第17話 真夜中の魔法具探し
「あれ? ゼロ様?」
時は真夜中。アリアスは唯一の灯りである火のついたろうそくの立ったろうそく立てを持って城に来ていた。言われた場所には、予想をしていなかった人物がいた。
夜中であるからか、その服装は白いシャツにベストだけとなっていた。ズボンはおそらく軍服のズボンだろう。腰には剣が携えられている。灰色の髪は相変わらず高い位置で一つにまとめられている、ゼロだ。彼は暗い中壁にもたれかかっていた。側にいくと、やっぱり彼である。
アリアスも首を傾げていたが、壁から背を離したゼロもまたわずかばかりにその姿を映して見張っていた目を戻して、首を少しばかり傾けているようだ。
「こんな時間に何してんだ?」
「私は、師匠の代わりに魔法具探しに」
「代理?」
「はい、何でも師匠は魔法具のことで気になることがあるそうで私が」
「それでここに……なるほどな。ルーがいるって聞いてきたんだろ?」
「はい」
「ルーの代理が俺だ」
「え? そうなんですか?」
ゼロとのやり取りで、ここで落ち合うはずの二人が揃って代理を立てていることが判明した。ならば、今夜する予定にしなければよかったのではないのかとアリアスは思う。それにしても兄弟子も代理を立てるとはどういうことなのだろう。
「まぁ、ルーの代理っていうか。俺とあいつの役割が交代したっていうのが正しいんだけどな」
ぽつり、とゼロが付け加えたが、その目はどこか鋭かった。けれども、暗いこともあってアリアスはそのわずかな変化には気がつかなかった。
「じゃあ行くかって言いたいが、ジオ様はどうやって探すつもりだったんだ」
「それなら大丈夫ですよ。師匠から預かってきてます」
ろうそく立てを持っていない方の手でポケットから取り出したのは、一つの魔法具だった。鈍い銀色。真ん中には黄色の石。昨日の夕方、アリアスが拾った魔法具に似ているが、同じものではない。
「あの魔法具と同じものが城にばらまかれているのであれば、この魔法具を発動させれば魔法が跳ね返ってくるそうです。その魔法の力を辿ればいいとのことです」
「対の魔法具を作ったってことか」
アリアスがジオの代理でここにいる理由。
まず、城には結界が張られている。だが、その結界が破られるほどにではないが数度に渡って揺れたらしい。時間は夜中。没収された例の魔法具を調べると、それが原因である可能性が高いという。あれだけ多くあったのだから、もっとあってもおかしくはない。いくらか設置されたあとではないか、ということで魔法具を取り除くことになったのだそうだ。調べた魔法具と、揺れた力を合わせて考えると十個ほどである模様。
問題は魔法具をどうやって見つけるか。だったのだが、ジオがその魔法具の対を作ってしまった。そう、アリアスの鈴つきの腕輪のようなものだ。この鈴にも対となるものがあり、それはジオが所持していて魔法の力を込めるとアリアスの腕輪の鈴が鳴るのだ。これと同じことだと考えられる。だが、本来対があるかどうかも分からないものに、複製を作るのではなく新しく対を作ってみせることは誰にでもできることではない。
それを分かっているが麻痺してきたアリアスと、さすがと思うだけのゼロは早速歩き始めた。結界が揺れたのは限られたエリア。それを確認したのも、ジオだ。没収した魔法具があれだけあったことから、まだまんべんなくばらまくつもりだったのだろう。
「辿るの上手いな」
「こういうことは得意なんです」
魔法具を継続的に発動しながら歩くこと数分。すぐに一つ目の魔法具が見つかった。見つかったものは鉛色の円形のもので、茶色と黄色の合間の色の石がはまっている……つまり問題の魔法具と同じもの。だから反応したのだけれど。
魔法具の近くへ行っても音が鳴るわけではない。震えるわけでもない。ただ、反響して返ってくる魔法の力を感じとるという繊細な作業だ。
思わず感嘆の声を上げたゼロ。アリアスは、使われていない壁の上部にに取り付けられているろうそく立ての影に隠れていた魔法具を取っているゼロの背後で微笑む。単純に嬉しかったからだ。
「そういえばなんですけど、聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「なぜ……団長であるゼロ様たちがこんなことを直々にすることになっているんですか?」
アリアスは聞いてもいいものか、と思いながらも結局尋ねてしまうことにした。真剣に机で (ソファに寝そべっている状態でなかったことが重要だ) 魔法具を見つめていた師。自分で代わりが勤まるなら、とルーウェンが一緒ならば大丈夫かと来てみたのだけれど。いたのはゼロであるという点は全く問題はない。
けれども、歩いて作業している内に疑問が湧いてきたのだ。なぜこんな……言えば地味な作業を騎士団の団長である彼らと最高位のジオがすることになっているのか。
質問すると、ろうそくの火の灯りで顔が半分ほどにまで照らされている彼は少し黙っていたが話し出す。
「昨日の夕方、魔法具を所持していた男がいただろ」
「はい」
「あれは白の騎士団の者だった」
「……はい」
軍服の襟章の色が白だったことを思い出す。襟章の色は所属騎士団を指す。ゼロが団長をしている白の騎士団のものだった。
「あれは、本当に騎士団の人だったんですか?」
「ああそうだ。そのせいもあってもう一人駆けつけた奴がいただろ? あいつが言うことを信じちまった。……昨日は部下が本当に悪かったな」
「い、いえ、あのときは私も魔法をぶつけていたことがあるので……すみません結界で防げば良かったのですが苦手で……」
「いいや、悪いのは完全にこっちだ。特にあいつは今回の事情を知ってたが、同じ騎士団の者を疑うまではいかなかったみたいだからな」
今回の事情? 手のひらの上の魔法具に集中しながらも耳を傾ける。そんなアリアスの横でゼロはまあ話してもいいだろう、と一人ごちた。
「まあまず――二年前、戦争が起きかけた」
ここで、アリアスは息を飲んだ。
急な話であったが、それへの疑問よりもその言葉に驚いたからだ。そんなこと、聞いたことない。
「隣の国と画策して戦争を起こさせようと内通していた奴がいた」
二年前、この国では小さくはない騒ぎが起きた。当時の白の騎士団の団長の出奔だ。団長の出奔だけならばまだしも、問題は彼が画策していたことにあった。このグリアフル国と、国に隣接する国の一つとの戦争を起こさせる。それを、別の国と画策していたのだ。元々、当時の騎士団団長は内通していた国の出身であった。
だが、そんな企みは彼が他国と内通しているという手紙が見つかったことで表へと出た。しかし、腐っても団長。すぐさま逃亡を図り……
「指名手配されて二年。だが、奴は当初は隣国に逃げていたから捕まえることは出来なかった」
それ以来、その隣国との関係は表面では最低限の友好関係にあるが、その水面下は凍っているも同然。指名手配の元騎士団団長を差し出してくれるように要求するも、知らぬ存ぜぬ。そんな者はいないが、もしも見かけたら捕まえておこうくらいの反応。
「が、一月前くらいに国境付近で目撃情報があった。それからまた目撃情報があったときにはもう国の中だった。それにルーが行ったんだ。騎士団全体を動かせば早くに片付くかもしれねえが、それをするわけにはいかなかった」
アリアスはゼロの話をじっと聞いている。
「二年前、奴と一緒に出奔した奴らがいた。全員が騎士団の者だ。戻ってきて何か企んでいるとすれば、まだ騎士団内に裏切り者がいるかもしれねえ。だから今回は最低限の人数と必ず信頼できる人間で動くことになってる」
実際、いたしな。とゼロはぼやく。そうしてから、話の終わりに、話題上重くなりつつあった空気を和らげるように唇を吊り上げる。
「その関係で、団長である俺たちもこんなことしてるってわけだ」
そこでアリアスは魔法具を拾ってしまったがために襲われたときのことを思い出す。あのとき、現れたゼロは躊躇うことなく騎士団の者を疑った。それは、こういうことだったのだ。裏切り者が潜んでいるかもしれない、と。だから、ジオの弟子である自分の言葉が優先された。
それに、半月ほど前から最近までルーウェンは留守にしていた。これが理由だったのだ。これもまた、裏切り者の関係とそれから元団長である者の実力の関係でルーウェンが抜擢されたのだろう。
その上、怪しげな魔法具のことが明らかになった。裏切り者はやはりいた。ますます線引きが難しいところだろう。
『春の宴』の前で忙しくしているのだと思っていたら違ったようだ。
「でも、さすがに人手がなければ厳しくないですか? この魔法具探しといい……」
「ああ、これか? これは別に今夜全部探しちまおうっていうんじゃねえよ。さすがに人増やさねえとな。それくらいの人数は確保できてんだ。街中にも回させてるくらいだしな」
話をしながらも、歩き続けている二人の足音が通路に響く。アリアス歩いていく方に、また一つ魔法具。夜中だから人気がないのではなく、昼間でも人が全く近づかない通路。それでもさらに出来るだけ目立たぬようにされているそれら。
いったいいくつあるのか。とアリアスは思っていたがああ、だから師は言ったのかと納得する。「一時間程度で引き上げて来い」と。無理矢理作った対の魔法具が効くことが分かれば、少しは人手を増やすつもりだったのか。そういえば、ゼロはさっき『今回の事情を知っていたが』と言っていた。昨日見た騎士団の人はその『裏切り者』関係のことにあたっており事情を知っていたのだ。
だからと言って、これまたこの仕事には相応しくないような最高位ジオがこの地味な作業をする理由は、会議のついでだと言っていたか魔法具の解析を押し付けられたことによるようだ。けれども、人使いが荒いとか言っていたわりにはちゃっちゃと終わらせたようだが。動作確認と言えるべきこれを自分にやらせるということは、ちゃんと機能することは決まっているのだろう。下手なものを師が作るはずはないのだから。
「……あとは捕まえた奴が吐いてくれりゃいいんだ」
アリアスが色々と思い起こし考えていた中、またぼやいたゼロの声は一段くらい低くなっていた。
「そういえばゼロ様」
アリアスはそんなことには気がつかずに、はっと気がついたことがあって隣に顔を向ける。
「何だ?」
「昨日はありがとうございました。言いそびれてて……」
昨日の夕方、魔法に魔法をぶつけてしのいでいたときに現れたゼロ。あのときは安堵するばかりでお礼を言っていなかったことに気がついたのは、今日だったか昨日だったか。そのことを、アリアスは今思い出した。それから言えた、と微笑む。
「…………」
「え? ど、どうしたんですかゼロ様!?」
しかしそこでいきなり、視線に気が付きこちらを向いてくれていたゼロがあらぬ方向を向いた。詳しく言うと、自らの歩く右手。壁側だ。その速さといえばまさに一秒足らず。
アリアスはびっくりして声をあげる。反動で魔法力を注いで発動していた魔法具から集中がそれてしまった。そんな反応をされるとは思わなかった。顔を背けられるとはどういうことだ。何か変なことを言ったかとアリアスは不安になる。しかしもちろん心当たりはない。
「あの、ゼロ様……」
「……何でもねえから、ちょっと放っといてくれ」
「そ、そうですか……?」
そう言ったゼロは顔をわずかにこちらに戻したが、どういうわけか顔の大半を片手で覆っている。おかげでますますさっきからの行動が分からないアリアスであったが、言われてしまっては深く聞けるはずもない。
黙りこくったゼロの様子を横目で窺いながらも、アリアスは魔法具に再び力を注ぎ始める。
「……あー、情けねえ」
それからしばらくして、やっと顔から手を離したゼロはそのままその手で髪をかき上げてまた小さくぼやいていた。暗いことと灯りも橙色で、彼の顔が赤を帯びていてことはかなり分かりずらかった。
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