第7話 メイドロボ取り扱いマニュアル

「そしたらこう言ってやるのさ。“おいおい、ガラスの靴は置いていかないのかい?”ってね」

「なるほど」


見た目だけを木に似せた合成樹脂製の床に直接あぐらをかき向かい合う俺とヒート。


自宅一階の共同スペースは、すっかり俺達のたまり場と化していた。


「そのセリフ、タクスは実際に言ったことがあるのか?」

「ある。生身のとき一回だけ。酔った勢いで」

「結果は?」

「何の感情も持たない目つきの後、シカトされた」


黙り込む男二人。


傍らのテーブルに置いてある触媒オイルのグラスに口をつけチビリと飲む。

俺の話が途切れたので、ヒートも胸のハッチを開いてグラスのオイルをチューブ越しに注入した。


気まずい沈黙は、玄関の扉が開くメカニカルな音に破られる。


「……こんにちわ、リラお姉さま、タクス……?」


俺達の方を見るなり首をかしげ、前髪の奥にある瞳を瞬かせるのはアミィだ。

そっか、アミィとヒートは会った事なかったっけ。


「紹介するぜ、アミィ。こいつはヒート」

「アミィ・ペパーミントさんだね。タクスから話は聞いている」


わざわざ立ち上がって挨拶するヒート。

腰を折ってもなお、小柄なアミィを真上から見下ろすほどだ。


そんなメタリック巨体を見上げるアミィは少々ボーゼンとしている。


ヒートのデカさに気圧されているのかと思いきや、違ったようで。


「タクスはやっぱりだね……ロボットともお友達になれちゃうんだ」


少女の何気ない一言にたじろいだのは、メカ大男の方だった。


「君……判るのか、俺がロボットだって……!」


かすかにエコーのかかったヒートの声色には、込み上げるような興奮が押しとどめられている。


なるほど。

ヒートは自分が人型ロボットであることに誇りを持っているのに、今の世ン中サイボーグ放題。どっちもどっちも機械の身体だ。

だから、コイツはサイボーグと間違えられることを極端に嫌がっている。


「うん、判る。アタシ……見ただけで判るよ。ってやつ」


「うおおおおおおおお!!!!!」


感極まって絶叫するヒート。さすがにアミィも肩をびくつかせた。


「一目見てボクをロボット扱いしてくれたのは君が初めてだ……!ありがとう、ありがとう、アミィ・ペパーミントさん!」

「……アミィでいいって。あと、も少しボリューム絞ろうよ」

「ああ、すまない、アミィちゃん」


なおも興奮冷めやらぬヒートの各関節から白い蒸気が噴出し、部屋中に立ち込める。

ダイニングで紅茶風触媒を啜っていたリラが、迷惑そうに立ち上がり換気ファンのスイッチを入れた。



「で……二人は何やってたの?」

「モテそうなセリフ講座」

「……へぇ」


質問に即答した俺を放置して、アミィが傍らのテーブルに視線を投げる。


低めの小さなテーブルの上には、ルービックキューブに知恵の輪にTRPGのキャラシート等が散乱している。


それらを見て全てを察するアミィは、やはり聡明な少女だ。


「……ヒマなんだね」


黙って頷く俺とヒート。

何故か無意識のうちに正座してしまっている。


「前回もタダ働きだったし、このところ実入りのある仕事がなくてね」


アミィにティーカップと茶菓子を運んできたリラが、溜め息交じりに言って手にしたホログラフ端末を見せる。


「いっそ日雇いのアルバイトでもしようかと思って探してしまっているくらいさ」


手のひらサイズの半球状端末から浮かび上がっているのは、ピンクや青のミニスカパフスリーブにフリルエプロンとヘッドドレス、トドメにニーハイソックスといった出で立ちの女の子たち。

ホログラフ娘らの頭上には『未経験OK!カワイイ衣装で働きませんか?』などとPR文章がレインボーに踊る。


どうやらリラはコスプレのへきが開花しつつあるらしい。バニーの次はメイドかよ。


「この次は看護婦ナースでもやるか?」

「いや、ナースは見飽きてる」


知らねえよ。


「んで、その仕事なに?メイドってことは往来でティッシュか何か配るのか?」

「キミはメイドの仕事を何だと思ってるんだ」

「そもそもコイツらメイドじゃねえと思うけどな……で、仕事内容は?」

「募金活動」


仕事ですら無かった。


「ねえ、お姉さま」


ヒマ潰しの延長みたいな会話を続けるリラのブラウスを引っ張りながら、アミィが口元に笑顔を浮かべる。


「……どうせなら……本物のメイド、やってみませんか?」



俺達は今、豪邸の門前に居る。


「これ、お前ん?」

「そうだよ」


重厚な複合金属の門を、認証キーで事も無げにオープンセサミする少女が首を傾げる。

アミィの部屋には2回訪れはしたが、テレポートで直通だったからこうして正門からお邪魔するのは初めてだ。


それはもう、なんて言葉が自然と出てしまうほどの邸宅だった。

表札には家紋と思しきマークが金色のレリーフであしらわれてるし、公園かって言うほど広い庭を貫くまっすぐな通路の向こうに視界に納まらない横幅の建物が見える。


「この表札のロゴ……」


メガネのレンズに光を反射させながらリラが呟く。

視線は家紋レリーフに向いている。

俺と、邸宅を感心して見上げるヒートが気付いていない何かを理解したっぽい。


「アミィ、いま、ご両親はいらっしゃるのかい?」

「うーん……たぶん居るよ。もうちょっとしたら出かけるって言ってたけど」


「タクス」

「どうしたシリアス顔して」

「……くれぐれも粗相のないようにな」


ド真剣な眼差しで俺に言い含めてくるリラ。


これまでの色々を思い返すに、粗相をするとしたら俺じゃなくてきっとコイツだ。



「アミィがいつも世話になっているようだね。今日は一日、よろしく頼むよ」


鼻下から首の付け根辺りまでをベールのように覆う髭をモコモコ揺らす初老の紳士は、にこやかに俺達を迎えた。


この人がアミィの父親。リラ情報によれば、業界トップシェアの有名家電メーカー『ハツカ』社の社長だ。


「よ、よろしくお願いします!ご期待にそえるよう努力致しますので!」


リラは上ずった声で返事をし、靴のヒールを打ち合わせる勢いでキヲツケの姿勢をとる。

期待を裏切らないガチガチっぷりだ。


「リラさんの話は特によく聞いています。自然体で構えてください」


アッハイなんて言いながらも上半身が棒みたいになってるリラ。

まあ、しばらくすれば元に戻るだろう。


彼女が緊張する気持ちもある意味わかる。

俺も別の方向性で身構える部分はあるのだ。


「にしても広い屋敷ッスね。ここを掃除したり、って考えると気も張りますよ」


先方のお言葉に甘え、肩の力を抜いて今立っている応接間を見回してみる。


客人に応対するだけの空間だと言うのに、俺達が普段生活している一室よりも広々とした壁や床に落ち着きある調度品がしっくり納まっている。


広い上に、壁にも床にも天井にも隙がない。

たとえばココを雑巾がけせよ、なんて言われたら俺の寿命は1年は縮むだろう。


そんな意味を込めた一言だったのだが、アミィの親父さんは要領を得ないといった風に小首をかしげ髭を撫でた。


「掃除?」

「メイドの仕事って言ったら掃除に炊事に洗濯に、ってトコじゃないんスか」


いつものノリで「もしかして夜伽もですか」なんて口走りそうになったが、さすがに思いとどまる。


「あ……タクス、ごめん」


俺と親父さんのやりとりを聞いて何かに気付いたアミィが小声で詫びを入れてきた。


「お父様、アタシ、リラさま達に『メイドの仕事』って言っちゃったの……」

「なるほど。だからタクス君はハウスキーパーの仕事をするのだと思い込んでいるのか」


しゅんとして頭を下げるアミィに静かに頷き、親父さんも軽く頭を下げる。


「すまない、娘の説明不足だったようだ。君達にやって欲しいのは、庭木の剪定やベッドメイクではない。それを行う者達のなのだ」


「教育、ですか?」


メガネのフレームを指で持ち上げるリラ。

対してハツカ社長も白い髭を撫でて応える。


「リラさんはご存知だね。ハツカ社のメイン事業はメイドロボの開発・販売だ」

「ええ。今月も新型のお披露目がありましたね。超AIを更に発展させた汎用人型モデル、来週に先行受注開始とか」


「よく見てくれているようでありがたい。手伝ってもらうのは件の超AIの開発だよ」


リラのメガネがずり落ちる。

ハツカ社のことは初耳だった俺も、超AIの開発とか言うブレイブなワードに動揺必至。


「俺達シロートですよ」

「そうです、タクスこいつなんてティッシュを長く伸ばすくらいしかスキルが無いんですよ!?」


「ティッシュを伸ばす?」

「細長くちぎって伸ばすんです。彼はその特技に電脳ブレーン容量の実に1割を費やしてます」


「それは良い。きっと開発の助けになるだろう」


リラの訴えを聞いて、社長は満足げに目を細めた。

勘違いは解消しているハズなのに、どうにも話がかみ合わない。


「AIの開発と言っても、キーボードを叩いて何万行ものコードを記述するのではないよ。君達は、ウチの試作機むすめたちと共に過ごしてくれるだけで良い」

「それが開発になるんスか」


「超AIには学習機能が備わっている。一人でも多くの人間と接することで、AIはデータを蓄積してより豊かに成長することができるんだ」


それまで後ろで突っ立っているばかりだったヒートがようやく口を開いた。


ヒートはロボットだから、人格の源は俺達サイボーグのような電脳ではなく感情を持った人工知能――超AIだ。


「なるほど、経験者、いや……当事者には言うまでも無いようだね」


髭を撫でる手を止め、社長はヒートの巨体を見上げる。


「やはり親子か……あなたも判るのですね」

「当然」


ゆっくりと、かつ、いつの間にか、ハツカ社長はヒートにぴたりと寄り添う距離にまで接近していた。

直立不動のメタルボディの各部位をまじまじと見ながら、溜め息交じりに解説を始める。


「電磁スイング関節とは粋な仕様だ。それに、各ブロックにコンデンサを搭載しているのか……ある程度なら自律飛行できるんだね。浪漫がある」


社長はいつの間にかヒートの胸板に頬ずりせんばかりに顔を寄せ、装甲をヒタヒタと触りまくる。


大男に密着する初老の男性という構図に、俺は知らず真顔になっていた。

我に返って隣を見ると、リラも真顔になっていた。


「ずいぶん修羅場を潜り抜けているね。メンテナンスが必要になったらいつでも来なさい。ウチの設備と整備班をよこそう」


「初めてお会いした方にそこまで甘える訳には……」

「フフフ、その代わり君の身体ボディをじっくり見せてくれれば良い。これほどのものならば、見るだけで満足だよ」


僅かに上気した頬と潤んだ瞳でヒートのアイ・スリットを見上げるハツカ社長。


「……お父様、ヒートのこと気に入ったみたい」


それって表に出して大丈夫な意味合い?



「それではタクス君、奇抜な挙動を期待しているよ」


そう言って、アミィの父親・ハツカ社長は前後に長い黒塗りの車体に乗り込んだ。

日頃親父さんに何吹き込んでるんだアミィ。


「行ってらっしゃいませ、旦那様」


しずしずと頭を下げるリラは、落ち着いた黒のロングスカートにフリルのエプロンとヘッドドレス――ペパーミント邸の使用人に支給されるメイド服に着替えている。

サイズが異様にピッタリなのは多分偶然じゃない。俺達の後ろでアミィがヤッタゼ顔で嬉しそうにしているからだ。


行きがかり上付き合わされる格好となった俺も、黒いスーツに蝶ネクタイの執事服姿で同じく頭を下げておく。


四つの車輪がボディに格納され、地面から浮かんだ車が音も無く道路を滑っていくのを遠目に見送ってから俺達は屋敷へ戻った。



「コーヒー淹レタゾ。飲ミヤガレ」


長細い卵型のボディに円筒形の四肢を生やしたロボットが、あからさまだが独特の愛嬌がある機械音声で言い放つ。拭き


曲線シルエットの胴体前方に設けられたハッチが開くと収納されていたベルトコンベアがテーブルに伸び、“彼女”の本体から湯気を立てた紙コップが運ばれてきた。


コップを手に取り、中の液体を口に運ぶ。


……うん、コーヒーだ。

いつかどこかのサービスエリアで飲んだ懐かしい味だ。


「……この調理用メイドロボはレトロブーム志向なんだって」


父親から説明されているのであろう知識を述べるアミィだが、彼女自身はその文言の意味がわかっていないらしく実感がこもっていない。

居合わせたメンバーの中では、かつて生身の人間であった記憶を持つ俺とリラだけがこのメイドロボが醸し出す風情を味わえているらしかった。


「キミ、他にはどんなメニューができるんだい」

「フライドポテト、カラアゲ、ヤキオニギリ、ハンバーガー、ウドン、エトセトラエトセトラ」

「スゲーな、万能じゃん」


やや興奮気味に、俺とリラはチーズバーガーと唐揚げをオーダー。


メイドロボのボディがくぐもった振動音をあげ、暫くして再び胴体のハッチが開く。

中にあるのはどことなくしっとりとした紙箱が二つだ。


俺達はそれを手に取り、手のひらにしっかり伝わる熱感に胸躍らせながら紙箱を開けた。


蓋の役割をしている上半分を開放するや否やうっすらと湯気が立ち上る。

手にした紙箱の中には、表面がいやにしっとりしんなりした茶褐色の塊が5つ。

傍らのリラが持つ箱を見れば、これまた天地を挟むバンズが力なくしなびたチーズバーガーがもうもうと湯気を立ち上らせている。


食材こそこの時代みらいの合成素材に換えられているが、少なくとも俺達が見る限り『これら』は紛れも無く在りし日の郷愁を誘う『自販機のあれ』だった。


俺とリラは顔を見合わせ、然る後、満足げに頷き各々のオーダー品をかじる。


「完璧だな、ミス・オートレストラン」

「アリガトゴザマス」



「彼は何をやっているんだい」


リラが指差す先には、執事型ロボの姿。

気合の入った絶叫と共にダッシュでモップがけをする同僚の少女型メイドロボをよそにバケツと雑巾を持って立ち尽くしている。


「……悩んでいるんです」

「悩む?」

「そういう機能を搭載されてるの。悩んでより良い解決策を自分で導き出せるように、って」


それ絶対、ゆくゆくは人間に反旗を翻す系のヤバい方向へ向かうやつだと思うんだが。


「で、アイツは何を悩んでんだ」

「床拭きに使う洗剤をどれくらいの濃さに希釈するか悩んでるの……いつものことだから」

「この仕事向いてないんじゃないか?」

「……それも毎日悩んでるよ」


どうやら俺達の会話が耳に入ってしまったらしく、件の執事ロボは頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。

集音機能は上々なようだ。


「おい、君。何をしているんだ立ち上がるんだ」


ヒートがいつの間にか悩めるロボの正面に立ち、毅然とした調子で彼を半ば強引に立ち上がらせる。


「そんなにくよくよ悩んでいたって、仕方がないじゃないか。もっと前向きに、時には勢いよく行動することも必要だ」

「シカシ、『悩ム』コトガワタクシニいんぷっとサレタ機能デスカラシテ……」


「甘ったれたことを言うんじゃない!」

ヒートは突然キレた。


「インプットされた機能がなんだ、搭載された機構がなんだ!?そんなことでロボットの値打ちは決まらないんだ!」

「エ、エエッ!?」

「来いッ!ボクがロボット魂を叩き込んでやる!!」


関節から蒸気を噴き出しながらメカ存在にあるまじき精神論を語るヒート。

悩める執事ロボは一切の反論も抵抗も許されず、ペパーミント邸の中庭に引っ張られていく。



「タクス、あれをやろう」

「いいけどさぁ」


ヒートが全身から湯気と共にを立ち上らせているので、喉元まで出掛かった口ごたえは引っ込めた。


「えー、それじゃあ。『ジャミラの物真似』やります」


そう言って黒い背広を脱ぐ俺を見て、リラはうんざりした顔をする。


「まさか今になってそんなモノを見せられるとは……」

「アタシもジャミラ知ってるよ。この前もらった動画の怪獣だよね」


対して控え目ながらも嬉しそうなアミィ。英才教育の成果だな。


俺がインナーのシャツの襟首をずり上げて頭を引っ込めると、リラからため息まで聞こえてきた。


そんなリラの予測を裏切り、俺はシャツを勢いよく脱ぎ捨てて上半身裸にクロスアウト!


「なに!?」


目を見張るリラをよそに、ホースを構えたヒートが俺に向けて放水を開始。


「オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛~!」


喉をしぼって千切れたような呻き声を上げる。


ヒートの放水は止まらない。


そのまま奇声を発し続けぬかるんだ庭土にのたうつ俺。

水は無情にも俺の全身を濡らし続ける。


ドン引きするリラ。ボーゼンとするアミィ。


「ア゛ア゛ア゛~!」


ぬかるみの中、何かにすがるようにサイコジェネスで作り出したものを掴む。主要な国家のミニ国旗だ。


一連の演技をやり尽くすと、リアルな疲労感も手伝いぬかるみに突っ伏し力尽きた。


「これを見てどう思った?」


泥土にうつぶせになった後頭部に、ヒートの妙に落ち着き払った声が響く。

疲労で頭を上げることも億劫だが、今の場の空気は何も見なくとも感じられ、いっそこのまま地面に突っ伏していられることが幸いに思えた。


「もっとお手軽なの想像していたら本格的だった」


「……リ、リラさんの感想は分かりました。君は?」


「ア、アノ、エエト……」

「悩むな。今の気持ちをそのまま言えばいい」

「ドウ言ッテ良イノカ、返答ニ困ル内容デシタ……」


「そうだ、それで良いんだ」


ヒートはそう言い残すなり踵を返し、屋敷の中へ戻っていく。


「???ワカラナイ……ワカラナイ……」


残された執事ロボは、本日新たに追加された悩みの種に三度みたび頭を抱えるのだった。



俺はその後、泥だらけの身体を威勢のいい風呂屋型執事ロボに勢い良く洗浄され、「ダメだこりゃ」と言う間もなく執事服再着用を強いられ、そのままアミィに電気街へ連れ出され、今に至る。


数百年が経過していると言うのに、電気街は相変わらずの雑然さでもって俺達を迎え入れる。

店頭に並ぶ有象無象の部品たちはむしろ今の機械の人類の方を歓迎しているのではないか――


そんなことを考えていると、不意に店先の中年女性に声をかけられた。


「お兄さん、アミィちゃんのボディガードかい?」


実用性重視名厚手のデニム地エプロンを着けたおばさんは俺の方を見ている。

念のため、自分の顔に指を向けてみると頷かれた。


映画ムービーでしか見ないようなカッコじゃないか。いつもは動作体ロボットを連れて来てるけど今日は人間サイボーグのお供ね」

「いつもこんな感じなんスか」

「アミィちゃんはたくさん買い物していくからねえ。そんなイカニモな格好はさせてないけど。荷物持ちだろ?」

「……うん。おばさん、制御チップ15個とこのリストのケーブルください」


あいよ、と気安い返事で店主の女性が注文品を袋に入れ、カウンター越しに背伸びしたアミィに手渡す。

まるで駄菓子屋で買い食いするかのような光景だが、やりとりしているのは俺には用途不明な電子部品だ。


「……タクス、持って」

「おう。コレで何作るんだ?」

「お家の防犯セキュリティメカ。この前、一台部品取りに使っちゃったの」

「セキュリティて……それまずくね?」

「たくさんあるうちの一台だから……それに、急ぎの用事だったから」


自宅の防犯に勝る用事って何だろう。

そう考える俺の頭の中を覗きでもしたのか、アミィが前髪の奥からじっと俺を見上げてくる。


「……だって、タクス、急いでたし」


視線が若干抗議の色を帯びていることに気付き、ようやく思い至った。


「ああ、あの時はありがとな。すまねえ、本当に助かったぜ」


急ぎの用事とは、以前俺がドラッグのクソ売人を成敗した時アミィに依頼したモノのことだったのだ。


「ん……次のお店いこ。ついでに色々買っておくの」


頭を下げる俺に口元だけで微笑み、少女は次のパーツ屋へテクテク向かった。



何件かのパーツ屋を回るたび、俺が持たされる袋や箱の数は増えていく。


そして、どの店先でも一様に同じようなやり取りが繰り返された。


「パーティーにでも行ってくるのかい、行ってきたのかい、アンタ。アミィちゃんは平服だけど」


「フォーマルスーツと部屋着だからだから目立つねえ」


「そういう人を従えてるとようやくお嬢様って感じだな、アミィちゃん」


いずれの店主も気さくにアミィに話しかけ、アミィの方も自然に応じる。

この街はきっと、この子にとってまさに地元ホームなんだろうな。


ふと通りがかった隠しカメラ屋の店先。

デモ機の映りを紹介する店頭モニタに、俺とアミィの姿が少しずつ違った角度から映し出されている。


黒の高級スーツに身を固めた男と、ラフなパーカーにミニスカート姿の少女。

ちぐはぐな取り合わせと言われればその通りだった。


「タクス……執事の服似合ってるよね。ちょっと格好カッコいいよ」

「お、おう」


いきなり褒め言葉を投げられ少々たじろいでしまう。容姿について褒められるなんて慣れていない。

だが舞い上がる気持ちになれないのは、俯いたアミィの雰囲気がどことなく声をかけづらく感じたからだ。


「アタシの格好…ヘンなのかな……」


こんなことを言うアミィに、普段だったら「むしろ俺のがヘンじゃね?」なんて返してたろうに、なあ。



「タクス、アミィ、帰って来たか!」


屋敷の正門で俺達を出迎えたリラは、メイドにあるまじき慌てた様子だ。


「第4客室までテレポートを頼む!一目見れば説明は不要だ!」

「いや、ちょっとは前置きしろよ」


「タクス……リラお姉さまの言う通りにして」

「……お嬢様命令なら仕方ないか」


リラとアミィ、それと買い込んだ荷物も一緒にテレポートした先には、部屋のど真ん中で異音を発する汎用メイドロボと、それを羽交い絞めにしているヒートが居た。

散乱した家具類や割れた窓に破れた壁紙を見るに、この一室でちょっとした立ち回りが繰り広げられたことは想像に難くない。


出かける前には静かな動作で俺達を送り出したメカ少女タイプのメイドロボは、今や両眼のインジケーターを狂ったようにギラギラとフラッシュさせている。


「たしかに大体わかるね」


「アミィちゃん!が突然暴れ出したんだ!」

「私が『解析』したところ、制御AIのプログラムがウィルスによる攻撃を受けている。AIをどうにかして“直す”か、それとも――」

「頼む!同じロボットの仲間が殺処分される所はできれば見たくない。彼女をころさずに済む方法で解決させて欲しい!」

「……と、いうわけさ」


リラとヒートが代わる代わる状況を説明する間にも、メタル両腕に拘束された暴走メイドロボの関節から大きな虫の羽音のようなモーター音がいくつも聴こえてくる。


「よせッ!そんな風に身体に負荷をかけ続けていたら無事では済まないぞ!」


自分よりも小柄なメイドロボに上半身ごとロックをかけながらヒートが呼びかける。

拘束を続けるヒートの両腕は微動だにしていないが、暴走ロボの安否を気にかけるヒートの口調には焦りが滲み出ていた。


「……ヒート、そのまま抑えてて。お姉さまも解析つづけてください」


アミィは鬢の髪を掻き分け、生身の人間であれば耳が在る部分に据え付けられた外部接続ターミナルに手を触れる。

バーチャル世界での活動に重きを置いてカスタマイズされたターミナルの外装が展開し、大小様々なアンテナや冷却フィンの類が耳から後ろへ向かって自動的に伸びた。


羽交い絞めで固定されたメイドロボの額にランプの明滅するベーゴマ大のメカを吸盤でくっつけると、ターミナルから生える一番大きなアンテナがひとりでに根元からウネウネと動く。


「ポート開放、完了」


明滅していたランプが緑色の連続発光に変わる。

アミィのターミナルで輝くランプも同じ緑色だ。


「……アタシがAIにダイブしてウィルス駆除してくる。タクス、着いてきて」

「え、俺も行くの?」

「いくの」

「なんで?」

「……いいから!」


アミィお嬢様の剣幕に引っ張られ、俺は『魔法使いウィザードアミィ』のお供もやらされることになった。



「さ、責任とって後始末よ!」


味気ない黒地に緑のグリッドが走るメイドロボのAI世界で、バカでかい魔法の杖を振り回し意気揚々とするアミィ。


「責任ってなんだよ」

「この子がウィルスに感染したのはアタシたちが屋敷にセキュリティ・ホールを作っちゃったからなの!」

「自衛できないヤツにはネットワークに接続させなきゃ良かったんじゃねえの?」

「もう、分かってないわね!」


勝手に盛り上がって勝手に苛立ち始めるアミィ。感情を全身にあらわし、ややオーバーな身振りの度に虹色メッシュの髪や魔女っ娘コスに包まれた胸やらがフワフワ揺れる。

つくづくリアルとバーチャルでは見た目も性格も別人みたいに変わる奴だ。


「犯人はきっとナノマシンを送り込んでウィルス・プログラムのレシーバーにしたの!イマドキ、ネットに繋がなきゃウィルスに感染しないなんて思うのはお間抜け様よ」


軽く罵倒しながらも、アミィは目の前にサンプル画像を表示して『レシーバー』のモデルを見せてくれる。


図解つきの説明によれば、よくあるのは蚊のような超々小型ロボット。

家屋に侵入し、標的にとりついて悪性プログラムを侵入させるポートの役割を果たすらしい。

対抗する為のセキュリティメカも、蚊取り線香や殺虫灯などに良く似ていた。


「だからセキュリティメカをパーツ取りに潰しちゃったアタシと、そのキッカケを作ったタクスの責任!これでよくわかって!?」

「わかった」


「なに突っ立ってるの!?中枢部へ侵入するわよ!」


頷こうとした矢先に、かなり離れた所からアミィの声。

黒緑の地形に唐突に生えた扉の傍に立ち、腕を振って俺を急かしていた。

彼女の速さはバーチャル世界では俺のテレポート並みだ。


「その扉って普通に開くのか?やっぱりパスワードとか……」

パスなら持ってる。この子の所有者、ウチなのよ。当然でしょう」


アミィが掌を上に向けると、何もない場所から見たままのカギが降ってくる。

扉の鍵穴にパスワードがバーチャルアイテム化したカギを挿入。が、開かない。


「まあ、それもそうね。アタシだって逆の立場なら鍵を換えるわよね」


自問自答のような独り言を並べ立て、手にしたカギを投げ捨てるアミィ。

今度は自分の身長ほどある杖を両手に構えた。



呟いた彼女の頭上から再び何かが降ってくる。

キャッチしたそれは二本の小さな金属棒。先端がカギ状になったハリガネのような道具だ。


アミィが二つの金属棒を両手にして鍵穴に差し込むと、十秒と経たず扉の鍵は解錠された。


魔法使いウィザードにかかればこんなロックは何の意味もなくってよ!」

「その技術って本当にMPとか消費する系のやつ?」



いくつかのセキュリティ扉をピッキングやサムターン回しで解放して辿り着いたAIの最奥。


最後の扉を開けたと同時に否応無く視界に入るのは見上げるほどの巨大なバーチャル構造物。


構造物じゃない。バーチャル怪獣モンスターだ。


8本脚のカミツキ亀。背負った甲羅からは何万条とも知れないロープのような触手が空へむかってうねり伸びている。

現実世界の感覚を当てはめるなら、全高40メートル、甲長120メートルと言ったところか。


「思ってたのと違うわアレ」

「なかなかのね。タクス、あれは見えて?」


アミィが杖の先で指し示す先は甲羅から生える触手群がつくった山のようなシルエットのてっぺん。

ロープのような触手の先端からふた周り細い触手が無数に伸び、一人の少女をがんじがらめにしていた。


下半身は完全に触手の塊に埋められ、口に侵入する触手に抗えないよう両腕も完全に拘束されている。


「あの娘は!?」

「AIの制御中枢コア。あの子を傷つけずにこの怪獣を倒すのが作戦目標よ」

「この前の怪獣で戦うのか」

「あんな五分で作ったボット駆除プログラムじゃ話にならなくてよ。それに――」


会話する魔法使いウィザードは、同時に掲げた杖の先端に青白い光をチャージし始めている。


なんて、アタシの流儀に反するの!」


光が弾け、カメ型怪獣の頭上で炸裂。

出現したのはバーチャルの空にどういうわけかぶら下がる銀色の構造物だ。

大きさはカメ型怪獣の半分ほど。卵型の表面はメカっぽい装甲が覆う。


「どれだけ大きくて巨大でも、所詮は一体……それじゃアタシとは張り合えなくてよ!」


アミィの繰り出した『何か』に気付いた怪獣が、残った甲羅の触手をそちらに差し向ける。


先端が到達するより早く、銀色の装甲の一部が裂けた。


天才魔法少女アタシの真骨頂は複数モジュールの並列操作!とくとご覧なさい!」


銀色のそれは本当に『卵』だった。

裂け目からあふれ出すように現れた小型の虫、虫、虫。

一匹一匹は中型犬程度の大きさでしかない『それら』が空の卵からどんどん出てくる。


卵と同じく銀色の体を持ったカマキリ型バーチャル怪獣が、カメ怪獣ウィルスが備える触手に勝るとも劣らない数をもって孵化したのだ。


孵化したメカカマキリは地表を列なし空に群れ、巨大な触手亀に殺到する。

襲い来る触手を鎌で切り裂きながら。

切り裂いた触手にまとわりつき、新たな侵攻ルートに変えながら。


「スゲーな、びっくりどっきりメカか」

「何、それ」

「明日、動画持ってきてやるよ」

「あら、楽しみね」


敵はこの場合、巨大過ぎた。小さく数の多い敵を相手取るには小回りが利かない。

それを補う為の触手も、動作の精巧さにおいてアミィの操るカマキリたちには敵わなかった。


甲羅の触手を全て刈り取られた後、残った部分を細切れにされ、喰われる。


卵が孵化したところから、カメ怪獣が上顎の部分を残して残らず捕食されるまで。

一連の光景は淀みない流れのように目の前で展開されて終結した。



「次は俺の仕事かな?」


無力化して足元に転がされたカメ怪獣ウィルスの残骸を手にとる。

コイツを『透視』すれば作った奴の所へ行けるのだ。


「え?……え、ええ!そうよ!そのためにアナタを連れてきたんだから!」


何故か突然テンポを崩したアミィだが、すぐに気を取り直し俺の傍につく。

彼女が肩に手を置いたのを確認し、透視で得た情報を基にテレポートを敢行。


視界を覆った白い光が引くと、現実リアル世界の奇妙な部屋に降り立った。


薄暗い室内、壁中びっしり埋め尽くすモニターの光が照らす片隅に、望遠鏡を直接顔面にくっつけたようなメガネをかけた長髪の痩せぎす男が縮こまっている。


室内にはこの男だけ。ウィルスの製作者はコイツで間違いがない。

落ち着いてあたりを見回すと、一つ一つのモニターにはそれぞれ違う風景が映し出されている。


「なるほど、かテメー」


モニタの中は更衣室、トイレ、どこかのオフィス、会議室、プライベートやシークレットにまつわるエトセトラエトセトラ。

どの角度から見ても許される要素は皆無だろう。


指をわざとらしくポキポキ鳴らしながら盗撮マンに歩み寄る。


「おい、何ニヤついてんだ」


この状況にあって、男の浮かべた表情は怯えや驚き、怒りなどではなく喜びの笑顔だった。


「見ちゃった見ちゃった!あの魔法使いウィザードアミィって、リアルじゃだったんだなぁ」

「……こんなの?」

「ヒヒヒーッ!ギャップスゲェーッ!」


裏返った声で言うそいつは、俺の後ろのアミィにレンズ型の両目を向けている。

視線にすら汚らわしいものを感じたのか、アミィは俺の背に隠れ服の裾を握り締めた。


「やかましい」


まずサイコキネシスの衝撃波を正面からぶつけ、両目の赤っぽいレンズを粉砕。

しかる後、部屋中に這うケーブルを操って変態野郎に相応しい亀甲縛りにしてやった。


「このまま通報しといてやらァ。あばよ」


最初の一撃で気絶してしまった盗撮男を天井から吊るし、変態の巣を後にする。


リアル世界に戻ってからの顛末の中、アミィは終始無口だった。



「お帰りなさいませ、お嬢様」


テレポートで屋敷に戻ると、メイド姿のリラが今度はわざとらしいほどのメイドスタイルで出迎えてきた。


さっきと随分違うじゃねえか、なんて言おうとした俺を押しのけアミィがリラに突進する。

そのままぶつかる勢いでリラに抱きつき、エプロンの胸元に顔をうずめた。


「あ、アミィ?」


普段から何かとリラに対するスキンシップの多いアミィだが、今の様子はいつもと違うことは俺にも分かった。


リラも、無言で抱きついたまま離さないアミィの髪をそのまま黙って撫でてやっていた。



後で聞いたら、あの時のアミィはちょっと涙ぐんでいたらしい。

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