第9話 会いたいのは一緒

 石で造られた、魔法師騎士団の訓練場のひとつ。そこには障害物がひとつとしてなくただっ広い空間が広がる。上を見ると天井も何もないので水色の空が広がっている様を見ることができる。

 竜が、上から降りてくることができるようにされているのだ。

 現に今、一体の竜がその大きな翼をはばたかせ、灰色の鱗に柔らかな太陽の光を反射させて降りて来ようとしていた。竜の背、首の付け根と言った方が近い場所には竜の巨大な身体に比例して馬につけるそれよりも遥かに大きく形も少し異なる鞍がつけられている。

 その上に人影ひとつあり。

 服装は魔法師騎士団所属を示す軍服。

 眼帯で覆われている左目はさておき竜のほぼ全身を覆う鱗と同じ右目をしている。ひとつにまとめられた長めの灰色の髪は風にあおられる。

 彼にのみならず周りにまで及ぶ強い風は竜が地面に足をつけ、はばたきを緩やかに、最終的には止めたことによって止んでいく。

 完全に翼の動きが止まり、人が近寄れるようになると軍服を身につけた者が何人かしてやってくる。襟章の色は白。

 内、二人が団長である人物を見上げ、声を張る。


「団長、お疲れ様です!」

「おう」

「今はしごを持って来ます!」

「いらねえよ」

「そうだ団長にはいらないんだ馬鹿ばっか覚えとけ!」

「いたっ、知ってますけど、一応っていうのがあるでしょ!」

「無駄ははぶけ無駄は!」

「何くだらねえこと言い合いしてんだ。そこ退け」

「すみません団長!」

「すいません!」

馬鹿ばっか野郎、すみませんだろっ」

「すみませんっしたっ」

「踏まれてえのかお前ら」


 竜に乗っているのは白の騎士団団長ことゼロ=スレイ。

 彼は竜に繋がる、所謂手綱を離してぽんぽんと竜の太い首を叩きながら返事やら何やらをした。

 それから、高さからして結構あるので普通は乗るときだけでなくはしごか鞍に綱を取り付けて降りることが多いのだが、それを待たずしてさっと慣れたように飛び降りる。

 着地の音は他の声やら音に紛れて聞こえないほどだった。痛そうな様子もない。

 ちなみに下にいた団員二人は慌てて下がったが元々ゼロが避けていたことは言うまでもないことだろうか。

 彼が降りると、竜が太く長い首を曲げて高い位置にあった巨大な顔を地に下りたゼロに近づける。何をするのかと思うとその鼻面でもって彼の背を押す。


「……ヴァル、お前なデカいんだからそういうことしてっと下手すりゃ俺が転ぶ」


 竜がどれだけ優しく押そうとも身体の大きさからして小さくはない力が加わるもので、予想外の力が後ろから加わってきて軽くつんのめったゼロは呆れた口調で去ろうとしていた方を向いてそこにある顔に仕方なさそうに腕を伸ばす。

 すると、押すことが目的ではなく撫でてもらいたかったのか、差し出された鼻面をゼロが撫でると竜は満足げに橙色の目を細めた。


「元気有り余ってんな。後でもう一回飛ぶか」


 最後に強めに――といっても竜には葉っぱが掠めたようなものかもしれない程度――叩いてゼロは改めて灰色の竜から離れ始める。

 その場には降りてきたばかりの灰色の竜だけでなく他にも二体、色の異なる竜がすでにいた。

 二体の内片方は茶色、もう片方は青色。

 もう離れてはいるもののどちらかといえば青色に近い方に立っており青の竜の方を向いていて、ゼロの方向からすると横顔だけが見える軍服姿の男は彼が降りてきたことに気がついた様子。

 ふっと顔が横を向く。青の竜で一番はじめにこの場に降りていたルーウェンである。

 竜と同じ――というよりも竜が彼の目と同じ色なのだが――今日の空模様よりもっと晴れた日の青空のごとき色の目で友人で同僚を認めた彼は、身体ごとゼロが来る方に向いて彼を迎える。







 ルーウェンが視界に入れた、手にはめた革手袋を取りながら歩いてくるゼロは途中で足を止めることになっていた。


「飛行中の様子はいかがでしたか?」

「以前通りだ、問題ねえな」


 治療専門の魔法師兼竜の育成に関わる魔法師がペンと紙を手に、灰色の竜から降りてきたばかりのゼロに尋ねている内容がルーウェンにも少し聞こえてくる。

 それは彼もされたもので、先だって竜に異変が起きたことによる細かく入念な確認が他にもいくつも後に続くことも知っている。それはゼロも知っているはずだ。竜が再び空にはばたけるようになってから、多少内容に変動はあれど続いていることだからだ。

 そんなに時間はかからず五、六分ほどで彼らのやり取りは終わる。異常がなかったためだろう。


「この調子なら戦地に行くのも問題ねえな」


 歩みを進めることが可能になったゼロが外した手袋をポケットに突っ込みつつ来て、立ち止まる。


「行くまではな」

「『荒れ果てた地』の状態によりけり、だろ。魔法石の準備はどうなってんだ?」

「師匠が話を通して準備して下さった。あとは魔法を込めるだけだ」

「大変だな」

「別に出発の直前に魔法の準備をして戦地に直行させられるわけじゃない」


 連れていく竜につける予定の、対魔族の魔法力目的の魔法石。

 籠める特有の結界魔法の準備をするのは、否、出来るのは王族を除き騎士団の中で考えるとルーウェンのみだ。それゆえの「大変だな」の言葉に当の本人であるルーウェンは緩い笑みでそれほどでもないと言ってみせる。


「そういう意味じゃねえよ、どんだけ魔法力必要だと思ってんだ」

「分かってる、計画的にやらないとなー。幸いにも俺たちが行くのは少し後だ、少しだけ余裕は持てる」

「さっさとやっちまえよ。結果、一日くらい沈むことになったとしても許容範囲だろうぜ」

「魔法にも鮮度っていうものがあるだろ?」

「治療系の魔法だったらまだしも結界にはあんま関係ねえだろ。余裕があって詰めれる内に詰めとけよ」

「ちょっとの差が命取りになるかもしれない」

「それが関係なくなるように、竜が出るような戦局にならねえようにするんだろ」

「出来るだけ、な。出来るといい」

「ルー、思考が慎重すぎるってのを越えて負に傾いてんぞ」

「そうか? 悪い」


 何度も重ねた戦略会議。

 異変などなかったように空を飛び回った後の竜がまた一体、上空で着地体勢に入っている。翼によって起こった風が運ぶ砂埃。薄く視界を遮られた向こうには地にいながらにして空を仰ぐ竜。

 彼らがはじめの戦地荒れ果てた地でどのような状態になるのか、はたしてルーウェンの魔法で全ては跳ね返し切れるのか。分からないが、これに関しては出来ることをやるしかない状況だ。


「やるしかないんだよな結局」


 どれもこれも。

 変えたくない光景のために。

 守りたいものと守るべきもののために。

 温い風がルーウェンとゼロ、その場にいる者全てに吹きつけていった。


「アリアスは上手く馴染めているかな」

「……何で急にその話持ってきたんだよ」

「思えば師匠の放浪についていくアリアスを見送ったことはあっても、アリアス一人を、それも長期間一人だけなんていうことはなかったことに気がついたんだ……」

「で?」

「たしかにアリアスはそつがないぞ? だが同じ歳の子と関わることさえあまりなかったのに。心配なものは心配で……」

「お前の方が支障出てんじゃねえか」

「出ていない。出すと合わせる顔がないからそれは出さない」

「今仕事中じゃねえのかおい。つーか何だよその顔」


 ゼロに問われたルーウェンは自分がどんな表情をしているのか、鏡がなくとも大まかに把握していた。意外そうな顔だろう。


「いや、意外だった。また、もう少し反応に困る反応してくるんじゃないかと思ってたんだ」

「会いたくなるからアリアスの話したくねえんだよ俺は」

「ああ、なるほどそういう考え方もあるのか。……何か苛々してないか? ゼロ」

「してねえ」


 しているだろう。

 眉を寄せてしまっている友人。こんな反応になるとも予想外だった。まあ仕事に支障は出ないとは思われる。

 手紙を出してはどうかとつい言いそうになったが、快く勧めるのには複雑な気持ちとなると共にこの様子ではそれもしないとか言いそうだったので止めた。

 それとは反対に手紙という手段をつい忘れていたルーウェンはそうだよないつものように手紙を出せばいいんだ、と後で妹弟子に手紙を出そうと決めた。


「会いたい、か」

「なんだよ」

「それに関しては同感だ」


 アリアスは学園生活を楽しく送っているだろうか。


「でもな、言っておくが俺の方がアリアスに会いたいからな」

「あー忘れてたぜ、お前ってそういう奴だったよな」


 妹弟子大好きな奴だった。と呆れた口調で言われたのはルーウェンには心外だ。

 おまけに自分のことは棚に上げてないか。

 そう思ったことが伝わったようにゼロはにやりと笑って何でもないように言う。が、途中でその表情も変わった。


「好きで堪らない相手には会いたいって思うだろ、普通。本当に頼むぜ、いない会えないって分かってっと何でか倍会いたくなってんだぞ」

「ちょっと待て、久々に反応に困るから止めろ」

「――団長お二人して何のお話だい?」


 結局未だ慣れない友人の一面が出てきたところで、男性にしては高め、女性にしては低めの声が二人の後ろからかけられた。

 ベージュに近い色の、毛先に近くなると少しウェーブしている髪を揺らしながら歩いて来ているのは黄の騎士団副団長のエミリだ。


「何でお前ここにいんだよ」

「あたしはジョエル団長に用があって来たんだよ」


 ゼロの問いにあっさり答えてここにいることはおかしくないと言いながら、エミリは二人の元にやって来る。

 ルーウェンは彼女が用があるという黄の騎士団団長ジョエルはおそらく最後に帰ってくるということを教えた。それから、待つことになりそうだね、と呟いたエミリを交えて、していた話の内容を隠すことなく明かした。


「俺の妹弟子が王都の学園に行くことになったんだ……というより行っているんだ」

「妹弟子って確か『巣』で手伝ってくれたあの子――アリアス、で合ってたかい?」

「覚えていたのか、エミリ」

「まあね」


 あれくらいの子とそうそう会う機会ってないしルーウェン団長の妹弟子だったから余計に何となく、ね。とエミリは付け加えた。


「へえ、学園にねえ。ジオ様の弟子なら別に行かなくてもいいんじゃないのかい?」

「行かずに進む道を決めてしまうより、やはり専門の場に行ってみるのはいいことだろう?」

「それにしてはルーウェン団長は行かなかったとお聞きしたけど」

「俺は結構早くに決めてしまってたからな」

「なるほどね」


 ジオの弟子ならば行かなくてもいいのではないか、と大抵の者が聞けば思うそれに納得したエミリは今度はゼロに顔を向ける。


「学園といえば、今あんたの弟もそんな歳じゃなかったかい。ゼロ団長」

「……ああ、たぶんな」

「たぶんってなんだいあんた」

「そんな仲良くねえんだよ他所はどうかは知らねえが、うちは」


 何か嫌われてるしな、という呟きがルーウェンには聞き取れた。


「ああそうかい、まったく薄情な奴さ。それで、あの子歳はいくつなんだい?」

「十六なんだ」

「ふぅん、じゃあ年齢通りに行けば五年生に編入だね。異例といえば異例だけど、ルーウェン団長の妹弟子ってなら可能かい?」

「どうだろう、詳しい情報は入ってないんだ。何しろ本当につい先日のことだから」

「じゃあどの科に入ってるのかも分からないのかい?」

「そうなるな」

「いやに聞くな、お前」

「え? ああ、騎士団にどうかと思ってね」

「はあ?」


 エミリのふざけていない顔でのさらりとした返しにゼロが「何言ってんだ」という声を出した。


「……いや、ねえだろ」


 しばし黙った十数秒後、彼の脳裏には騎士団になんて危ない、という考えが浮かんだのではないだろうか。

 少なくともルーウェンは自由に道は選んで欲しいが、戦争が起こったときのことを考えると――騎士団には入ってほしくはないかななどと考えていた。

 だが、ゼロのその言葉をどう解釈したのかエミリは眉を上げる。


「意外と騎士科に入ってるかもしれないよ、先入観はよくないんじゃないのかい?」

「よく言うぜ、ルーの妹弟子っていう先入観ありで話してるくせによ」

「情報が少ないからね。ねえルーウェン団長、あの子は剣は使えたりするのかい」


 さらにゼロを無視してエミリはどこか楽しげにルーウェンに尋ねてくる。


「ああ、簡単になら使える」

「使えるのかよ!?」

「まー、ここ数年は持っていないはずだから剣だこも消えてるけどなー。今どのくらい使えるかは俺もちょっと分からないかな」


 ゼロの驚いた様子には構うことなくルーウェンは捕捉しておいた。

 そう、魔法をむやみに使わずに旅先で身を守れる他の方法。いくつか師と共に教えたものだった。ここ何年も主には城にいて使う機会もなかっただろうから、もう感覚も薄れてきているだろう。

 それに――医務室に大抵のときいる、アリアスとも顔見知りの治療専門の魔法師の女性の姿が浮かぶ。彼女が確かいずれは妹弟子をそっちの道に、と勧誘しようとしていたな、と思い出す。

 確かに師……と比べるのは根本から違う気がするが自分と比べても、アリアスには癒しの魔法の方に才能がある。もちろん、魔法においても身を守るための術を教えているから基本的な攻撃的な魔法も使えるが、本格的に学び、比べると癒しの魔法の方に軍配が上がるだろう。

 魔法学園に通っていなかったルーウェンだが、どういう場でどういう科があるのかは聞いていて知っていた。から、それらを考え合わせて言う。

 いくら妹弟子の考えとはいえ隅々まで読み取ることは不可能で、異なる道に目を向けているかもしれない、しかし。


「たぶん、の域からは出ないがアリアスは医療科を選ぶと思うんだ」

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