第2話 そんなバナナ(古代の言語)

「『スプーン曲げやってみた』、と」


左クリック。


アップロード……完了。


ふふふ、週末の勢いに任せてやってしまった。

遂に俺は自らの力の片鱗を全世界に向けて発信してしまったのだ。


――中学の時分、部屋で一人悶々としてて気がついたら持ってた鉛筆がUの字に曲がっていた。

俺はその時から『超能力者』の端くれになったんだ。


だが、嬉々として報告する無邪気な俺に両親はマトモに取り合わず“あまりお外でそんなこと言っちゃダメよ。距離をおかれちゃうから”なんてありがたい忠告までいただいた。

それからというもの、こっそり何度も鉛筆や釘なんかを曲げる練習を続けてきたが、ある程度以上に力を込めようとすると親の呆れ顔が浮かんで萎えてしまう。


だからきっと、いっそのこと全世界に超能力を見せて、どこかの誰かに認めてもらえれば、俺は何かの壁を超えられる。

鉛筆やスプーンを曲げるだけじゃなくて、もっと強く、もっと色々なことができるようになるハズだ。

そう、俺の、『神通じんつう主税ちから』の歴史はここから始まるのだ――


「この動画サイトXTUBEクロスチューブからな!!」


テンションを微上げしてモニタに向かいほくそ笑む俺。


画面の中では、二時間前にカメラで自撮りした俺自身が雄姿を披露していた。


明日は講義もバイトもない。特に予定もない。

動画にどんなコメントがつけられるかだけが唯一にして最大の楽しみだ。



<木wwwwwwwww>


<なんで木でやるんだよwwwwwwwww>


<木でやんなwwwwww>


<普通金属のでやるだろwwww>


<木>


<チョコミントおいしいよね>



「――ッゲンナゴラァゲカスゥラァァァァァ!!!!」


ご覧頂きたい。

いまPCモニターに向かって寸止めの正拳突きを繰り返しているのが、一夜明けて投稿した動画に寄せられたコメントを見た直後の俺だ。


「木のスプーンでスプーン曲げやったって良いだろうが!アイス食い終わって丁度手元にあったんだよ!まずはひとりでにスプーンが曲がった事実に目を向けろや!あと小さいダブリュー連打すんな!」


思いの丈をひたすら投稿フォームへ打ち込む。

そしてクリックした。ブラウザ閉じるボタンを。


こんなこと書いて炎上したら怖いからね。


それはそれとして腹立たしい。フンマンやるかたないとはこの事だ。


更に腹が立つのは、俺と同日にアップロードされたらしい女子大生がひたすらカメラの前でブツブツ喋ってるだけの動画には遥かに好意的なコメントが寄せられまくってる所だ。

くそ、恥知らず共め。こんな動画、見るべきところはこのバカ女の乳房くらいではないか。


次回は縄跳びしてみてください。クリック。コメント送信。



翌日動画を確認しようとすると、なんとサイト運営の手によって削除されていた。


なお、バカ女は遂に動画内で自慢の乳房をまろび出す暴挙に出ていた。再生数がサイヤ人の戦闘力みたいな値になってやがる。



「俺の隣にもっと削除すべき動画があるだろうが!」



クリック。退会。



怒りに震える俺の鼻腔を、不意に甘い香りがくすぐった。


なんだろう、この匂い。


嗅いだことあるんだよね。


なんだか、フルーティーかつ、トロピカルで――ああ、そうだ――バナナだ――――――


俺こと神通主税の意識は、その辺りで途絶えた。



目が覚めて早々の視界は何もかもが妙だった。


ここは“寝落ち”する前にいた筈の、雑然としながらも居心地の良い自宅アパートじゃない。

病院だか研究室だか分からない、いやに真っ白で清潔感のある壁と天井。


天井には照明器具の類はなくて、全体が光っている。

壁にはいくつかのモニターがビルトインされていて、モニターの手前にあるテーブルにはタッチパネルやキーボード、あと見たことの無い機械が並ぶ。


しかもそれらの風景はまるで解像度の低いデジタルカメラを通したような不明瞭な見え方だ。


寝ぼけ眼で茫然と辺りを見渡していると、傍らに何やらカードのようなものを見つけた。


拾い上げてみたところで気がついた。


カードを拾うために伸ばそうとした手が――というか腕そのものが、無い。

だが、カードはたしかに“拾えている”。


相変わらずの低解像な視界でよく見ると、カードは俺の正面で、どうやら浮かんでいる。


「う、浮かんだ!?」


驚きの声の主は俺じゃない。


声のした方向を見ると、白衣を着た優男が口をパクパクさせながら眼鏡のフレームに手をやっていた。

年の頃は中年……ではないが、若者でもない。

そんなメガネ男の見てくれは、どこにもおかしな所はないのに、どこか違和感がある。

何と言うか『ウソっぽい感じ』がした。


「もしかしてキミがやってるのか?重力制御?いやいや、その身体ボディでそんな事できるわけないよな」


俺に話しかけたかと思えば自問自答を始めるメガネマンの関心は、まだ目の前で浮かんでいるカードに向いているようだ。

そういえばこのカード、絵柄も何もないけど裏面はどうなっているんだろう。


「回った!?」


男がまた驚く。

俺はと言えば、驚いたは驚いたが、同時に理解した。


このカードを宙に浮かべて回してるのは俺だ。


左右に動かす。

片端をプラプラ上下させる。

渦巻きを書いてみる。


一通り念じてみると、何の苦もなくカードは思った通りに動き、その度にメガネマンはビビり続けた。


「間違いない。俺がやってるよ、コレ」


喋ってみるとまたもや違和感。声に妙なノイズがかかってる。


戸惑う俺をよそに、メガネは俺に手を伸ばしヒョイと持ち上げ覗き込んできた。


「そんなバカな。いったいどうやって?」


「どうやって?ってそりゃ……あれ?どうして俺、こんな簡単に持ち上げられてんの」



メガネ男が持ってきた鏡に映された俺の姿は、ごく普通の成人男性ではなかった。


バレーボールくらいの丸っこいに、左右と後ろ三つの車輪。

3種類のカメラだかセンサーだかは左右非対称に配置されていて、ヒトの顔に似せようなどという心遣いは微塵も感じない。

なんだかオモチャみたいなモノだけが鏡の向こう側に見えていて、あろうことかオモチャは俺の思うがままに車輪やカメラを動かすことができた。


「これが俺?」

「そうだよ」

「どうして……?」

「手違いで標準ボディの手配がされていなかったらしい。至急準備をするから暫くはその仮のボディを使って頂きたい」


「ボディって、何だ?」


「『電脳ブレーン』をセットする身体のことさ。“ハイブリッド”に変換される時、説明を受けたろう?」


会話を続けるうち、男の方も怪訝そうな様子になっていく。

「あれ、コイツなんかおかしいぞ?」って顔に書いてある。


「……もしかしてキミ、何も知らないのか?」

「ああ。昨日まで自分の部屋で動画サイト見てたのに、気がついたらこの状況だ。何から質問すれば良いのかもわかんないね」



「やっぱり自転車のチューブとか品切れしたの?」

「いつの時代の話だ。幾ばくかは文明的だったさ。いや、まあ、パニックになってた連中はさして変わらなかったかもな」


メガネ男は、俺の時代からに至るまでの過程を丁寧に説明してくれている。

なんでも、ここは意識を失った時から百年以上経過した未来で、生身の人類はある時落ちてきた巨大隕石からの放射線による環境変化に耐えられず全滅したらしい。


「地球が生身では生きられない環境になるなら我々が生身で無くなればいい。そういう理屈で、残存人類のサイボーグ化が進められた。気取った言い方をするならノアの箱舟と言ったところか」

「人類がサイボーグに……」

「ああ。脳が保持する情報を電脳に移し変えリブート、機械の身体に搭載する。私は、移行が完了した電脳を管理する仕事に従事しついているのさ」

「毎回こんなことやってんの?大変な仕事だなあ」

「ハハハ、そうでもないよ。実作業は全てプログラムが行ってくれる。私はモニタを見てるだけ」

おそらく幾度となく似たような説明をしているんだろう。男はひとしきりの説明を淀みなく流暢に通し締め括った。


「うーん。聞けば聞くほど夢みたいな話だ」

「目覚めたばかりのハイブリッドは、同じこと言う人も多いよ」

て言うか夢の可能性は現状フィフティ・フィフティだ。


「だがサイボーグ移行計画もの話だ。今じゃ純粋にブランクの電脳から成長した純サイボーグも珍しくない。キミや私みたいなは『ハイブリッド』と区別されて呼ばれるくらいにはね」


メガネのブリッジに中指をやり位置を正す男。

彼の顔立ちは端整で、気障な仕草も妙に様になっていた。


「キミは少々でね。私の担当する部署では……いや、おそらく世界中で最後のハイブリッド覚醒者だ。ブートに300年もかかるなんて聞いたことがない」

「300年。フツーはどれくらいかかるモンなんだ」

「よほどお年を召している方だって、せいぜい10年程度のものさ」


なんだソレ。ケタが違い過ぎるだろ。

俺は一体何なんだよ。


「な?おかしいと思うだろう?」


俺が今おさまっている身体は表情もクソもないマイコンロボみたいな風体なのだが、彼は俺の困惑を察したように言葉を連ねる。


「私はこれまで政治家や学者に宗教家、色んな連中を送り出してきた。ハイブリッドに優先してなれたのはそういう連中だ。これは長年この仕事をやってきた私の純粋な興味なんだが……キミは一体何者なんだ?」


「何者、って……別に、まあ、普通だけど?」


困惑に困惑で返す俺の答えに、男は全くもって釈然としない面持ちだ。


「ちょっと失礼」

メガネ男は、白衣の胸ポケットから何らかの装置をつまみ出した。


俺の身体があるテーブルにキャスター付きの椅子を引き寄せ腰掛ける。

聴診器に似た道具の二股に分かれたケーブルを、耳に直接張り付いているヘッドホンのような機械に接続。

ボリュームツマミのような道具から浮き出した円形の光が俺の頭上にかざされる。


「ふむ……神通主税くん…当時は大学生。人文学部三年。専攻は心理学。成績至って普通……何の変哲も無い、一般人!?」

ディスプレーになっているらしいメガネに浮かんでは流れる文字を読み進める男の表情が、どんどん困惑色に染まってゆく。


「パーソナルデータを解析したら、余計にキミが何者なのか分からなくなった……あ!」

顎に手をやり考え込んでいたと思えば、男はいきなり少々間の抜けた声を上げる。


「すまない、想定外の事が起こり過ぎて肝心なことを忘れていた。私は青田あおたひろし。ハイブリッドになる前は内科医をやっていた。今はまあ、この通りの窓際族だね」


頭を下げる男――青田医師はそう言って律儀に自己紹介をした。この人、基本的に善人なんだろうな。


「それで、青田先生。一人で不思議がってないで当事者の俺にも教えてくんない?」

「ああ、そうだね。いま、キミの電脳チップに記録された基本的なデータを参照したんだが、たしかにごく普通の若者だった」

「なのにブートに300年もかかったのがおかしいってことか」


「それもあるが、もう一つ。君のデータは国家クラスの要人と同レベルにカテゴライズされていた」

「よくわからん」


「ハイブリッドへのリブートは世界国家レベルの事業でね。こちらでブートを行う際に社会的位置づけや職業である程度区分けをさせてもらっている。キミのデータは大統領とか総理大臣と同じくらい重要な人物として扱われていた」


彼の話は、全然実感として頭の中に入ってこない。

形だけ要人だと言われたって、今現在受けている扱いはまるでぞんざいじゃないか。

そんなことを考えていると、俺の沈黙から大方を察したらしく青田が申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。


「手違いはボディの手配不備だけではなかったようだね。私が言って済む問題ではないかもしれないが、本当に申し訳ない」

「さっきも手配って言ってたけど、本当ならアンタみたいな人間の身体をもらえるのか」

「勿論。ハイブリッドになると、個人の能力に適したボディが国から支給される。データのカテゴライズもその手続きの為にしているんだよ」


「て事は、普通はこんなラジコンみたいな体じゃないんだな」

「ああ。そういう簡易ボディを使わざるを得ないのはサイバー世界全振りの好事家オタクか、よほど金に困って汎用ボディを売却した貧乏人くらいだな」


どうやら此処は未来の世界らしいが、金に困って身体を売るってのは古今東西変わらないらしい。

感覚的には内臓を売るようなものなのかな。


「もっとも、ボディを売るなんてのは馬鹿イディオットのやる事だ。どうせわが身を切り売りするなら、電脳の『スキル』を売る方が金になる」

「スキル?」

「自分の身に着けた技能や知識まで他人に譲り渡せるのさ。表向き、売買は法規制されてるけどね」

「……血も涙もない世の中だな」

「文字通りね。何たって、全人類オール機械化時代だから」


生身の人間だった俺のコメントに、青田は自嘲気味に微笑んで見せた。


「しかしまあ、せっかく時間を費やして育てたスキルを売るなんてのも、救いようのない馬鹿のやることだね」


嘲るように言い放った彼は、不意に声のトーンを落とした。


「……私はね、を終えたらスキルを売ってしまおうと思っていたんだ」


嘲りは自嘲だった。

何も言わず黙っている俺に、彼は了解を得たと察して話を続ける。


「キミが言った通り、何もかもが“作り物”の世の中が虚しくなってね。『診療』から『解析』に手を替えてドクターを続けてきたが、こんなのは私が誇りに思っていた医者の仕事じゃあない」

寂しさと諦めの入り交じった顔で俯くと、彼のメガネが明かりで白み目元を隠した。


「その最後の仕事は、ずいぶんと時間がかかってしまった――キミの覚醒リブートを見届けることさ。キミは、私にとって最後の“患者”なんだ」


青田医師の述懐に何か答えられるほど、俺の頭の中は整理されていなかったし、第一人生経験だって足りていない。


「……すまなかった。ようやく目覚めたばかりのキミに話すようなことじゃなかったな。聞き流してくれていいよ、忘れてくれていい」

引き続き黙っている俺に、彼は頭を掻きながら再び詫びの言葉を口にした。


二人きりの部屋は少しの間沈黙で充たされたが、部屋の自動ドアがスライドする音で詰まった空気が流れ出す。

青田は腰掛けていた椅子から立ち上がり扉の向こうに居る何者かのもとへ。


「どちら様?今、取り込み中なんでもう少ししてから……」


言い終える前に、直立不動のまま仰向けになって床に倒れる青田医師。

彼の頭の左半分は、いつの間にか跡形も無く円形に削り取られていた。



夢現のまま押し寄せる情報の波に、俺の脳味噌(今は電脳になっているらしいが)は一杯一杯だった。

それなのに、このワケのわからない世界は俺に対して手加減するつもりがないらしい。


一瞬で絶命した青田医師の亡骸をまたいで、女が一人押し入ってきた。

豊かなラインを描く身体を光沢のあるラバースーツで包み、手には銃のようなものが握られている。

銃口の代わりに半透明の部品で覆われたそれは、ここが未来であるなら間違いなく『光線銃』なんだろう。しかも、ノータイムで人間の頭を半分消し飛ばすほどの威力を持った……


女の顔は口元以外はアンテナや何かのランプがついたヘルメットで覆われているが、整った鼻筋と口元だけでもかなりの美人であることを伺わせる。

その女の、冷たい顔が無感情なランプの明滅と共にこちらへ近付いてくる。


いつの間にか銃を腰のホルスターに収め、襲撃者の女は徒手空拳。


ついさっきまで生きていた青田とのやり取り。そして殺された青田。今の状況。

考えるまでもなく、狙われているのは俺。すぐに殺そうとしない所を見ると、俺を“捕まえる”つもりか?

このまま、この無言を貫く本当の機械みたいな女に捕まったらどうなってしまうのか。

まったく想像がつかないが、ロクでもない目に遭わされるのは確かだ。


脚代わりに備わった車輪を最大スピードで駆動させ、後退。

すぐに載せられていた机から転がり落ちるが、必死に後ずさる。


女は少しも動揺することなく、悠然と歩み寄ってくる。

数十センチのオモチャみたいな俺と、得体の知れない未来の装備に身を固めた彼女との差はあまりにも大きかった。

そもそも装備がどうとかじゃなくて単純に歩幅の差で、あっという間に壁際に追い詰められる。


女の手が俺のボディに伸びる。

俺は、悲鳴を声に出すことも忘れていた。

ただ電脳あたまの中で、叫んだ。


――来るな!


視界が一瞬、赤色に染まる。


女が唐突に身じろぎする。まるで誰かに突き飛ばされたみたいに。

唯一露出した口元を固く結び身構えた女が腰のホルスターから再び“銃”を抜いた。


――やめろ!


心の叫びと同時に、またも視界は赤色。こんどはじわじわと明滅する。


女の銃を持つ右手が下がっていく。

俺の赤い視界の中、必死に腕を持ち上げようとするがままならない様子が見える。


苦し紛れにトリガーを引いた時には、既に銀色の銃身はUの字に曲がっていた。

青田医師を殺した殺人光線は発射されず、代わりに銃の本体からくぐもった破裂音。


何度かトリガーを引いて、もはや手元の得物が用を為さないとさとった殺し屋の女は右手から銃を取り落とした。


武器を失った彼女からは、なおも冷たい威圧感――初めて感じたが、これが“殺気”というのだろう――が放たれている。


女の頭部を覆っていたヘルメットの顔面部分が展開。東洋系の完璧な美貌が露になる。

見開かれた瞳の虹彩が光ディスクの裏面のように不気味な光を発している。

彼女の鼻先から30センチほどの空中に“光の球”が現れた。最初はピンポン玉くらいだったのが、みるみるうちに膨れ上がりソフトボール大に。


なんだか分からないが、のっぴきならない危険を本能で察知した。

視界で明滅していた赤色が濃さを増してオーバーレイ。


押し寄せる心の悲鳴を、目覚めたばかりの電脳の中で力の限り“念じて”叫んだ。


――やめろ!!


突然、女の顎が上を向く……ると、彼女の頭の中からくぐもった破裂音が一回響く。

鼻先が上向いたのに従って天井へ向けられた光球は、その破裂音と同時に解き放たれ天井に穴を開けた。


殺し屋の女は無表情に目を見開いたまま前のめりに倒れ、二度と動き出すことはなかった。



これは夢なのか?


全てが不自然な世界の中、俺の思考は嫌になるくらいクリアだ。


たった今、人が殺され、人を殺した。


俺が心で念じただけで、目の前でうつぶせになっている女は木のスプーンや鉛筆みたいに折れ曲がって死んだ。

こんなことができてしまうなんて。


だが、それなら。


「もしこれが夢なら――夢の中の俺なら、きっとハズだ!どんなことだって、念じるだけで!」


わざわざノイズ交じりの声を出して自分自身に言い聞かせながら、青田医師のの元へラジコンの身体を走らせる。


無残に吹き飛ばされ三日月のようになった頭に注視し、念じる。


――元に戻れ!


その一言を夢中で繰り返していると、不思議と


そうだ、『材料』が足りないのだ。


あるじゃないか。


おあつらえ向きのが、すぐそこにうつ伏せになって転がっているじゃないか。


――元に戻れ!!


七色に激しく明滅する視界の中。


今しがた死んだばかりの男女の遺体が宙に浮き、じんわりとした光を帯びて融け合い始めていた。


ほら。やっぱり、できる。


初めて感じた確かな達成感と安堵感に包まれ、俺の意識はまたも沈んでいった。



「……おい、しっかりしろ!おい!」


目を覚ますと、相変わらず解像度のいまいちな視界いっぱいに女の顔。

必死に呼びかけてくる女の顔立ちは均整のとれた東洋系。褐色の美女だ。


「アンタは?」


誰だ。

気を失う前に目にした殺し屋の女っぽいが、全体的に違う。

顔立ちもだし、こんなに表情豊かじゃなかった。


「私は……青田寛、だと思う!」


青田寛。

それってさっき殺されてたメガネ男だろ?

ああ、“蘇生”が成功したんだっけ。

なんか思ったのと違う仕上がりになってるっぽいけど。


「……なんで?」

「私が聞きたいよ!どうして気がついたら身体ボディに収まっているのか?そしてキミがひどく“消耗”した状態で気を失っていたのか?」


「アンタが殺されたから、生き返れって念じて、気ィ失って、そんで……いま、けっこうラッキーな状況」


俺は今、青田を名乗る女の膝に上に乗せられている。

彼女の出で立ちはといえば、まあ、ええと、何も着ていない状態だった。

しなやかなカーブの中に現れる二つの膨らみの頂きに、銀色の髪がまばらに重なっているのがよく見える。


今しがたまでテンパった様子で話していた彼女――彼?は、俺の言葉に我に返ったのか褐色の頬を染めた。

しかしよく考えたらこの人、中身は男なわけで。そう思うと……いや、よそう。


「あのさあ、細かいことは追々考えることにしようぜ?お互いにさ」

「けっこうな大きさの問題が山積さんせきしてると思うんだが……」


細い眉をハの字に崩し呆れ顔を作る(元)青田医師。

辛気臭い表情をどうにかしてやろうと、俺は必要以上に高揚した調子を込めて言ってやる。


「そんなことよりさ、どう思うよ?俺らの


声音の意図を理解した目の前の“美女”。ちょうど手近にあった鏡を手に取り自分の姿を再確認。


頷きながら俺の方へ向き直った彼女の口角はイイ感じに上がっている。


「そんなこと、決まってるだろう!」


「「だ!」」


無機質な白い部屋に、全裸の美女とオモチャロボの声がユニゾンで響いた。



「決めた。俺はこの超能力ちからで、未来世界の生活をエンジョイするぜ」


テーブルの上に椅子を積んで設けた高座で語る俺。

青田は物質電送クローゼットから出してきた真っ白いワンピースに袖を通しながら俺の話に耳を傾けている。


「サイブリッド!」

「は?」


ケーシーカラーのホックを留め終えた彼女が首をかしげる。

説明しよう。してやろう。させてください。


「サイボーグ……『ハイブリッド』の『サイキッカー』。二つ合わせハイブリッドして、『サイブリッド』だ」

「へえ、良いんじゃないか?かっこいいかっこいい」

「俺は今日から、そう名乗るぜ!!」


高座で啖呵を切る俺。

たった一人のオーディエンスが拍手で気分を盛り上げた。


バナナの匂いは、もうしていない。

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