第2話 集合


 アリアスの学園卒業後の進路は、同じように王都の学園を経て魔法師となった者たちがほぼ全員勤める先――王都、王の住まう城。

 厳密に言えば、「城」という建物外の建物にいる者が半数以上となるだろうが敷地で言うならば「同じ」と言えるだろう。

 医療科を経たアリアスは、特別な理由や本人の強い希望がない限り学園での科に準ずる職場に行くことになるもので、例外なく治療専門の魔法師としての一歩を踏み出していた。



「洗濯の方はもう終わったよ」

「じゃああとは干してしまうだけね」

「うん」


 アリアスは両手で持ってきて地面に置いた大きめの籠から一枚大きな布を引っ張り出し、地面につけないように一度二度はためかせ布をのばす。

 一メートルほど距離を開けて向かい側でぴんと張られた紐に同じようにシーツをかけようとしているのは、栗色の髪をリボンで二つに結っている新人魔法師。学園にいたときから医療科で同じだったイレーナだ。


「さすがに慣れるものね」


 城の一角。日当たりのいい場所で行われているのは毎日となる洗濯。シーツ、タオル、カーテン、包帯、ときには毛布に至るまで行うそれはれっきとした仕事だ。

 治療を行い傷を癒す空間にはベッドがあり傷にあてる布があり包帯があり――使い捨て以外は全て常に清潔にとのことで主に新人の仕事となる。

 アリアスとイレーナだけでなく、上に遮る木々はなく開けたその場にいるのは十人ほど。


「これから寒くなると水が冷たくなっちゃうけどね」

「それを考えると憂鬱。それも慣れるのかしら」

「どうだろう」


 冷たいものは冷たいものだから。と、秋に差し掛かり冬に向かうばかりの季節、気温は水温にも影響する。洗濯は手作業であるので、影響ないというわけなく無関係ではないもので悩ましいといえば悩ましい。


 その場にいる者たちが身につける衣服はおおむね同じデザイン。「館」に勤務する魔法師たちに制服はないのだが治療専門の魔法師にはそれがある。

 女性は揃って焦げ茶を基調とした丈がくるぶしの少し上まであるドレスに近いデザインの衣服を身につけた上に飾り気ないシンプルな白いエプロン。男性は色は同じで身体の左の方でボタンをいくつかとめることになる上着とズボン。同じくその上に真っ白なエプロンを身につける。

 基本はそうであるのだがやはりおしゃれはしたくなるもののようで、女性魔法師に関してはちょっとしたアレンジを加えたりアクセサリーを身につける者が多々いる。

 アリアスは制服はそのままに着ているが、首には本体は胸元にしまわれていて細い鎖だけが見えていた。彼女の手首にはもう腕輪はない。あのジオが作った魔法具の一種である腕輪はもう必要ないだろうと判断されたからだ。

 つけることに慣れていたため、当初はそのことに気がつくたびに一抹の寂しさのようなものもあったものだが、今では慣れた。師がサボっていないか心配になるところは今でも度々あるが。


「そういえば、アリアスは配属希望は決めたの?」

「うん。医務室かな」

「そうよね、最初から言っていたものね」

「イレーナは?」

「わたしは少し迷ってるわ。どちらにしたって怪我を治すっていう仕事は変わらないし。他の仕事の違いはあるけれどね」


 シーツが飛ばないようにと留めてから、イレーナは「希望は強制ではないからされるがままにしようかしらと思って」と肩をすくめてみせた。


 治療専門の魔法師の仕事場は大きく分けると城の医務室、騎士団専属の二つ。城の中にある医務室といえど二ヶ所に分かれているのだが場所が異なるだけでほぼ同じである。

 学園を卒業して半年ほど。一度全員が城の医務室に配属された形となり、正式配属前に騎士団専属や医務室を行き来する……体験期間そのものだろう。今まさにその状態であるのだ。

 けれどアリアスのように元々どちらに行くか決めている者も少なくない。治療するという点ではやることはあまり変わらないとも言えるので迷う者もまたいる。また、イレーナが言うように希望といえど強制で希望の届けを出せというわけでもないので、そういう者は人数調整の関係だったりで決められた方に配属される、らしい。


「えー二人とも騎士団行かないの?」


 そこでアリアスの目の前のシーツの向こう側から現れた人物がいた。


「マリー、そっちは終わったの?」

「うん。だから手伝いに来たよ!」

「ありがとう」


 空っぽの籠をそこら辺に無造作に置きながら、アリアスの側の籠の洗濯物を手伝ってくれはじめ、


「マリーはその様子だと騎士団に行くつもりなのね」

「うん!」


 イレーナの問いに元気よく頷き返事したのは例外なく新人魔法師で学園からの顔見知りの女性であった。


「まあ希望は希望だからどうなるかは分からないよねー」

「でも大方希望通りになるって聞いたよ」

「そうね。人数が偏りすぎると別だと思うけれど」

「えっほんと? なんかはね除けられそうなイメージあったけど、じゃあ安心。二人も騎士団行こうよー」

「マリーはどうして騎士団を選んだのよ」

「出会いいっぱいだよ?」

「医務室にいたってあるじゃない」

「いやいや騎士団の方が逞しそうじゃん」

「人の好みはそれぞれよね」

「二人共問題ってそこ?」


 話の流れに思わずそう言うと、「出会いは大切でしょアリアス」と言われてしまった。言うまでもなく、マリーの方だ。

 イレーナの方もまた「選ぶ基準もそれぞれね」と紐にかけた布を手のひらで挟み皺を伸ばしていた。


「でもそんな不純な動機絶対言わないようにしなさいよ」

「あたしだけじゃないよー」

「知っているわ」

「それに、さすがにあたしも出会いのためだけに職場は選んでないよ!」

「じゃあ理由は?」

「何となく」

「……」

「感覚も大事だよ!」


 ぐっと拳を握って言う同級生であり同僚にイレーナが呆れたようになったが笑い、アリアスもまた笑う。本当に皆それぞれだ。


「どのみち締め切りは明日までだわ」

「あー皆と一緒にいられるのもほんとに最後になるんだねー」

「正式な配属はまだ先だし同じ敷地内にはいるんだから」

「そうね。宿舎だって一緒だものね」

「二人とも連れない!」


 マリーが大袈裟に天を仰いでみせて、再びアリアスは笑った。


「それよりもう集合時間来ちゃうんじゃないかしら」

「本当だ」


 本日は洗濯業務のあとに集合するようにと言われているのだ。

 のんびり笑っているところでイレーナに言われてそのことを思い出したアリアスはとっさに周りを見渡す。まだ皆いるようだが、時間はどうか。

 ひとまず急いで篭の中に残る洗濯物を手分けしてさっきより急いで片付けにかかる。


「集合って何があるんだろうね」

「配属はまだのはずだものね」

「キツいお仕事じゃないといいなー」

「騎士団はある意味体力仕事の面があるそうね」

「うっ、が、頑張る!」


 中にの布がなくなった篭を持ち上げながら誰も中身を知らないもので、各々首を傾げることとなった。



 *



「結構歩くわね」


 と一言呟いたのはイレーナで「そうだね」とアリアスは相づちを打つしかない。

 集合したものの詳しいことは語られず、ついてくるようにと言われぞろぞろと歩くこと少なくとも十分はとうに過ぎている。

 今日は医務室ではなく騎士団のローテーションとなっている同級生たちも全員集められているようだった。


「あたしこれ馬で来る距離だと思うんだよねー」

「そう言われると曖昧なところかもしれないわ。でも、体力つけなさいってことかしら」

「それだったら日課的に走らせるとかするんじゃないかな」

「確かに!」

「そうよね。……それに、目的地は見えていることには見えているし」

「あれって円形闘技場?」

「闘技場は他にあるじゃない」

「二つあってもいいじゃん」


 イレーナとマリーの二人が大きくない程度の声で会話を続ける横で、アリアスは前を見ていた。そうして歩いていてその道筋と景色に気がついていた。

 ここは、来たことがある。と。

 一年半、ほとんどの時を学園で過ごして城からは遠ざかっていた。それでもこれまでの時多く過ごした場所を忘れるはずはない。しかしながら騎士団に関わることは基本的になかったし、ゆえにその場に行ったことは本当に数えられるほどしかない。

 そこは城がある敷地から少し下った場所にある。長い道の先にあるのは、巨大な石の建造物。屋根がなく、上から見ると中が丸見えの円い形の建物だ。下から見ると空がそのまま見えていたことをおぼろ気にではあるけれど覚えている。

 あれは、騎士団の訓練場のひとつ。

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