第19話 遭遇

「じゃあこれくらいで止めるか」

「そうですね」


 ろうそくの光のみで、直近しか照らされていないほぼ真っ暗な中を二人が歩き始めてちょうど一時間ほど。回収した魔法具は全部で八個ほど。ジオによればあと七個はあるが、魔法具は思う通りの働きを示した。今夜はこの辺りでいいだろう、という言葉に頷いたアリアスだったがすぐに足を止める。


「どうした?」

「魔法具が、反応して……?」


 手のひらの上に乗せている魔法具。魔法力を注ぐことを止める直前、今までとは異なる反応を見せはじめた。勝手に微かに震えているのだ。アリアスは戸惑いながらも、再び魔法具に意識を集中させる。


「反応している方向があります。……でも、何だか今までのものとは違う感じで……」

「故障、なわけねえか。ジオ様が作ってんだしな。それだけ最後に回収して行くか」

「はい」


 震える魔法具を手に、二つの火が再び通路を動き始める。





「そういえば、アリアスはいつからジオ様の弟子なんだ?」

「私ですか? えぇ……と、十年前くらいからです」

「十年前? 結構長えな。ルーともそんくらいか?」

「そうですね。師匠と会ったときとほぼ同時だったと思います」

「……道理であのくらいになってるはずだ……」


 相も変わらず、二人分の足音だけが響く中、ゼロが話をぽんと出した。それへの返答に彼は片方だけの目を前に向けたまま、一人で何かに納得したようになる。おそらく、親友の妹弟子への過保護っぷりを思い出したのだろう。


「ジオ様とは王都で?」

「いえ、私は元々王都からはとても離れた小さな町にいたんです。なので、王都へ来たのは師匠と出会ってから二年後くらいでしょうか」

「そうなのか。……ってことはそこからずっと城にいたのか?」

「大抵はそうですね。師匠がどこかに行こうとしない限りは。たびたび王都を出たがるんですよあの人は」

「二年…………八年前からはずっとか。何で気づかなかったんだ」

「ゼロ様?」


 たびたび王都を出たがる、のところで去年の現在と同じ時期を思い出してアリアスは呆れた声を出した。そんなに理由らしい理由もなく城を出るのだ。弟子であるからか、そんなときは行くか行かないかの意思を問われることなく着いて行くことがことごとく決定しているので、その頻度も熟知している。

 けれども、横を歩くゼロが真剣な顔で呟いているのを聞いて首をひねる。今何か考えるところはあったか。


「あー、何でもねえよ。……ちょっと待て、十年前ってジオ様とっくに最高位についてたよな」

「そうみたいですね」

「なんで二年も王都空けられたんだ」

「……何ででしょう?」


 首を振ってみせられたので、首のひねりを戻すことになったがゼロの思い付きの問いにまた同じ動作をする。言われてみれば、と。

 ジオはあの外見でいて、どうやら年齢が三桁を超えているらしい。そして、現在の、魔法師としては最高の地位についたのは何十年も前であるという。当然、アリアスと出会った十年前はその地位についている。

 それにも関わらず、少なくともアリアスは二年は王都に、城には足を踏み入れていない。では丸二年、彼は最高位であるのに国内を放浪していたというのだろうか。そんなことがあり得るのか。


「もしかすると、魔法で戻ってきていたのではないでしょうか?」


 現在何かと口うるさい (ジオ談) レルルカがいつ同じく最高位についたのかは分からないが、彼女でなくともさすがに二年は放っておかないだろう。どんな手を使っても探し出すのではないだろうか。となると、アリアスに考えられることは一つだけだった。ちょっとしたときに城には戻っていた、だ。


「空間移動の魔法か。そういえば時々会議のときにもそれで来るな。さすがってとこか」

「さすがはさすがですけど、そういうちょっとしたことにも魔法を使うのは……。でもたぶん直らないんですよね、あれでずっと来てるんですから」

「ああ忘れることあるけど百超えてんだよな歳」

「中身はほぼ子どもですけどね」

「へえ、そうなのか。俺なんかはジオ様とは会議くらいでしか会わねえからな……けどあの人の目を見てると外見通りの歳には確かに見えねえんだよ」

「目ですか……あれ?」


 アリアスが魔法具の震えの大きくなる方へと導き進んで行った先は、


「行き止まり?」


 石の壁があるばかりだった。石の通路の突き当たりにまで、二人は来ていたのだ。前左右上下が石の壁で、唯一進めるのは後ろだけ。

 アリアスは手のひらの上の魔法具を感じなから疑問を抱く。魔法具は何かに反応している。おそらく問題の魔法具関係であることは間違いない。震えが微かに強くなっていく方向に進んできた。そしてそれは前方へ進むことを今もなお示している。でも、前は壁だ。


「……いや、ここはまだ先がある」


 ゼロが突き当たりの壁に近寄る。そうして、しゃがみこんだかと思うと下の方で何か操作をした。すると、


「……え?」


 目の前で行き止まりを作っていた壁が、動いた。ぎこちなくではあるが、半回転をして両脇に人が通れるほどのスペースが出来たのだ。その先にはまた空間が現れ、同じような通路が続いていることが窺える。


「反応はどうだ?」

「え、と、この先からです」

「そうか」


 立ち上がったゼロの顔には真剣さが増した表情があった。その目は現れた通路の先を見据えている。


「この通路、何ですか……?」

「ここはな、所謂隠し通路っていうやつで魔法師だと最高位と騎士団の団長くらいしか知らねえ」

「そんなものが……あれ? じゃあこの先に反応があるのは……」

「容疑者に前任の団長が出てるからな。城の中の協力者に教えてたんだろ」


 戦争が絶えなかった頃の産物なのだろうか。

 少し歩くと暗闇で見えなかった階段があり、それは下に伸びている。階段の一番下もまた、闇に包まれ窺うことは出来ない。幅は人が二人やっと通れるほど。階段は予想以上に長い。どんどんと下に下へと下がっていく。


「この階段、長くないですか」


 アリアスが前を行くゼロに尋ねてしまうほどには長かった。気のせいか気のせいなのだろうか。


「完全に地下に繋がってるからな」

「地下、ですか」


 閉塞感が強くなっているような気がしていたのは、気のせいではなかったらしい。そんな階段もようやく終わりが見え、また真っ直ぐに通路が広がる。かと思えば、左右には曲がり角が複数。その一つを曲がる。するとまた曲がり角が複数ある。


「何ですかここ、迷路ですか」

「言ってみればそんなもんか。複雑には作られていることは間違いねえ。……けど入ってから何だがこの中に行くのはなあ」

「そんなに複雑なんですか?」

「ああ、俺も教えてもらったときの一回しか来たことねえけどすげえぞ。道順覚えてりゃ余裕で戻れるけどな。今……」


 急にゼロが黙った。声がなくなり、途端に静けさが身を包む。


「ゼロ様?」


 言葉途中で口を閉じてしまった彼に声をかけるも無言で静かに、という仕草をされる。そのろうそくの火に照らされた目は険しい。ひたすらに前方に目線が注がれている。アリアスの身体の前にすっと腕が伸ばされる。


「何かいる」

「――フレイ、フレイか? まったく遅かったな」


 息が思わず詰まった。

 まさにゼロが見ている方から第三者の声が飛んできたのだ。声からして、男性。それからコツコツという音がする。靴音だろうか。それが近づいてくることが分かる。しかしそれはすぐに、


「いや……違うな。誰だお前は」


 止まる。

 ゼロの腕の後ろでその低い声にびくりとする。まだ光が届かない場所にいるだろう男の姿は全く見えない。


「ブルーノ=コイズか。まさか本人がここにいるとはな」

「お前は……ゼロ=スレイ! なぜここにいる」

「そりゃあこっちの言葉セリフってもんだろ。指名手配中の出奔者がのこのこ城の中に入り込んでるとはなあ」


 距離が離れているからだろう声の主は見えず、見えるのは暗闇、それだけ。けれども、ゼロは現れた人物が分かったようだった。

 アリアスといえば、その言葉を聞きながらも手の上の魔法具がかなり震えていることを感じて目線を下ろす。魔法具は目に見えて震えている。右でもない、左でもない。前に向かって反応している。これは……。


「ゼロ、久しぶりに会って残念だが、お前をここで殺すしかない。私は私の計画を誰にも邪魔されずに遂行しなければならない!」


 その声が聞こえると共に、突如として光が発生する。魔法だ。だが、それはこちらに届くことなく相殺される。


「う、わ」

「アリアス、行くぞ」

「え、あ、はい……!?」


 また光が弾ける。一度では終わらず二度三度。始まったのは魔法の撃ち合い。応じているのはゼロだ。

 強い魔法同士がぶつかる光を背後に、アリアスは手を掴まれ走り出すことになる。

 わけが分からないままに手を引かれるままに通路を曲がった。足音が通路に反響する音だけが耳に飛び込んでくる。もう一回角を曲がると、暗闇では眩しすぎた光が途切れる。そこでようやく止まる。


「とりあえずは大丈夫だな」


 隣を向くと、ゼロが来たばかりの方を窺ってからこちらを向く。

 取られていた手が離された、と思うと直後にふっ、と一つ灯りが消える。ゼロが持っていた方のろうそくの火だ。


「火で居場所がバレるからな。そっちも消すぞ」

「はい。あ、でも……」

「何でこれ消えねえんだ」

「それ師匠が魔法でつけたので、師匠が消してくれないと消えないと思います」


 言うのがちょっと遅かっただろうか。

 アリアスが持っているろうそくの火が消えないことにゼロが訝しげな顔をする。が、すぐにされた種明かしに納得と状況からの呆れの表情を浮かべる。


「そんなに強力にしなくてもいいだろ……。仕方ねえ、ここに置いてちょっと移動するか」


 ことり、と灯りが消えないままのろうそく立てが石の地面に置かれる。何となく申し訳なくなりながらも、促されるままに足を進める。

 置き去りの灯りから遠ざかっていくにつれて、周りは本当に真っ暗になっていく。すぐ側のゼロの顔さえも見えないくらいになってきている。当然、通路の先など見えるはずもないのに、ゼロは淀みなく足を進める。

 そこでその内、ゼロの姿が完全に見えなくのではないか、とアリアスは気がつき焦る。実際、もうろうそくの光など届かない場所にまで来ており……、


「……どうした?」


 思わず目の前の服を掴んだ。

 案の定と言うべきか、ゼロはその行動に振り向く。まだその表情は微かに見えるくらいだ。疑問系であることから見えていると思っている表情にも半分くらい予想が入っているかもしれない。


「ちょっ、と暗すぎてつい……。見失ってしまうかと思いまして、すみません……」


 とっさに掴んでしまったはいいが、振り向かれて大して表情は見えないのにしまったと謝る。一緒に手もぱっと離す。せめて断るべきだったか。こんなときだが、ある種の恥ずかしさが沸いてきて顔に血が集まってくることが分かるが、暗いことが救いか。

 服を掴まれた方のゼロはというと、驚きで足を止めたが明かされた理由にああという顔をする。そうしてから、暗闇の中ではあるが的確に彼女の方を見てから見えずらいが目を一瞬彷徨かせて、行動に出る。


「悪い、気づかなかった」


 アリアスが引っ込めた手が取られた。襲われたときに突発的に掴まれたときのようではなく、そっと。再びゼロに導かれ始めたアリアスは、そのときさっきからの違和感の元を探り当てたような気がした。


「ゼロ様……この中で見えてるんですか?」


 目が別段悪いわけではなく、むしろ良い方ではあるアリアス。しかし、突然現れた男の姿は分からず仕舞いだった。あちらの男はゼロがろうそくを持っていたから顔が見えたとしても、こちらから、少なくともアリアスには顔なんて見えなかった。服装も。けれども、ゼロは相手の名前と思われるものを口に出した。それだけなら声で判断したと言える。

 だが、灯りを消してからの行動。一度しか来たことがないはずなのに暗闇で迷いない足取り、それからどこにあるか分かっているようにすぐに取られた手。そして、今も完全にまっ暗闇の中を壁伝いでもなく容易に歩いている。


「夜目は効く方だからな」

「すごいですね……」


 それは夜目が効くレベルの問題だろうか。

 それはさておき、手の中にある固い感触を今思い出して口を開く。


「ゼロ様……たぶんさっきの人が元々の対の魔法具を持っています」


 魔法の撃ち合いが始まった際に、掴まれた手に握りこんだまま落とさずに済んだ魔法具。震えはまだ続いているが、ついさっきのときより弱い。そう、最も強かったのは誰か分からぬ者が現れたそのとき。ばらまかれた魔法具に示していたものとは異なる反応。今考えるとそれはきっと無理矢理作った仮の対の魔法具が、本来の対の魔法具に反応しているのだ。そのように考えると頷ける。


「対を? ああなるほどな、結界を揺らしてここじゃない他の場所に注意を引いてるつもりだったってことか」

「あの人は、」

「あれがブルーノ=コイズ、俺の前の白の騎士団団長でまさに今指名手配中の男だ。目撃情報が出た時点で何か企んでるんじゃねえかと思ってたけど、まさかもう城の中にまで入り込んでるとはな。他に協力者がいるだろうな」


 一人ごちるようにして語られた正体。それは予想外の人物だった。

 だが、考えると腑には落ちる。なぜなら、この場所はゼロが言うには魔法師では最高位と騎士団の団長しか知らない地下通路。元騎士団団長が知っているのは当たり前だ。しかし、指名手配中の当の本人がいるとは……。

 そこで、道を進んでいたゼロが足を止める。こちらを向く気配がする。


「ここから奥に行って右に一回曲がれば最初の階段に繋がる通路に戻る」

「はい」


 ゼロが曲がった先はどうも通ってきた道であったようだ。言われた道案内にアリアスは頷きながら返事をする。けれどもなぜ、と。ん? と首を傾げているとかけられる言葉が続く。


「逃がしはしねえが、念のために灯りはなしで行ってくれるか」

「はい。……え、行けって」

「俺はあいつを伸してから連れて戻る」

「でも」

「俺は白の騎士団の団長だ。あんな前任が目の前に現れたなら、その汚点をとっとと拭い去るべきだからな」


 そのとき、ああ、そうだったと今更ながらにアリアスは思い出す。さっきまで散々話も聞いていたのに、実際職務の場面を見たわけでもないのでこんな状況のときに咄嗟に理解できていなかったのだ。ゼロは白の騎士団の団長だ。それから、今回起きているらしい件にも関わっている。そして、その人物をまさにさっき目の前にした。


「すぐに済むが、それに巻き込みたくねえから」


 そんな強気なのか事実なのかの発言が出来るのにも関わらず、先ほど対処せずにここまで来たのは自分がいたからだろうか。そう考えることは、勘違いではないだろうか。


「五分後くらいに俺も出る」


 手が離される。夜目が良いのは本当であるらしく、こちらの目がまた慣れていないのにその手はそこにあることが分かっているようにいつかのように髪をするりと一筋取って、手の上で流す。

 そのときだけ、なぜかはっきりとゼロの顔が見えたような気がした。


「ほら、ルーの代理で俺が来てんのに怪我させたらあいつにぶっ飛ばされる」

「……ルー様はそんなことしませんよ」

「どうだかな。俺だったらぶっ飛ばす」


 すぐ近くから、金属と金属とが擦られる音。ゼロが腰に穿いている剣を抜いたのだろうか。


「大丈夫だ、すぐ終わるから。それより迷うなよ」

「……迷いませんよ。ゼロ様まで私を子ども扱いですか?」


 足音が聞こえる。ブルーノ=コイズのものか。姿を見て姿を眩ましてしまった自分達を探しているに違いない。ここから出さずに処分するために。

 アリアスはすでに自分のすべきことは分かっていた。ゼロが自由に戦えるようにここを離れるべきだということだ。

 敵も元団長であるが、こちらも現団長だ。実力的にどうなるのかは分からないが、ゼロが軽口を叩けるくらいの自信を持っているのだから問題ないのだろうか。


「五分……ゼロ様、五分ですね」

「おう」

「お気をつけて」


 ゼロが、笑ったような気がした。

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