第24話 兄弟子、頼む




 アリアスが控え室にて緊張に苛まれていたとき、ルーウェンは当の広間にいた。彼の今夜の服装は華やかな場に相応しく騎士団所属であることを示す白い、軍服を模したデザインの正装だ。紺色の軍服同様よく似合っており、その顔にある笑顔と相まって周りの視線をさらうだろう。

 実際先ほどまでは立場もあり人に呼び止められることを繰り返していたが今一息ついて、ポケットの中のものを手袋をはめた手で確認しつつ時間を考えて場所を移動していく。


「ゼロ」

「おう、ルー」


 華やかな色合いが散りばめられている中、ルーウェンの視界の端を通ったのは、『春の宴』に当然出席しているゼロだった。一緒に来たわけではないことと、この人数であること、声をかけられそれほど身動きが出来なかったことがありその日彼らは初めて顔を合わせることとなる。

 名前を呼ばれたゼロはルーウェンの姿をその目で認めて方向転換をしてくる。

 左目を覆う眼帯は華やかな催しの場であるからか、いつもの飾り気のないものではなく装飾の施してあるものになっている。灰色の髪を一つにまとめている紐は艶やかなリボンとなっており、位置もいつもとは異なり少し低い。それから彼もまた、騎士団所属であることを表す正装姿だ。

 言わずと知れた団長二人が自然と互いに歩み寄り、揃って話し始めたことによって、周りの人々は声をかけることを自重する。

 それに気づいているかは定かではないが、ルーウェンは立ち止まって話そうとはせずに話しながらも歩みを止めない。それどころか、話の途中でゼロに一応許可を求める。


「ちょっと移動していいか?」

「いいぜ……何だ奥行くのか?」

「色々あってな」

「何だよそりゃ」


 歯切れ悪いルーウェンにたいして不振がる様子もなくゼロは共に広間の前――奥の方へ進んでいく。


「ところで、ここにはどれくらいまでいるつもりだ?」

「どうだろうな。……一度外すつもりではある」

「去年は結構遅くまでいたよな」

「師匠がいなかった関係でなー」

「なら今回は心配ねえってわけだ」

「まーな……別の心配はあるけどな」

「さっさと引き上げて騎士団で酒盛りと行こうぜ」


 『春の宴』に際して、普段城に勤めている者はパーティーに関する勤めがない限り、各々街に下りていることが多い。街でも盛大に祝いがされており、大いに盛り上がっているだろう。

 そんな中、騎士団の者はもしものときの対応もあるが警備以外の者も結構城に残っていたりする。毎年彼らは彼らで騎士団の方で酒を飲み交わしているのだった。

 言わずとも、今彼らがいる場所と比べれば遥かに余計な気を使わずに済む。

 二人共、こんな華やかすぎる場を好んでいる、というわけでも苦手としているというわけでもないが去年もそうやって騎士団で飲み直していたのだ。


「本当に『さっさと』引き上げるのは止めろよ」

「分かってる。さすがにもうしばらくは大人しくここにいる。途中で抜けんのは有りだろ?」

「その後、戻って来るんだろうな」

「たぶんな」


 そこで彼らはそれぞれ笑った。

 そのときすでに二人のいる位置は大分奥に来ていた。王族のおわす段上に繋がる階段の最下部がちらりちらりと、華やかな色合いの通る隙間隙間から見えるほどには。


「それより、何だってこんな奥に来るんだ」

「この後に備えるためだ」

「待ち合わせか? それとも……このあとってったら、点灯作業しかねえよな」

「……それが問だ――時間だ」


 本当に一番奥に着く前にルーウェンがようやく立ち止まり――『時間』が来たために立ち止まるこことなり、ゼロも足を止める。

 瞬間、ふっ、と広間中の灯りが消え場が真っ暗闇に包まれる。しかし人々は慌てることはない。これから起こることが分かっているからだ。むしろ、動くことを止めたがそれでも囁き合い、微笑んでそのときを待っている。一様に同じ方を向く。


 多くの視線の先、扉が静かに開く。


 ピタリと静けさが満ちる。

 次に自然と人が真っ二つに割れ、一本道が出来る。

 ぼんやりとした灯りが一つ浮かんでいる。一つの灯りだとは思えないほど周りを広くしかし薄く照らす魔法の火。よく見れば、それは一人の少女が両の手のひらの上に乗せているろうそくに灯されたものであることが分かるだろう。

 『灯火の娘』の役目の少女の顔は彼女が持っている灯りに照らされてはいるが、そのベールによって明らかにはされない。見えるのは、結われていない部分が後ろに流された長い茶色の髪。それだけで、今年の『灯火の娘』は誰だと当てられる者はいないだろう。何しろ国民のほとんどの髪の色が多少濃淡に違いはあれど、茶色なのだから。

 しかし、師から聞いていて、遠くからでもその人物が誰かを知っているルーウェンはゆるりと笑みを浮かべる。

 灯りの元は早くはなく、遅すぎもしないがただゆっくりと真っ直ぐに奥へ奥へと滑るように進んで行く。その前には黒く高い人物が一人歩く。例年から言って本当は明るいところで見ると一番上の衣服は濃紺であるだろう。『灯火の娘』が段の中程にあるろうそくに火をつけたあとに、広間そのものに今度は魔法の火を灯す魔法師だ。背格好からして、男性であることは見てとれる。だが、彼もまたすっぽりとローブと繋がったフードを被って、少なくとも鼻ほどまで影が落ちており顔はよく見えない。

 ルーウェンはまた、その人物ももちろん誰かを知っていた。

 その空間では、入ってきた二つの影以外は動いておらず、しかし二つ分の足音はまるでしない。急だったろうに、どうもやり遂げられている。主に小柄な少女の方を見てルーウェンは自分のことのようにまだまだ始めとはいえ、安堵を感じる。

 そんな折、何気なく隣を向いたことによって彼は彼らしくもなくそちらに気を取られる。


 隣に立つ男は、やけに静かな目をしていた。

 ルーウェンはその視線を軽く辿って、彼がどこに目を向け、誰を目に映しているのかを知る。その目を見ようとも映っているはずはないが、悟った。

 ただ一人、たった今姿を現した『灯火の娘』。他の人々ももちろん目を向けているが、その視線とはどこか異なる。その目は静かなようで、奥に確かな熱がある。

 それは、ルーウェンがいつか目にした友人兼同僚の見慣れぬ姿、それに重なる。そのときに重なる。


 まさか、あれが誰だか分かっているというのか。

 毎年、『灯火の娘』もしくは『灯火の息子』及び灯り提供の魔法師の名前は会議で報告される。しかし、今年はなぜかレルルカが『灯火の娘』の選定を申し出、難なく一任された。いつもの如く美しい微笑みをしていたが、どことなく妖しい色が混ざっていた。

 それが、これだったのかもしれないとルーウェンは後に思った。それでジオも釣ったのだろうか。元々、灯りの提供の魔法師も他に名前が上がっていたはずなのだが……。

 つまりはどういうことかというと、今年の『灯火の娘』は例年通りパーティー参加者には秘密であることに加え、本当にごく僅かにしか伝わっていない。ルーウェンだって、ジオに聞いて初めて知ったのだ。だから、ゼロがそれを知る機会はなかっただろうし、そもそも彼はそれに興味を持つことはない。


 嗚呼、こいつは本気だったのだな、とルーウェンは初めて実感したようになった。その眼差しを見て、ぼんやりと彼は思った。

 どうも、自分は彼を誤解している部分があったようだ。


 そんな友人に気を取られ、考えている内にもう『春の宴』でも大きな見せ場の一つは成されようとしていた。

 おそらく意識では感じ取ってはいたが、気がつかぬ内にというように『灯火の娘』とその前を行く魔法師は階段を中程まで上がっていた。中腹に設けられた空間で少女はろうそくを前にしており、姿はまたいくらか遠くなっていた。

 そうして、『灯火の娘』が手に持つろうそくを、それよりも大きめの立てられているろうそくに近づける。正確には、火を。遠目で、手が緊張でか少し震えているように見えたのは気のせいだろうか。けれども、きっとこのとき彼女の緊張が最高潮に達していることは間違いないだろう。

 目を隣から上へと完全に移したルーウェンの前、火が灯った。それだけではなく次いで、上から横から光が溢れたような錯覚。人々が見上げたときには、天井のシャンデリアに、壁のろうそくに魔法の火が一つ残らずついていた。


 本来はふりだけで、幾人もの魔法師によって広間のろうそくに仕込まれている魔法具を働かせて火を保つ。だが、今回は本当に段上の魔法師一人だけで一気にそれをしてしまったことが感覚的に分かる。

 魔法の光が灯り、先程よりもよほど明るくそして柔らかく会場を照らす。人々は歓声を上げ、天井を見上げ、段上を見上げる。

ベールを被った少女の顔は遠いこともあり、未だにはっきりとしない。けれども、もう片方。魔法師の方は……


「あれは……ジオ様か」

「ジオ様だ」

「今年はジオ様が点灯を?」


 顔が明らかとなり、その顔を認識した人々の内から名前の囁きが広がって行く。まさか予想もしなかった魔法師の姿。おまけに去年はこの場を欠席していたのだからひとしおである。

 拍手が満ちる中、そんな二人は階段を降り始める。重そうな印象のフードを取り去り、ローブを雑に取りながらのジオが先だ。普段部屋の中では無駄を省いた軽すぎる服装であるため、正装の上にさらに着た衣類は (ジオにしてみれば) 邪魔であったらしい。

 真正面からだとそのジオしか見えない様子を見ていたルーウェンだったが、はっとする。


「ゼロ、悪い後で……」


 それはそうと、と彼は前にまで来ていた理由をすぐに思い起こしズボンのポケットの中を探りながら急いで足を踏み出し……かけた。のだが、


「おや、ルーウェンじゃないか」

「――ハッター公爵」


 飛んで来た声に、反射的にルーウェンが振り向いた先には貴族の正装の男性。銀髪に蒼の目という何とも涼やかな色彩をあわせ持っており、歳はそこそこいっているだろう男性は中々に渋い格好よさを持っている。声も心地よいくらいの低音であるのだが、


「そんな他人行儀な呼び方を息子にされるはめになるとは……」

「こんな場で咄嗟でしたので、申し訳ありません父上」


 凛々しい立ち姿にも関わらず、眉を下げてしまったその男性こそ、エドモンド=ハッター公爵。王の弟であり、ルーウェンは公爵家の一員であった。

 振り向いたルーウェンに、会場の混雑する前程にいた彼を偶然見つけた公爵は歩み寄ってくる。そのまま満面の笑みとなり、軽く息子を抱きしめる。それに一度思考を切ることになって応じたルーウェンと離れたエドモンドは彼の姿をじっくりと見始める。


「それにしても、本当に久々に会うね。元気そうで何よりだよ」

「父上こそ、お変わりないないようで」


 団長職にあることもあり、中々帰ることもない息子の姿をそれはもう染々と見ている。

 ルーウェンは話が長くなりそうだ。と思った。状況が状況でなければ喜んでゆっくり話して付き合うのだが、そうはいかない事情がある。


「それはそうと、母上はどうされたのですか? まさか父上一人で来られたわけではないでしょう」

「もちろん一緒に来ているとも。ご婦人はご婦人同士で積もる話もあるのだよ。でも、私がルーウェンを連れて行けば驚くだろうね。ふふふ」

「いえ、俺は後で……」

「日頃中々会えないからね、喜ぶよ」


 今度はこれは駄目だ、とルーウェンは悟った。

 話題を素早く変えたはいいが、どうもエドモンドは母の元へ自分を連れて行く気満々のようだ。にこにことした笑顔は上機嫌そのもの。

 だからと言って、事情を説明している内に――。


「おお、そこにいるのはゼロじゃないか。久しぶりだね」

「――ハッター公爵、お久しぶりです」


 エドモンドがルーウェンの腕を取って進み始めた先で声をかけたのは、まだルーウェンの近くにいたゼロだった。声をかけられたゼロは相手がエドモンド=ハッター公爵であると理解して、ぼんやりしていたのか少し間が空いたが挨拶をする。

 その瞬間に、ルーウェンはあることを思い付いた。こうなれば……。

 彼は今度はちょっと寄り道しそうな (もちろんルーウェン含め) エドモンドより先にゼロの元へ行く。


「ゼロ、一つ頼みがある」

「いきなりだな」

「今から……」


 父をそっちのけで来るやいなや話し始めたルーウェンの様子に、ゼロは少しだけ訝しげな表情になる。が、当のルーウェンはそんなことに構って時間を浪費していられないと、ちらりと少し離れたところでにこにこと待っている公爵を窺う。おそらく仲がいいな、くらいのことを思って見ているのだろう。

 だがその距離はもちろん近いわけであり、エドモンドのことを意識して出そうとしていた言葉を変える。


「……レディを一人俺の代わりにエスコートしてくれ」

「はあ?」

「頼んだぞ」

「何で俺が……おいもしかして公爵に紹介されたのを俺に押し付けてんじゃ……」

「ぶっとばすぞゼロ」

「意味分かんねえよ」


 公爵がいることと、言葉を包んで言ったためにルーウェンはあらぬ疑いを持たれてしまう。同じく空気を読んでか、小声で返してきたゼロの言葉に思わずルーウェンは笑顔のままで言葉を遮る。おまけに「ルー、お前最近言うこと物騒だな」と言われ、お前に言われたくはないとルーウェンは言いそうになる。


「結局どういうことだよ」

「…………」


 実はルーウェンは、アリアスの『灯火の娘』の役目のことを聞いたと同時に連れ出してやれと言われていた。言ったのはもちろん、彼に『灯火の娘』のことを教えたジオだ。 (ほとんど) 毎年嫌々ながらに参加しているだけあって、『灯火の娘』の役目を果たした少女がそのあとどうなるかを知っていたのだ。

 『灯火の息子』であれば、主に女性陣に囲まれ、『灯火の娘』であればダンスに誘う男性に囲まれる。ベールの下を見ようという好奇心と、一緒に踊れば……という一種の験担ぎになっているのだ。

 そんな弟子への同情からか気まぐれか、ジオはルーウェンにぽいっと魔法具まで預けていた。ある魔法の籠められた魔法具。

あとは彼女が囲まれる前にどうにか目を逸らすなりなんなりしてこれを使うか、もしくは正攻法でダンスを申し込むふりをしてそのまま連れ出すか、だ。

 しかしながら、自分がここでごちゃごちゃしているとあっという間に少女にとっては困った状況になるだろう。酷く戸惑う様が目に浮かぶほどだ。

 だから、この際。と考えるのは口実だろうか。


「……正直言うとな、ゼロ。今思うとお前がそれだけ俺の言葉を守ってくれるとは思ってなかった。それにどうも俺は少し疑っていたらしい」

「次は何の話だよ」

「分からないならいい。お前のためにもちょっとだけ時間やるよ。いいか、後で迎えに行くからな」

「その話に戻んのかよ。大体、じゃあ何でお前がエスコートしね――もしかして、」

「これやる」

「魔法具? 何の……」

「あの子はこういう場に慣れていない。連れ出してやってくれ。ゼロ、会場内には入ってくるなよ。絶対に」


 そんな彼の左肩に頼むぞ、という意味を込めて手を置いてから、ルーウェンはさっさと公爵の元へ戻り始める。けれども、ゼロがすれ違い様にその腕を掴む。


「ルー、……一つ聞きたかったことがある」

「うん? 何だ今か?」

「ああ、今」


 そこにあったのは、元々こんな場であれ愛想笑いの一つも浮かべずに笑いたいときにだけ笑っていたのだが、それとは関係なく口の端に浮かぶ笑みもなく嫌に真剣な顔だ。


「お前はいいのか」

「……何のことだか分からねーな。あと、それなら俺も一つ聞きたかったことがある」

「……何だよ」

「アリアスと会ったのは、本当に最近か?」


 ゼロは問い返しに一瞬だけ虚をつかれた表情をした。だが、目の前にいるゼロから少しだけ視線をずらしてどこか遠くを、それから何かを思い出す眼差しをする。


「――会ったのはな。聞きたいのはそれだけか?」

「ああ。じゃあ後でな」


 絶対迎えに行くからな、とルーウェンは最後にもう一度念を押すことを忘れはしなかった。


「さあ父上行きましょうか」

「あれ? ゼロとはもういいのかい」

「ゼロはこれから行く場所があるので」

「そうなのかい。私ももう少し話したかったんだけど後にしようか」

「それがいいですよ」


 ゼロに背を向け、エドモンドの元へと戻った彼は余裕のある笑みで促す。ゼロから気を逸らすことも忘れない。そうしながらも、ふと顔だけまたも友人の方へ向ける。


「そういえば、言い忘れていたことがあった。アリアスのこと、守ってくれてありがとうな」


 それだけを言って今度こそルーウェンは階段から離れる方向へ歩いて行った。




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