読了、不思議の国



「ヒュー! 大当たりジャックポット!!」

「…………スゴいな」

「おいおい、自画自賛ナルシーかよ? ギャハハ、まぁ、お前さんならそのくらいの方が良いぜ!」


 バグの軽口を聞き流して、私は手元の武器を見る。

 巨大な筒だ。それに取っ手が付いていて、背負って狙って引き金を引く。以前魔術師を撃破したジュウという武器をさらに大型にしたような代物だ。


 ロケットランチャーとか、バグは言っていたか。


 飛んだ妙な弾は、巨大な少女の顔面に真っ直ぐ飛んでいき、着弾と同時に爆発した。

 巨体を一撃で沈めるなんて、スゴいな、と思ったのだ。別に自画自賛な訳ではない。


 それに。


「…………スゴいと言うなら、あの子だ」


 視線をずらすと、そこには、立ったまま気を失っているディアが居る。全身のぼろぼろ具合で言えば、赤の女王と同じくらいだ。


「あの傷で、立つなんて…………」

「まぁな。あいつが随分と引き付けてくれたからってのはあるなぁ、間違いなく」


 アリスがここに留まり、赤の女王との戦闘に乱入してこなかったのは間違いなく、彼女のお陰だ。

 今にも崩れそうなディアに駆け寄ると、そっと抱き抱える。限界だったのだろう、抵抗することもなく少女は私に体重を掛けてきた。


 その身体の細さに、私は苦笑した。


「大したものだよ、全く」

「キヒヒ、お優しい顔してるぜ、相棒。カメラでもありゃあいいんだけどな!」


 茶化した相棒を軽く叩き、私はこの戦い一番の功労者を何処かに運ぼうと、


「…………ゴハッ」

「っ?!」


 咳き込むような声に、振り返った。

 まぁ、振り返る必要もない。この場に他に、誰も居ない。

 ここは戦場だ。自分たちでないのなら、あとは敵だけ。


「アリス…………!」


 私の呼び掛けに、少女は答えない。


 魔術巨大化が解けたのか、普通の幼い少女の大きさにまで縮んでいる。

 俯き、両手で顔を覆い隠し、咳き込んでいる細い指の隙間から血が滴っているのを見て、私は少し警戒を緩めた。

 先の一撃は、間違いなく効果大だ。


「…………大人しくしろ。この世界を解除したら、別にお前を殺す必要はない」


 まあ、この状態で出来ることも無いだろうが、念には念を、だ。


 少女自身の情報パーソナルデータはほとんど知らない。何をしてくるか、予想できないし予断できない。

 警戒すべきは、少女は魔術師だというただ一点。それで十分なわけだが。


 幸い、敵意は感じられない。漂ってくる魔力からも、この狂った世界とは違う柔らかいしか感じられないし。


 耳を澄ますと、アリスはブツブツと呟いている。私は、私は、私は………繰り返される言葉からは、敵意どころか理性すら感じられない。

 終わったのか。


「アリスの影響は抜けたらしいね」

「そりゃあ、あれだけされりゃあ嫌になるだろうさ!」

「どういうこと?」

「なんだよ、気付いてなかったのか?」


 まあ、予備知識トリビアの差だろうがね、とバグは軽薄に笑う。


「この世界は、というかこの魔導書はなんだと思う?」

「………?」

「お前さん、関係ないこと本当気にしねえのな………良いか、怠惰な学生ちゃんよ。魔導書だって本だ、本の主役――影響与えるメインターゲットは、結局。なあ、この本の影響ってのは、なんだ?」


「………


「結局、こいつは児童書こどもむけなのさ。お前もやったことあるんじゃねぇか? おままごと、ごっこ遊びってやつをさ」


 私は眉を寄せる。

 単なる子供のごっこ遊びにしては、少々派手にすぎるのではないだろうか。


「そうでもねぇだろ、ガキの想像が貧困だった試しがあるか? 舞台の制限もなく、やっていいことと悪いこともない。超すための度さえ無いんだよ」

「しかし………規模が大きすぎるよ」

「おいおい、ギャハハ、それでこそガキの遊びだろ? 子供の遊びに、大人は巻き込まれるもんさ!」


 バグの暴論に、大人しく独り遊びしていた私としては言いたいことがあったが、しかし私はなにも言わなかった。


 


「なっ!?」

「ほらな? 嫌になったら、遊びは終わりだよ。ガキなんだからな!」


 身体が、光り始めたのだ。いや、身体だけではない。草が、木が、世界が全て光っている。

 それが、光の粒子にほぐれ始める。

 焚き火から火の粉が飛ぶように、光り輝く粒に全てが分解されていく。


 世界が、終わる。この、可笑しく不気味に狂った、極彩色の世界が。


 アリスを見る。うずくまる彼女は、相変わらずブツブツ何事か呟いている。

 目が覚めた、ということか。或いは、寝る前の絵本の時間はお仕舞いか。


 バグとディアを抱き締めたまま、私はそっと目を閉じる。世界の終わりに目を開いていられるほど、まだ私は達観してはいない。







「…………おや。これで終わりですか」


 分解される身体を見ながら、ベルフェは淡々と呟いた。

 悪くない感覚だ。これまでに何度か感じたに似ている。


「やれやれ。久し振りに、ずいぶんと羽を伸ばせましたね」


 大きく伸びをする。全力を出すというのは、やはり良い。


 まぁ、と小さく呟く。

 彼の傍には、白い毛並みのラヴィの死体。


「…………アリスは、ウサギに導かれる。詰まり迷い込んだだけなんですよね。引き込んだのは、ウサギの方だ。


 これもまた、予備知識の差だ。

 。少女を惹き付け、迷い込ませ、やがて白兎だ。


 魔術の基本、定義の逆利用だ。

【アリスが追い掛けるのはウサギ】。そこから概念を歪めて、【ならば】と続ける。

【ならば――】と。


 ベルフェの動きに合わせて、巨大な緑の影が脈動する。影の動きはベルフェ本人以上に人間らしく、まるで、魔術師を操る人形遣いのようにも見えた。

 クスクスと、人形めいた動きで笑いながら、ベルフェは世界の消滅に身を委ねる。

 終わり際はともかく、中身は悪くない喜劇だった。


「しかし…………同じ兎狩りなら、もっと良い獲物を狙いたいですね。ねぇ、クロナさん…………?」


 笑いながら、ベルフェの身体は消えていく。

 翠に輝くその目は、開かれたままだった。

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