
「――サイラス=アイゼンについて疑惑のあった、他国に金銭その他で雇われていたということの証拠は結局出てきませんでした。戦争に関与していたという事実はあるようですが、それ以上のことはより調べても無駄かと思われます」
その時点での話題はサイラス=アイゼンについて。色々とあった疑惑についての裏をゼロが取らせていたのだ。
「『盗賊退治』の問題点は以前報告した通りなので、出てくるのはもうこれくらいでしょう」
「分かった。ご苦労じゃったな、この件はここまでで終わりにしようかのお」
なおサイラス=アイゼン自身はこの場に呼ばれていない。城のどこかにいるはずだ。
報告が終えられたことを受け、ゼロに向かって頷いたアーノルドは次に周りに視線を一周滑らせる。
「仕事もこなしておることじゃ、処分は引き続き今しばらくの魔法封じに留めることくらいかとわしは思っておる。異議のある者はあるか?」
答えは沈黙で代えられ、返る。
場の沈黙がしばし続けられたことでアーノルドはもう一度しっかり頷き、「決まりじゃな」と言った。
「では処分の伝達をしてくれるかの」
「私が引き受けます」
「おぬしがか? べネット」
「あれは私の弟子です故」
「なんじゃい、色々言うても大事にしておるのお」
「これくらいで済んで感謝するべきだと言い聞かせるためです」
「そのついでに未だに明らかでない目的でも具体的なものが欲しいと言うておいてくれ」
隣の席に向かってアーノルドはつけ加える。
「成り行きでは説明がつかん、とな」
サイラスが王都に帰還した日、この部屋に召喚された際のこと。彼の「放浪」は王都外国内に収まらず国外にも足は伸びており、他国同士の戦争に参加していたという情報を指摘されて一部は訂正したものの大まかなことは否定しなかった。「成り行きで」と答え、その後詳細・理由を聞かれても同じような要領を得ないことを繰り返すだけだった。
しかし裏が取れていないだけでそんな事実が万が一あれば問題は大きい。それゆえに要は納得できる理由を述べよ、さすればそれで納得することができる。現在そうできないのはまともな理由が明らかにされていないからだ。とアーノルドは言っている。
サイラスの師である魔法師は了解の意を口にした。
「では次に――」
「失礼致します」
「おお来たか」
「遅れてしまい申し訳ございません」
「よい。何か問題でもあったのか」
途中で部屋に入ってきたのはレルルカの代理で治療専門の魔法師、すべての医務室の責任者となっている魔法師。治療団が派遣されてからは会議にてそのつど分かる限りでの現状報告やその他の城での事項などの平常報告をしており、今回も最初にそうするはずだったのだが少しばかり遅れてきたのだ。
理由あったと考えたアーノルドの言葉に魔法師は扉の前に立ち早速報告をしはじめた。
「南部の治療団から追加の薬と魔法石を送って欲しいと急ぎの要請がありました」
「して、その準備は」
「受け次第し始めました。しかし……魔法石はまだ予備があり送ることが可能なのですが、薬草が」
「ないというのか?」
「尽きてはおらず送る分も準備をしましたが、先のことを考えると残りに十分な量があると考えるべきではないと思われます」
「なんと……」
治療団の派遣から日は経ち、すでにいくつかの場所からは病が収束したとの報告が入ってきていた。良い知らせだ。
しかしここに来て良からぬ知らせ。
「当初の予想よりも消費が激しいようです」
「急ぎ王都中から集めよ。必要ならばその外からも」
「はい」
「今から一から育てている暇もないしな」
「師匠」
「魔法で成長を促せば可能には可能だろう。そんな人員を裂くなら直接その場に送った方が早いがな」
「確かに」
ルーウェンが思わず咎める声を出したジオの発言の最後に同調する者がいた。黄の騎士団団長である。柔らかな表情は変わらないがそのまま真剣さを帯びさせる団長は言う。
「ジオ様の言う通りではないでしょうか? 人員を増やすしか埋める方法は思いつきませんね。今穴を空ければどうなることか」
「すでにはじめの担当を終えた治療団はどうなっておる」
「早ければ未だに深刻さの残る地域へと向かっているところだと思われますが……。念のため様子見をし再発を防ぐため完全な確認を行い、後始末を含め移動する準備もしなければならないかと思われますので分かりません。雨が未だ止まず、止んでいたとしても道の状況が芳しくないので出発していてもどれくらいかかるか……」
「提案が」
「言うてみよ、ルーウェン」
「はい。各地域と対となる魔法具はありますから現状把握のために空間移動の魔法で人を送り、さらにその人員に空間移動の魔法で後始末をする者だけを残して他の者と残った物資をまだ病の収束していない地域に移動させるという方法はどうですか」
「ふむ……この際その案の方向で行こうかの。魔法の提供は同じくジオにやってもらうとして」
すぐに方向性が定まった。
「やってもらう者をどうするかじゃな。それほど選定するものではないが……おおそうじゃ、ついでにジオがするとなると手間は省けるのお」
各地域に非常事態が起きたときのためいくつかに別れた各治療団に魔法具を持たせてある。空間移動の魔法で対となる魔法具の元へ行けるようにとしたものだ。そうすることで、どこにいるのか分からなくとも魔法具が導いてくれる寸法ということだ。
しかし城が対応できるようにと、王都と南部の各場所とを繋ぐためだけのものしか用意していなかったので、南部のある地点から南部のある地点へ魔法で移動するには新たな魔法具が必要となる。ゆえに提案された計画を実行するためには必要な人数は複数となる。
ジオが魔法を込め、そのまま送る役割に加われば色々時間短縮や手間が省けるというものだ。
「南部にも行ったことがあるのならいっそ今から飛んで行ってくれても……」
「分かった、俺がやろう」
本気か冗談かジオに行ってくれると助かるといったことを言っていたアーノルドは、見ずに話しかけていた横を見た。
「引き受けるとは思わんかったわい」
そんなことを言われたジオもまた見もせずどこを見ているのか定かでなかった視線を静かに横に。
「ついでだ」
軽い言葉を残し白い光が発されたが後、その席は空になっていた。ふわ、と結局手がつけられなかった綴じられた紙が数ミリだけ浮き落ち着いた。
「だからと言ってすぐにいなくなるとは……まあそういうことじゃ、ジオに物資も送ってもらえばよい。人手不足も解消、あとは薬草を集めるのじゃ。他に何か報告すべきことはあるかの?」
「いえ特にございません」
「ならばよし」
「はい、では早急に事を進めます。失礼致します」
扉の前にいた魔法師は一礼し、素早く退室した。
「さて、人数は若干減ったが支障はないじゃろう。次に移るかの」
会議は元の通りに話が戻され、
「他に何もなければ今日はこれで終いにしようかのお。騎士団は向こうの騎士団との合同で対処を行っておるはずの川の氾濫地域への人員派遣がまだ必要であれば引き続き――」
開始時からは一人減った状態で閉じられた。
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