門番の騎士
騎士、と呼ばれる職業がある。更に細分化するなら聖騎士やら暗黒騎士やら居るのだが、それはまぁ仕える相手が違うというだけであり、その本質としてはほとんど変わらない。
己の護るべき者のためにその身体を張る盾であり、その力を振るう剣である。その背に背負うものがなんであれ、自らを頼りにそれを護る職業――いや、この際、生き方と言ってもいい。
騎士とは、そういう種族なのだ。暗殺者クロナとはまるで違う生き物。そうとでも思わないと、私にはまるで理解できない生き方だ。
はっきりと言って、騎士は嫌いだ。そして今現在、その限り無く底辺に近かった彼らの株は、更なる下落の一途を辿っていた。
「………なんだあいつ」
静かなバグの呟きは、私の心をも代弁していた。
城の近く、門の前。
暗殺者らしく気配を消しつつ物陰から覗く私の視界には、仁王立ちする一人の男が映っていた。
漆黒の甲冑に全身を覆われた威丈夫は、身の丈ほどもある剣と大盾を両手に携えて微動だにしない。
「………門番の兵士、ではないだろうね」
騎乗こそしていないものの、感じられるプレッシャーは単なる兵士のそれではない。まず間違いなく、騎士だろう。
その盾に刻まれたスペードの紋章に気付き、私は舌打ちしつつ身を隠す。
「スペードの兵士か………今までのやつらとは、レベルが違いすぎないか、あれ。と言うかデザインごとまるっと違うだろ、なんで人型なんだ」
「まぁ、なにせ
「ストレートに言うな………事実だけどさ」
そもそも、暗殺者とは戦うものではないのだ。勝てるかどうか、そんなことを考えている段階でほとんど失敗していると言ってもいいくらい、大事なのは戦わないことなのだ。
気付かれずに仕留める。暗殺者としての理想はその一言に尽きる。
だからこそ、重要なのは初手だ。
標的に対する最初の攻撃。その成否がそのまま暗殺の成否となる。
詰まり。
「あのガチガチに防御固めた騎士様を、一撃で沈められるかどうかってことだな? それって、無理じゃねぇ? 」
まったくもってその通りだ。
そもそも騎士は
「そもそも、これだけ堂々と侵入してるからね。暗殺どころの話じゃないよもう」
「警戒されまくりだからな。しかし、じゃあどうする?」
「………今考えてる」
「そうか、んじゃ、早くした方がいいぜ?」
何のことかと尋ねるよりも早く、私の耳が複数の足音を捉えた。ガチャガチャという、金属同士がぶつかり合うような騒々しい音も聞こえてくる。
新手か、と振り向き、私は絶句した。
先程のお気楽バラ園部隊が、騒々しく駆けてきていたのだ。しかも悪いことに、その手に新しいハケとバケツを持っている。
どうか壁か床を塗りに来ただけで、私とは無関係であってくれ。ドリア――森の神。木々の恵みの象徴――に祈る私に、神は微笑みながら告げる………耳長き民よ、そなたの祈りは却下します。
「おお、ウサギ殿~!」
駆け寄ってくるダイヤのトランプ兵たちの、うるさいほどの笑顔を見ながら、私は小さくため息をついた。
「それで、何の用だ。今忙しいんだが」
近付いてきた彼らは、一先ずいきなり襲い掛かってくることは無さそうだ。木陰に隠れたままで、私は慎重に
先の騒音と大行軍に流石に気が付いたのか、兜越しの視線はこちらに向けられてしまっている。
しかし幸い、私の姿は見えていないようだ。ただ十三名のペンキ塗りが木の近くに集まっているので、何事かと思ったらしい。
まぁ、あの兜では視界も悪いだろう。気配の隠匿にいっそう気を使いつつ、私は改めてペンキ塗りたちに向き直った。
「お前たちはバラ園担当だろう。こっちに来ないで片付けをしていろよ」
「あぁ、それはもう良いのです」
「は?」
簡単に首を振られて、私は目を丸くする。もういいって………いや、まぁ確かに通常営業は困難な状況だろうが………。
「それよりも、ウサギ殿。やはり女王様のもとへ?」
「………だったら、どうする?」
木にもたれつつ、私はそっと体勢を整える。
もしや、バラ園を見限り私の首を手土産に再就職でも志したか。
だとしたら、まずい。これだけ開けた土地で、あの斬撃をかわし続けるのは非常に難しい、しかも、それだけ派手な動きをすればあの甲冑男に確実に気付かれる。
「………キヒヒ」
バグがかすかに身を震わした。その口には見覚えのある持ち手が覗いている。あの、雷音を轟かせる、材質もわからない筒の持ち手だ。
「………………………」
私は眉を寄せる。あれは、出来れば使いたくはない。何となく、何となくだが、濫用してはいけないもののような気がするのだ。
身構える私に、しかしダイヤ兵は、全く予想だにしない一言を口にした。
「勘違いしないでいただきたい、ウサギ殿。我々は、貴殿の援護に来たのです」
「………援護に?」
あまりの衝撃に、ただただおうむ返しをするしかない。
思考停止に陥る私を置いてきぼりにして、ダイヤ兵はそっと黒い騎士の様子を伺った。
「………スペード隊は、どうやら本気できているようですな」
「………え、いや、何この感じ。まだ許可したわけじゃあ………」
気持ちとしては拒否したい。しかし、別にデメリットは無い。理性と感情とが正反対の結論を出し、結果、強く否定出来なくなってしまう。
そんな中途半端な言葉など無かったかのように、ダイヤ兵は言葉を続ける。
「あ、一人なのに隊とは? と思われましたか?」
「思ったことは思ったけど、それよりも疑問に思うことはあるんだけど………え、もう仲間確定なのこれ?」
「………実は、我々トランプ兵には切り札があるんですよ」
トランプだけにね、とニヤリと笑うダイヤ兵。その得意気な顔は、何だろう、やたらと苛々する。
「単純な話です。重なれるんですよ、我々は」
「………はい?」
重なれる? 単純な話?
何を言ってるんだこいつは、という私の表情を察して、ダイヤ兵は説明を続ける。
「十三枚重なることで、その力を全て一つに集めるのです。………【
「キングになる、ということ?」
「えぇ。スペード隊は今それを使っているのです」
思わず上げた呻き声を、誰も悪いとは言うまい。その話が本当ならば、事態はより深刻だ。
単純に十三人分の筋力を重ねるとすると、たとえ子供の力であっても強大になる。まして彼らは兵隊、戦闘の専門家だ。
その十三倍。自分のごとき暗殺者なんて、まさしく一捻りだろう。
「………大丈夫。手はあります。………我々に、任せてください」
「………信じられるか?あいつら」
「さてね、ギャハハ」
「随分他人事だね、バグ?」
睨み付けるが、あいにくそれで縮こまるような可愛らしい相棒ではない。喋る鞄は悪びれるどころかむしろ胸を張る。
「そりゃあそうだぜ、相棒。やるのはお前なんだからな!」
「………うっかりお前だけ落としてやろうか」
「っていうかよ、嫌ならやめればいいじゃねぇか?」
彼の言うことは真理だ。スペード兵を引き付ける、という彼らを放っておいて、どこか別の入り口を探しにいけば良い。なんなら壁をジャンプして越えたって良いのだ。信頼できない相手に背中を任せるなんて、考えるだにゾッとすることじゃないか。
そうすればいい。いや、寧ろそうすべきだろう。危険には近寄らないのが暗殺の基本だ。
そこまで考えて、私はため息をついた。
「………せっかく来てくれたのを、無下には出来ないかな」
「甘いな、お前さんは」
「ぐぅ………」
わかっている。まったく、暗殺者らしくない考えだ。肩を落とす私に、相棒は喧しく笑う。
「けどまぁ、ギャハハ、悪くねぇけどな!!」
笑うバグを見ながら、私も小さく笑う。
こいつも大概、私に甘いやつだ。
「………後悔は、無いか?」
誰からともなく発せられた問い掛けに、誰もが頷く。
失敗を恐れ、その発覚を恐れ、何より仕えるべき相手そのものを恐れていた。
護るためではない。傷つけられないように、自らを鍛える日々だった。
そんなものに価値はないと、気が付いてしまった。気が付かされた。
では、何が、価値のあるものか。再びの問い掛けに、ダイヤ兵たちは、揃って答える。
「俺たちは、バラが好きだった。育てるのが好きで、咲いたときは嬉しかった。………たとえ、白いバラでも」
スペード隊――いや、スペードのキングが気付いた。不思議そうに、こちらを見てくる。
ダイヤ兵は、最後に小さく笑った。今度は、白いバラだけを植えよう。
そのために今は、戦うのだ。真に価値のあるもののために。
「………【
叫ぶ視界が光に染まる。揺らぎ、薄れ、混ざり合う精神が最後に見たのは、視界を焼く光――まるでバラのように、真っ白な光だった。
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