『再会の夜会』編
第1話 夏期休暇
王都の中でも広大な敷地を有する魔法学園。生徒たちは定期試験を終えたばかりで、試験の出来自信によってか大小分かれつつも解放感に満ちていた。
あとはほぼ試験結果を待つのみで、例年よりも遅めの夏期休暇がすぐそこに迫っていた。
「アリアスはすぐに帰る予定?」
栗色の髪をリボンで二つに結っている緑の目がきれいな女子生徒が尋ねる。尋ねられたアリアスはイレーナの問いに考える。
王都の夏は暑いのは一瞬とも言えるので今は過ごしやすめの気候だ。
本日は学内清掃のみの予定でアリアスはイレーナと
あとは寮内清掃を残すのみ。
生徒は長期休暇に学園に留まることができる。そして留まるのか帰省するのかを学園側が把握するための用紙の提出は明日までだ。明日には成績が発表され、実質夏期休暇に入るのだ。
「しばらく学園に残る子もいると思うわ」
「そうなんだ。どうしようかな……」
学園に残る際、期間は決められるが夏期休暇中ずっといるのでなければもう一度帰省のための手続きが必要だというので悩む。
帰る手段はあるので、悩む点はそこなどではない。
ただ今城がどのような状態か。
レドウィガ国との戦はかの国が降伏しグリアフル国の勝利に終わった。という知らせは学園に届いた。ほぼ同時に、広まっていた流行り病も収束したとも。
グリアフル国の都や他の人里に戦跡はないというが、残る問題は皆無というわけない。
戦をして終わり、ではないのだ。国同士でのことなのだから。
でも、王都の中を通り軍のほとんどは帰って来たと聞いたし……会えるものなら会いたい限りである。しかし容易に会える状況であるとは考え難い。
「街は普通だったよね……」
「なに、戦のこと?」
「うん」
「街はすごかったみたいね、わたしたちは授業だったけれど帰還する軍にかなり湧いていたのよね確か。勝ったから当然かしら。竜も見られたって聞いたわ」
騎士科は外にいたから聞こえたそうよ。と聞いてルーウェンやゼロは戻っているのかなと考える。
しかしそのとき、続けて師はどうなのかと思ったアリアスは結構前、学園を飛び出し城に行き師の部屋に入ったときはそれどころではなかったが、戦地から帰ったとき師が寝ている側で見渡すと部屋はそこそこに散らかっていたことを思い出す。
ジオのことであるので魔法で城に帰って来ているだろう。まさか戦後のなにかと忙しいだろうときに散らかるとは――残念ながらやりかねないと思ってしまう。
「……やっぱり帰ろうかな」
「帰るの? じゃあわたしも帰ろうかしら」
「イレーナは毎年どうしてるの?」
「気分」
「気分?」
「気分で何日か残って帰ったりしてるわ」
実家に帰るまでが疲れるの、とイレーナは仕方なさそうに言った。早く帰りたいとかいう感じはない様子。もう家から一人離れているのは慣れているといったところか性格か。性格である部分が多いと思う。
「でもせっかくアリアスと友達になれたのに、夏期休暇は長いわ」
「イレーナ……」
「手紙、書くわね」
「うん、ありがとう。私も書く」
そんなことを思ってくれているとは思わなくて、イレーナに笑いかけられアリアスも笑顔になる。
複雑なものだ。一方に会えると思ったら、一方とは離れてしまうのだから。
それにしても夏期休暇、なんていう言葉ははじめてで何だかむず痒いな……と窓を吹き終わり雑巾を畳んでいたアリアスの後ろに、誰か来た。
「アリアス!」
「フレデリック王子、どうしましたか?」
王子といえど一生徒、清掃分担場所はあるものでむしろ王子だからか嬉々として掃除に出ていったこの国の第二王子がいる。短めの銀髪を揺らして満面の笑顔だ。
「明日僕と一緒に帰ろう!」
溌剌とした声はもう、別の場所の清掃に行っていた生徒がぱらぱらと戻ってきはじめている
当の本人はきらきらとした眼差しでこちらを見ている。
しかし彼の元気一杯な言の内容はアリアスが城にいたという事実をどれだけの生徒が察しているかということを考えると、王子が発するには何かと誤解を招きかねない言葉である。
「アリアス、手紙送るわ」
「え、あ、い、イレーナ!?」
イレーナがきれいな笑顔でもう一度言った。
「ぞ、雑巾洗ってくる」
「いってらっしゃい」
「僕は何か失敗したか?」
「いえ、強いて言うと状況が……」
「しましたね」
「フィップ」
教室を出ると何気なくついてきていたらしいフレデリックと並んで歩く。出て来てしまったなら雑巾を洗いに行こう。
そして、別にフレデリックの責任、というわけではないので口ごもっていると堪えきれなかったのか、護衛の中でも唯一姿を見せるとは言っても現在も隠れてそっと付き添っていただろう王子つきの侍従が現れた。
戦が終わったといっても護衛にまだついているようだ。
急に姿を現したわけで、驚く。
「僕は何をしたのだ?」
「アリアスさんが城にいらっしゃったことをどれだけの生徒が知っていらっしゃいますか?」
「知らないのか?」
「言っては、いません」
フィップからフレデリック、フレデリックからアリアスへ質問が回ってきた。
勘のいい生徒は気がついているだろうというくらい。
「でも大丈夫ですよ。そういえば、王子はすぐに帰られるんですか」
「うん、そうなのだ。帰らなくてはならなくてな」
明日。
人気がないというわけでもないけれどどうせ着いてくるわけで姿を隠すこと止めたフィップが斜め後ろを歩いて補足する。
「戦の勝利を祝う夜会が開かれるのです」
明日の夜。
「それで……」
「そうです、この方も王子でいらっしゃるので参加なさるということです」
「アリアスも参加しないか?」
「え?」
輝かしい笑顔でさらっと言われて聞き返してしまう。教室での発言といい、何だかいきなりが連続する。
参加。
前からの話の流れからして、夜会に。いえいいです、と答える以前に言いたいことがある。
「そもそも気軽に参加できる場ではないですよね」
「大丈夫だ」
けろりと安心してもいいぞとばかりに笑顔で頷かれる。
「それにジオやルーウェンも参加するのだぞ?」
「師匠もルー様も地位がありますから」
「でもだな、明日の夜会は戦の勝利を祝い民に安心を与える意味もあるのだが、何より戦に出て国を守った者を慰労する場でもあるのだ」
「はい」
「それで軍関係者の招待者に親しい者が多く呼ばれているのだ。な、フィップ」
それにしても弟子及び妹弟子に言うものだろうか。普通は家族とかでは……アリアスの考えが間違っているのだろうか。
フレデリックの目が同意を求める言葉と彼の侍従に向いたのでアリアスも軽く振り向く。
突拍子もない提案もこの人は諭してくれるのではないか、と思ったのだが……。数秒黙していたのち、王子の侍従の真面目な顔がこちらに向けられる。
「そうですね……」
「そうだろう」
「アリアスさん、つかぬことをお聞きしますが」
「は、はい」
「華やかな場は苦になりませんか」
「え?」
「いえ、国の諜報……いえ何の使命感か動いているところがあるので今城に戻るとアリアスさんは下手をすればですね……でも先輩お忙しいからこの機会に……しかしお節介をすると……」
「フィップ様?」
聞き直したら、王子の侍従の呟きが止まる気配なくてアリアスは心配になった。
それにしてもフレデリックの気遣い感じる申し出自体はありがたかったが、どのみち華やかな場で会うより気楽に普通に会いたかったので丁重にお断りさせて頂いた。
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