PSI-BRID(サイブリッド)! ~電脳念力野郎~

拾捨 ふぐり金玉太郎

第1話 念力サイボーグ

自己再生セラミックの生ッ白い壁を真四角に組み立てた倉庫が、港に10棟整然と並ぶ。

そこへふらりと現れた、合成皮革のジャケットに身を包み目線をサングラスでハードボイルドに隠した男。


男は――すなわち俺は、眉間に皺よせながら勿体つけてグラサンを外し、一言。


「なんも見えねーわ」


現在時刻は0時きっかり。完全に真夜中だった。



倉庫のうち1棟は、他に比べて妙に汚い。ラクガキが多いのだ。


多少の傷や汚れなら一晩のうちに元通りになる壁面に、卑猥さや無軌道さを表現する単語が立体的な表現で描かれている。

画材はたぶん缶スプレーオンリーだ。ちょっとした傷や汚れを自然に消せる未来のハイテク壁材でも、3日くらいは跡が残るらしい。


こいつは目印。

今晩、この倉庫の地下にある隠し部屋で裏ルートの闇取引が非合法に行われるのだ。


とある手段で突き止めたこの場所を物陰で見張っていると、黒塗りの車が何も無い空間から音も無く現れた。

すぐに巨大な倉庫のシャッターが開き、車を招き入れる。


「おいおい、あの車輪つきクルマ……光学迷彩積んでるぞ」

一緒に張り込んでいた女に、背中から少々ビビり気味に声をかけられた。


「俺一人でもやれるから帰っててもいいんだぜ、リラ」

「だ、誰も怖がってなんかいない!私もついていく!」

「そうかい。じゃ、そろそろ行動開始しようぜ」


シャッターの開いた倉庫に向かいおもむろに歩き出した俺の後ろを、リラはつんのめりながら慌ててついてくる。

やっぱりビビってんじゃねえか。


改めて相棒(一応)の佇まいを観察する。


涼やかな目元に光るのは、メガネ型情報処理端末の銀フレーム。

同じく肩口で揺れる銀色の髪は褐色の肌に映える。


代謝式シリコンで形成されている人工の肌は、生身のそれと全く遜色がない。

身体にぴったりとフィットするマジョーラ紫のスーツが、めりはりの効いたシャープな曲線的プロポーションを浮き立たせている。


昼間の人ごみの中でさえ目立つであろう彼女の容姿は、明らかに今日の案件には不向きに思えた。



黒塗りの車が通った跡を追い、やはり存在した倉庫の隠し階段で地下スペースを行く。


注意深く螺旋階段を下りていくと、下方にちょうど車からコンテナを運び出す二人の男が見えた。


「この時代でもダンボールって使うんだな」

「あの箱が“ブツ”かな?」

「だろうな。ちょっと見てみるか」


俺は両目に意識を集中し、男達が2つ、3つと積み上げるダンボール箱を凝視。

数秒ほどで、だんだんと箱が透けてきて中身がはっきりと見え始めた。


「……どうだ?」

急かすように訊いてくるリラの体が近い。

不安と緊張で無意識のうちに密着しようとしてきているんだろう。


それはさておき、俺は見たままの光景を口に出した。

「チンコ」

「何言ってるんだキミは」

リラが整った眉をひそめ軽蔑の眼差しを向けてきたので、はからずもちょっと興奮した。


「だから、チンコなんだよ。箱一杯に“こけし”の名目で流通するアレが入ってる」

「なんだそれは。じゃあ、コイツらは大人のオモチャの受け渡しにこんな大掛かりな場所を?」


呆れたような困惑したような顔をするリラだが、俺だって同じ気分だ。

なので、箱の中でお行儀よく並んでいるこけしチャンを更に凝視。


彼女ら……いや、彼らか?彼らの中身は、透明な液体と何かの機械だった。

「振動ギミックつきだ。だけど、あの液体は何だろ。ローションかな?」

「不要不急のセクハラ談義はやめてくれないか」

「独り言だ」

「私と会話をしてくれないか」

「面倒くせえやつだな。お前もコレ見てくれ」


俺は電脳の内部で今見た映像を一つのデータ・ファイルへとまとめる。

耳の代わりになっている複合アンテナから、リラの端末へ俺の視覚情報を送信。

ただ考えるのと同じ速度で一連の作業が完了する。

だいぶ慣れてきたが、呆れるほど便利な世の中になったものだ。


送られた映像データを見たリラは、数秒して血相を変えた。


「液体火薬と推進制御装置……小型ミサイルじゃないか!」


テンパったリラの声が地下倉庫に響く。

当然、下で作業をしていた二人の男は声のする方向を見て、俺たちに気付いた。



「見つけたぜ。お前ら、強盗団の構成員だな?そのジョークグッズを返してもらおうか」

俺は開き直って、螺旋階段をできるだけ強キャラオーラを身にまとう努力をしつつゆっくりと降りていく。

なお、リラは多分足手まといになるので一足先に逃がした。


「なんだァてめえ?」

「おい、積荷を見られたぞ!」

「そう怒るなよ。お前ら自身『の』を見られたわけでもないんだからさ」


おそらく戦闘に耐える強度のある黒ずくめの詰襟ジャンパーとズボンに身を包んだ二人の男。

スキンヘッドとモヒカン頭の下半分は、ガスマスクのような無骨な機械部品に置き換えられているイカニモ系だ。

それぞれが腰に提げていた光線銃と電磁ナイフを抜き、構える。


「穏やかじゃないね、俺は丸腰だぜ!?」

大げさにジェスチャーを交えてみせると、男達は簡単に挑発に乗ってくれた。


片割れのスキンヘッドが銃の引き金を引くと、銃口から青白いビームが発射される。

狙いはドンピシャで俺の眉間だ。


光線は俺の――背後に着弾。白い壁が黒く焦げる。


「この下手糞!どうしてこの距離で外しやがるッ!」

銃を構えたまま首を傾げる男を押しのけ、今度はナイフを持ったモヒカンが駆け寄ってくる。


ナイフ男の足が俺の1メートル前で止まる。

得物を持った腕も振り上げられたまま止まる。

顔面も、驚きと戸惑いで止まっている。


「な、どうして、俺のカラダ、動かね……!」


間抜け面にパンチ。パンチ。パンチ。

連続3回左顎を打たれ、たたらを踏むモヒカンナイフ男。


すかさず光線銃男が後ろから援護射撃。

人を撃ち慣れているらしい男の射撃は正確で、仲間を避け俺だけに着弾させるコースだ。


光の弾丸は3発。

まっすぐ俺の眉間と両目に伸びてきて―――不自然に軌道を90度変え、明後日と明々後日と一週間後くらいの方向へ逸れていった。


「なんだコイツ……コイツ!!」

混乱するハゲは何度もビームを発射するが全発外れ。

ツカツカと近付いた俺に頭をはたかれる。


「ひゃンッ!」

倉庫内に快音木霊し、ハゲは気持ち悪い悲鳴を発した。


悪党共は五分ともたずギブアップの佇まいだ。

自己紹介をキメるなら、今しかない!


「知りたいか?教えてやるからちゃんと噂を流しとけよ!」


「動くな!ツレの女は捕まえたぜ」

背後からかぶせてきた怒鳴り声に、昨晩練習してきた名乗り口上は出鼻を挫かれた。



怒鳴り声の主は一言で言えば巨大ロボットだった。

金属むき出しの無骨な左手にリラが握られている。


「何やってんだリラ!そんなデカいやつ気付けよ!」

「すまんタクス!停められてた車が突然変形して……」

改めてロボ野郎の体を見ると、そこかしこにタイヤやドアであったろう部分がある。


「おいトランスフォーマー!リラを放して実家セイバートロンへ帰れ!」

キメ台詞を挫かれた恨みを視線に乗せて言ってやった。


「威勢がイイのは結構だがテメーの立場を考えな。下手なマネしたら、こいつを挿入インストールするぜ」

黒塗り野郎は胴体の運転席から棒状の何かを取り出し、スイッチオン。

極太の半透明シリコンの中で真珠球がごろごろ周り、先端が上下運動しながら複雑にうねる。


リラは胴の真ん中辺りを腕ごと握られている。

時々じたばたする両脚から、下腹部スレスレに近づけられる要モザイク物体。


「本当にそいつをインストールするのか!?」

「インストールする!」


「そ、そんなのインストールされたら死んでしまう!」

リラは怯えた顔でうねる先端を見る。


もしやアレも武器か?

そう思って内部を視てみると、やはり中には火薬が入って…いない。

モーターと電池だった。


「おい、そいつはじゃないのか」

「こりゃ俺の私物だ」

「どこで手に入れた」

「D地区のはずれのすけべグッズ屋だ」

「……覚えておこう」


「残念だったな!あそこは先週閉店したぜえええ!」


胸のボンネットが開くと二つの銃身とミサイルランチャーがせり出し、なんのためらいもなく一斉発射をかましてきた。

飛び来る弾丸と噴射炎。目の前が、白む。



「調子に乗るからこうなるんだ。さて、それじゃあインストールを……おお!?」


「こっちだよ」


間抜けな声を上げて空っぽの左手と弾着で焼け焦げた床を交互に見ているクルマ男に、声をかけてやる。


「テメーらいつの間に!?」

気がついた男が間抜け面で見上げてくる。

その姿は上下逆さま。こっちから見ると向こうが天井に立っているみたいだ。


「へえ、この吸着ソールってすげえな。こんな風に思ったところに立てるのか」

初めて使ったパーツの感想が口から漏れる。

倉庫の天井に立っているのは、俺とリラの方なのだ。


「おい、暢気にエロ本屋の場所なんか聴いてどうするつもりだったんだ」

鮮やかな救出に、この女は何が不満だと言うのか質問をぶつけてきた。


「ウィンドーショッピングだよ。グッズのパッケージ見て回ると面白いんだ。商品名とか」

俺の返答を聞くや、リラの細い眉が歪み「はぁ!?」という素っ頓狂な声が飛んでくる。


「ンな下らんことの為に!?私の身体ボディが傷物になるところだったじゃないか」

「どうせ中古だろ。気にすんなって」

「中古呼ばわりはやめろ!オンナだぞ、私は」


「てめえらどうして…!」

暫く唖然としていたデクノボーが、ようやく状況についてきた。


「お、興味あるか?ひとつ種明かししてやっか」


視界が再び白む。

次の瞬間には、俺はミサイルで焼かれショットガンで穴だらけにされた床の上に立っていた。


ロボそのものな男の目?ランプ?が驚きに点滅する。

加速装置ブースターだとォ!?見たところ汎用ボディなのにそんなモンを搭載してるなんて……」

「加速装置じゃねえよ。テレポートだ!」


倉庫内に沈黙が流れる。

指差しながらドヤ顔決めた俺だったが、どうも反応が芳しくない。


「て、てれぽーと?」

「わかんねえのか?俺が巷でウワサの超能力サイボーグ!サイブリッドだ!!」

「超能力……サイブリッド?聞いたことねえ!」


くそ、モノ知らずめ。もう許さん。


「おい取り巻きども!ちゃぁんとウワサ流しとけよ!!」

「ふざけやがって!今度こそ死ねや!」


モノ知らずがミサイルを発射。

何十発もの円柱がウネウネ軌道で飛んでくるが、全て俺の鼻先で逸れていく。


「ジャマーまで…!?」

「だから!ジャマーじゃなくて!ね・ん・り・き・だ!!」


テンパった巨人はメカっぽい声を張り上げて怒鳴り、ダンボールをひと箱ボンネットの中に放り込んだ。

ランチャーにセットされたチンコの皮を被った――まあ造形的にはカブってないんだが――ミサイルが一斉発射される。


「モノ知らずな上にワンパターン!未来の電脳サイボーグが聞いて呆れるぜ!」


啖呵をきって、視界いっぱいのチンコたちに意識を集中。

眼球に搭載されているインジケーターが赤色に発光して、風景が赤色に染まる。


チンコの軌道はさっきのミサイル同様不自然に逸れ、発射した張本人のもとへ帰っていった。


開放されたボンネットにまとめて収まったミサイルは、間を置いて大爆発。

想像以上の威力があった爆発は、倉庫の所々に積んであった火器を巻き込み始めた。


これは……誘爆というやつだな。



リラを連れ、テレポートで現場から少し離れた場所へ脱出。

ほどなくして、地下倉庫をカムフラージュしていた四角い倉庫の屋根から火柱が立ち上がった。


「積荷は取り戻せなかったな。しかし、駆け出しの私達にこんな危険なヤマをよこすのがどうかしてるんだ」

リラの舌打ちする姿はオッサンそのもので、見た目とのギャップがひどい。


これ以上そのままにしておいてはいけないので、安心させてやろう。


「いや、依頼は成功だぜ」

後ろを振り返り、逃げるついでに確保していたダンボール・イン・ジョークグッズを見せた。

ついでのついでで連れて来たチンピラ二名は箱の横で気絶している。


トランスフォーマー野郎に使われてしまった分は残念だったが、残りはテレポートでリラと一緒に運んできたのだ。

積み上げた四箱のダンボールにもたれかかる俺に、リラは素直な感心の眼差しを向けてくる。


「抜け目ないんだな。そのボディになって初仕事なのにたいしたものだ」

「まあな。自分の才能が恐ろしいぜ。好きなだけ褒め称えてくれ」

「中古ボディで調子に乗れるんだから幸せな奴だよ」


苦笑するリラ。

お前だって似たようなモンじゃねえかという突っ込みは飲み込んでおこう。


俺はニヤリと口の片端を吊り上げた不敵スマイルで、再び夜の港に似合う男を演出してみた。


「今にこのカラダをフルチューンしてみせるぜ」



夜風が吹き抜けて、俺とリラの人工の頬を撫でていく。


不意に、我に返った心地がした。

今俺が立っている場所は、本当に現実なんだろうか?と。



――だって、つい“数日前"までの俺は『こう』じゃなかったんだ。

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