第11話 会話の意図
騎士科にはフレデリックの言うとおり、本当に女子がいなかった。ひとつ上の学年になると二人いるそうなのだが、授業は学年ごとなので関係がない。
そういえば、ひとつの学年にクラスは三つある。各学科ごとにではなく、ばらばらに三つに分けられているが、科別の授業では科の全ての生徒が集まったりそれも別であったりする授業がある。
壁際に立つアリアスの目の前に広がるのは、実技のための部屋の一室。石造りで、一クラスの人数が余裕で入るくらいの広さがある。
現在その場所で行われているのは、騎士科だけの魔法実技の授業だ。
顔に一筋傷の入った教師がじろりと目を光らせる中、二人一組で向き合っているはずが……ひとつの組だけに他の生徒が群がっている状況が作られていた。
中々勝敗がつかないようだ。
生徒によって完全でなくとも円が形作られている中心にはフレデリックとランセがいるはずだ。
「負けた!」
「勝った」
それからさらに五分、相手を傷つけることが目的ではないため微弱な魔法の光が発生していた中心部で決着がついた。
どうにもランセが勝って、フレデリックが負けたようだ。悔しがるフレデリックを鼻でランセが笑っているような様子が生徒の間から垣間見え、繰り広げられている。
容赦ない。何がというと、ランセの魔法の強さや狙いとかではなくそのあとの対応が。鼻で笑うって。
「ああぁ、悔しい惜しかった。これで負け越しだ!」
「剣術でもな」
「そこ、終わったのなら勝った方が報告をし、他の生徒は次に移るように」
「王子、次俺と」
「今行く! ランセ、次は必ず僕が勝つからな!」
「はいはい」
おざなりな返事をして王子の言を流したランセが教師の言葉通りに歩いて子細を教師に伝え、生徒が奇数なのでランセが休憩に入るためかこちらに歩いてくる。
続けて見学していたアリアスは一メートルと少し横の壁にもたれたことを目の端で捉えた。ちらっとだけ。
――ランセ=スレイは優秀だ。騎士科において、また共通の授業において。学年首席との呼び声高いようだ。
それゆえに他の生徒の噂を語る口にのぼることも多い。
たとえば、侯爵家の跡継ぎであり、未来の侯爵であるとか。
考えてみるとそうだったのだ。
他に後を継いでくれる兄弟がいなければ、ゼロが家督を放棄することは不可能に近いだろう。ましてや侯爵家。
公爵家の長男のルーウェンだって騎士団団長と公爵の役職の両立は出来ないため家督は放棄しているはずだ。そして彼にも弟がいる。
いやしかし、まさか同い年で同じクラスになるとは。
ちらと少し離れた横を窺う。
未来の侯爵。彼は家督を継ぐ立場にある。
王都には魔法師にはならない貴族の通う魔法教育学校があるのにも関わらず、『学園』におりさらに騎士科にいるというのは珍しいのではないだろうか。
「アリアスってさ、城にいたわけ?」
にわかに、前を向いたままのランセが話しかけてきた。
フレデリックを挟んで言葉を交わしたことはあっても二人で、ということはなかった、ので、アリアスは内心すごく驚いて返答がとっさに用意できなかった。
しかしながら、ランセは気にしていないようだった。
「じゃないとフレデリック王子と知り合わないじゃん」
「そ、そうかな?」
「そうだろ」
王子が城下に頻繁に下りているならまだしも。
「魔法、だれかに教わってたんだろ? 師匠って城にいる魔法師だよな」
「えぇと、」
次々と鋭いことをついてくるのに平淡な口調なのは些かやりにくい。さすがにジオのことは言わない方がいいだろう、とアリアスは考えていた。
「まぁ、そう、です」
「別におれ、誰かなんて聞こうとしてないから」
そこで一呼吸分くらいの沈黙。といっても実技にあたっている生徒たち立てる音が止むことはない。
「初対面のときすごいまじまじおれのこと見てたけど、」
「え? あ、それは……ごめんなさい」
「いいよ別に、それは」
いいのか。
再出発した会話の話題の行き先が読めなくて、無駄にどぎまぎする。
緊張することはない。大丈夫だ。
「――もしかして、おれの兄貴知ってる?」
言い聞かせていたところで、変に息を吸ってしまうところだった。
本題は、これなのかもしれない。
その瞳がアリアスの方を向いた。灰色がベースであるものの、濃い、青色に近いような水色が混じったその色は
「それは、ゼロ=スレイ様で……合ってる?」
首肯される。
やっぱり、だ。
「じゃあ一応……?」
「何だよ、その微妙な返答」
「……知ってるよ」
「はじめっから正直に言えよな」
「いや、うん……ごめん」
まさか全て本当のことを言うわけにもいくまい。アリアスは何だか後ろめたい、という言葉を実際に味わっている気分である。
「あの人、元気?」
そして、それまでより幾分か抑えられたような声で飛んできたのはこれだった。
『あの人』という呼び方で指されたのは流れ上ゼロであることはすぐに理解した。けれど、兄であるはずの彼を示すには家族であると感じられない示し方だった。
そう思ったことが顔に出てしまったのか、ランセは表情に苦笑めいたものを滲ませる。
「おれはさ、気がついたら跡取りになってた。次男で兄貴が死んでるわけでもないのに。気がついたら兄貴は学園入って卒業して騎士団に入ってて、会わなくなった。だから、本当のこと言うとこういうときに『兄』っていう単語がでるほど会ってないし仲良くないし、知らないんだ」
あの人元気? とランセは自らの兄のことを再びそう問うてきた。
「――お元気ですよ。私が見る限りでは」
あ、そう。と素っ気ないのは言葉だけでランセの口が苦笑などではなく、緩んだことをアリアスは見逃さなかった。
たったひとつその問いを問う機会を窺っていたと思える、そんな反応。
ああ、そうか。とアリアスはひとつの事実を汲み取った。
ゼロの左目のことを、ランセは知らないのかもしれない。
生まれつき左目に人ではあり得ぬ色彩を宿した彼は、左目を隠すように覆われ、きっとこの少年に何も話していない。家も出た、と言っていた。
そのためにこの、言葉だけではかれるほどに事実上の距離感が出来てしまっているのだ。
アリアスとて聞くまでは噂で怪我やら幼い頃にかかった病での後遺症でやらというものが流れていたから、職業柄怪我かなと思っていたわけなのだ。
「べ、別にすごい長い間会ってないから生きてんのかなって思っただけでそんなに気にしてるわけじゃないからな」
「え」
「本当だからなおまえが兄貴とそれほどの知り合いなわけないと思うけど、万が一っていうことがあるからな。余計なこと言うなよ絶対」
「う、うん……?」
必死か。今度ははっとしたかと思うと、くわっと目を開いてこちらに捲し立てる内容は早口すぎて耳を通りすぎて行きそうだが……言い訳? 照れ隠し、という言い方が合っているか。
「そんなに隠すことではないんじゃ、」
「何が何でも」
学年トップの秀才らしからぬ理由になってない理由が返ってきた。
ずい、と至近距離で念を押されてこくこくと頷くはめになる。
そうしたらすっと元の位置に下がっていく。冷静沈着そうな様子のランセが崩れかけていて驚きしかなかった。でもそれにしても顔立ちは似ているな、と思ってしまう。
「……まあ、兄の安否を教えてくれた代わりに何か困ったことがあれば助けてやってもいい」
そこだけは譲るつもりがないみたいだった。
しかし、この一連のことばかりはゼロに聞いたわけではないから何とも言いがたい。
けれど、ランセが侯爵家の跡取りでありながらこの学園に来て、将来魔法師として騎士団に入ることは確率としてないと等しいのに騎士科に来た理由が早くも勝手ながら分かったような。
兄の背中を追った――と思うのは、アリアスだけだろうか。
「あ、ありがとう」
とにもかくにもある意味くせのある弟さんであるようだ。
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