第70話

「な、なんですか!? 怖いなあ!」

『いや、彼女から報告は聞いてね。ああ、この子リスやらかした。周りは許してくれなさそうだなと思ってね。まあ悲しい過去があるから、許しておくれというクソ上司なりの拙いカバーだよ』

「そうですか、ならそのカバーは不要ですよ。ですが……やる気は出ましたね!」

『……』


 満足げな吐息が流れ、


『ありがとう』


 ツー、ツー、ツー


「随分な長電話だったわね一鬼君。何を話してたの?」

「ああ、我らが上司様からちょっとな。後で話すよ。それより、ここが例のビルなんですね星見さん!」

「その通りよ! 最上階まで一気に駆け上がるぞ、さあ我に――」


 星見さんがぐぐっと身を低くして、飛び出そうとしたその瞬間。

 星見さんの眼が、ぎょろりと周囲を睨め回す。


「賊か!」

「え!?」


 星見さんの声に反応するかのように――物陰から、幾人もの杖を持ったスーツ姿の人々が飛び出してきた。


「SHITS!?」

「先に行けい、剛迫! 一鬼イ!」


 震脚一撃、熱砂の街に響き渡る。烈火の如き気迫が、蒸し暑い空気を膨張させる。


「恐らくこやつらは、我を狙っておる! 剛迫が奴らの狙い故、我と剛迫を引きはがそうという魂胆であろう! なら乗ろうではないか、ワッハッハ! エレベーターに乗れば最上階まで一直線よ!」

「で、でも、大丈夫なんですか!?」

「ん? それは、こやつらに言っておるのか?」


 SHITSの一人が動き、魔術をかけた――らしい。

 しかし星見さんはその行動を見やるだけで、何の反応も見せはしない。それを目撃したSHITSは、冷や汗を垂らし始める。

 こいつ、人間じゃねえと。


「この我がこんな者達に負けるはずなどなかろうが! さあ行け!」

「ええ、行きましょう!」

「三分以内っすよ!」

「随分悠長よな!」


 俺達はエレベーターホールへと駆け込んだ。案の定誰も追手は来ず、俺達はエレベーターのボタンを押す。振り向くと星見さんが動き出し、怪獣のようにSHITSをなぎ倒している姿が見える。


「この分だと、一緒に乗れるんじゃない……?」

「ホントエグイ戦闘力してるよなあの人」


 チーン、とお馴染みの音が鳴り、俺達はエレベーターに乗り込む。

 いっそこのまんま星見さんを待とうか? 閉めるボタンを押さずに、もう一度星見さんを振り向く。

 星見さんが倒れていた。


「え?」

「え?」


 エレベーターに乗り込んで階層を選択した、ほんの一瞬だったはず。

 それまでの星見さんの大暴れがまるで幻想だったかのように、その巨体は地面に倒れ伏していた。

 嘘だ。あり得ない。

 だって、羽食――多分敵方で一番強い人の術すら、ゼロ距離で耐えていたんだぞ? 相手にはもっと強大な相手がいるというのか?




「観戦している暇はありませんよ。私も随分待っております」




「うわ!?」

「後ろ!?」


 エレベーター内。

 強制的に「閉」を押した肌は、黒い。その腕に提がっている時計の数々には、見覚えがありすぎた。


「S!」

「星見さん!」


 無情に閉まるエレベーター。無意味に手を伸ばすが、間に合うはずもない。

 そしてエレベーターが閉まる刹那――一対の眼光を、その手の先から感じる。


「……?」

 不思議な感覚だ。

 こんな闘争のただ中にあって、なお超然と佇んでいる傍観者のような……。そんな視線だった。

 ドアが閉まり切り、動き出すエレベーター。無機質なワイヤーの音、上がっていく階層のランプ。


「あの男は全く厄介ですね。が、流石にあの方なら当然の結果と言えるでしょう。これでゆっくりとお話ができますね? 剛迫 蝶扇」


 守ってくれる人は、もういない。

 俺達は敵のただ中に、たった二人で飛び込むのだ。

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