第四章 瑠璃の蝶は勇者と踊る

第59話

 ホテルは国際電子遊戯警察さんがとってくれた、セキュリティ重視の宿泊施設だった。

 場所はカイロの一等地。同じホテルに泊まっている人達は偉そうな外国人の方や日本人もいて、安心が出来る場所だ。

 その中で俺達は男女で分けられ、俺と星見さん・剛迫と大門、という分け方になっている。

 部屋はそれなり以上に広々していて、ベッドも上等。アメニティも十分という、いつもなら心が躍る構成だったのだが、


「憤! 憤! 憤! 憤! 憤! 憤! 憤!」


 ボ、ボッ、ボッ! ボッッ!


「憤! 憤! 憤! 憤! 憤! 憤! 憤!」


 ボッ! ボッッ! ボッッッ! ボッッッッ!


「うっさいなあおっさん! っていうか暑苦しいよ!」


 部屋のど真ん中で、星見さんがふんどし一丁で正拳突きを連打していた。

 せっかくの高級ホテルだというのにこのおっさんと来たら、この鍛錬鍛錬アンド鍛錬。ついさっきまでは腹筋やスクワットまでもこなしており、ここをジムか何かと間違えてるんじゃないかと思わせる節すらある。


「何だ、一鬼! 我の日課の稽古だ! おぬしも一緒にやらんか!」

「やらないっすよ、俺は文科系なんで。っていうか、星見さんのせいで妙に暑いんですよこの部屋! 暑いんじゃなくて妙に暑い!」

「ワッハッハ、それは我の放つ熱気によるものよなあ! 見よこの体に滴る汗! 部屋の空気も感化され、燃え上がってしまうというものよ!」

「ウワー、最悪……。何でエジプトに来てまでおっさんの半裸の稽古なんて見なきゃいけないんだろ」

「なら気にせねばよい。ほれ、これでもやって心を落ち着かせるがいい」


 そう言って、収納できるところなど無いはずなのに後ろから古めかしいゲーム機を取り出して俺に放る。後ろに置いてたんだよな、パンツに入ってたわけじゃないよな?


「あ、これは! 伝説の名機ゲームサン! しかも初期のでっかい大型タイプだ! ほんとにでけえ!」

「ワッハッハ、どうだ! しかもソフトはクソゲーではない! 何となんと大サービス、バッグモンスターの青版である! 更に抽選で当てた奴だ!」

「えええ!? すげえ、当時の状況を完全再現だ! ゲーマーの夢だぜ! ありがとう星見さん!」

「だから稽古を続けてもよいな!」

「いや、稽古はやめて」

「なら返せ!」

「やだ! 俺はこれやる!」

「返さぬかー!」

「きゃー! 変態が迫ってくる!」


 半裸の筋肉もりもりマッチョマンのHENTAIが襲い掛かってくる恐怖。無力な俺には相当なものである。


「おい、いいのか! 電源オンオフするぞ! オンオフしまくるぞ! データ消すぞ!」

「ワッハッハ、その青版は赤版で手に入らぬモンスターを捕まえるために持っていたものよ! 痛くもかゆくもないわ!」

「ぼっちだったんすね? ゴウリキーとかユングラーとかで止まってたんすね?」

「お主とてそうであったろうに!」

「いえ、俺は影山とかいたんで……」

「裏切者がああああああーー! 返せーー!」

「ホントにぼっちだったんすか貴方!」


 結局肉体の圧に押されて、奪い返されてしまった。状態もよかったからやりたかったのに。


「そんなわけで、我は稽古を続けるぞ! 参加は自由だ!」

「参加しないっすって! はあ、もう、ほんと暑苦しい……。俺はもうこの部屋しばらく出ますからね!」

「うむ! あー、そうだ、ついでにビールでも買ってきてくれんか! 出来ればご当地の! 稽古の後のビールはこの世の一番の美味よ!」

「俺は未成年ですよ、買ってこれないでしょうが!」

「そこはお主、ほら、ごまかして。のう? のう?」

「やです! 自分で買ってきてください! 服着て!」

「老体に鞭打つ気か!」

「稽古してる老体に鞭なんぞ効かんでしょう! カギ持ってきますよ!」

「鈴も持っていくのだぞ! いざという時は飛んでいくからのう!」

「本当に飛んでくるから怖いっすよね星見さん」


 かくして俺は、騒がしい部屋を出た。部屋を出るとすぐにフンフン中からやかましい音が聞こえだしてくる。あのおっさんの汗が飛び散っているであろうベッドで今日は眠ると考えると、少し憂鬱になる。

 でも、星見さんの気持ちは痛いほど分かるから。それほど強硬には出られない。

 今日のクソゲータワーで快勝からの惨敗――守るべき者たちを守れなかったという焦りが、星見さんにあるんだろう。大人だから、きっとそんな様子をおくびにも出さないんだろうが、自分が星見さんの立場だったらと思うと、苦しくなる。

 太平寺に、四十八願に、信用されて来たのに、と。

 超能力なんてインチキを無効化出来るだけでもすごいが、そういう問題じゃない。羽食があそこで退いてくれなければ、俺達は全滅していた状況だった。

 星見さんなりの気持ちの整理の付け方が、きっとあの稽古なんだろう。

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