第18話闇との戦い1

満月の夜だった。

沙依のうちの境内は、相変わらず黒く深い霧に覆われている。ふと、乗ってきた車を振り返ると、車は光に包まれて白く輝いていた。母の力の残りが漂っているのがわかった。母は、意識しなくても自分の居た場所を浄化してしまう。それだけ強い力を感じて、蒼は心強かった。

「まず、境内をやってしまいましょう」

沙依が不安そうに見ている前で、打ち合わせ通り有と双子を中心に三方へ円を作るように分かれて立つと、維月と涼と蒼の三人は一斉に力を放った。

まるで燃え上がるような光の放流が右方向へ円を書いて流れ、どんどん大きくなった。

その円は神社を越えて辺りに広がり、まるで辺りを焼き尽くすかのような勢いだった。

やがて光が収まると、辺りは静かな清々しい空気に包まれていた。

「ああよかった。これで母も…」

沙依がそう言いかけた時、離れの方から大きな音と共に唸り声が聞こえて来た。

皆がそちらを振り向いた時、離れの隙間という隙間から、ブワッと黒い霧が吹き出して来た。

「お母さん!」

沙依は叫んで走り出す。

「行くわよ!」

維月もそれに続いた。

「有、結界張りなさい!」

有は外で双子達と結界を張ることになっている。闇の一部が他へ出て行かないように阻止するためだ。

有はすぐに一帯を覆う大きな半球の結界を張った。恒と遙がその後ろでパワーを維持出来るように、力の補充をしている。

蒼はそれを見届けて、維月に合流した。


開け放たれた引き戸からは、真っ黒い霧が絶えず溢れ出している。奥では、腕に点滴が刺さったままの、痩せた女性が頭を垂れて立っていた。この霧は、その女性から溢れているようだ。

側に、沙依の祖母が倒れていた。沙依は祖母に駆け寄る。

「おばあちゃん!」

息はあるようだ。沙依は祖母を引きずって部屋の端へと身を寄せた。目は闇の取り憑いた母から離さない。

「覚えのある気だこと」

維月は言った。幼い蒼を襲ったあの大きな闇。

闇は頭を上げて真っ黒な目を開き、口を開いた。

『知っているぞ。その光だ。オレを出せ…』と点滴を引き抜き、『オレを出せ!!』

闇の放流が維月目掛けて放たれた。維月はとっさに光の壁を作り、直撃は免れた。蒼と涼は維月が闇を食い止めているその後ろに居た。

「くっ…。」

維月はその勢いに押されている。涼が後ろから同じ場所に壁を作り、援護する。蒼は浄化しようと腕を上げた。

「蒼!」維月は叫んだ。「あなたは後ろに居なさい!」

なんでオレは後ろ?何のために力の使い方の訓練したんだ?

「オレも壁を作るよ!」

「無理よ、これは飲まれるわ!」

涼と維月の額に、汗が流れている。涼が蒼に言ったのを思い出した…「あんた疲れないの?」

そうだ、母さんも涼も走り続けてるようなものなんだ。

蒼は維月と涼の前に壁を作った。

それは、維月や涼より一層大きな壁だった。その光で、闇を押し返すように弾き飛ばした。

沙依の母はその反動で飛ばされ、奥の壁に叩きつけられる。闇の放流は止まった。

「母さん、涼、大丈夫?」

二人はゼイゼイと肩で息をしている。

「油断しないで!今度はあなたを狙って来るわよ!」

沙依の母はむっくりと起き上がった。

『お前か…大きな光の力』そして両腕を上げた。『それを寄越せ!』

蒼はまた壁を作った。母や涼に背を向けて背後に回し、どんどん壁を厚くして行く。十六夜から、たくさんの力が流れ込んで自分を抜けて行くのがわかった。

『その力を寄越せ~!』

闇は叫んで闇の放流の範囲を広げて、背後の維月や涼を狙っているのがわかる。二人は蒼の両脇に分かれて壁を作った。しかし、闇はその壁に食い込むように突破しようとしていた。

蒼は壁の範囲を広げた。沙依の方を見ると、沙依は祖母を抱き抱えて身を伏せている。その前には、大きな白蛇がぼんやりと見えた。

蒼は、体の力が抜けて行くのを感じた。こんな時なのに、空腹なのがわかる。制限なしに力を放出しているせいで、疲れはしないのに体がエネルギーを失なって、欲している。

「十六夜…」蒼は言った。「腹が減った」

《なんだって?》

涼が切れ切れの息を吐きながら言う。

「あんたさっき餅一袋一人で全部食べたでしょう!」

「我慢は出来るけど、体が我慢してくれないんだ」膝が震えて来る。「早いとこ決着つけないと…」

《力は有り余ってるのに、体の消耗が激しい》十六夜はちょっと考えた。《仕方ねぇ、その光で、そいつを包み込めるか?》

蒼はガクガクする膝を必死で止めながら、答えた。

「やってみる」

蒼は光の壁を丸めて行くイメージをした。大きく広がった光の壁は、闇を包むように丸くなって行く。

『やめろおおおー!』

闇が吠えるように叫んだ。蒼は膝をついた。この方が安定する。更に十六夜から力を引き出し、力を込めた。

『うおおおーー!』

闇が叫ぶと、闇の放流が上に向かって吹き上がった。

その勢いは凄まじかった。ドーンという音を立てて天井を突き破り、夜空に向かって上がる。

その時沙依の母がバッタリ倒れた。闇は沙依の母から出て天井の穴から外へ飛び出した。

外に張られた有の結界が闇を弾き飛ばす。

『おのれ!』

闇は叫んだ。

《蒼!》

十六夜も叫ぶ。わかっていた。外に居る三人に向かわせてはいけない。母と涼が外へ飛び出して行くのがわかる。

蒼は力を振り絞った。光の柱は闇を瞬時に追い掛けて追い付き、大きく口を開いて闇を飲み込んだ。

パックマンをイメージしたら、こうなった。

光は球体になって、闇を飲み込んだまま浮かんでいる。

恒と遙が手を上げた。二人はその球体に力を注いで維持した。

《蒼、もう大丈夫だ。》十六夜が言った。《あとは恒と遙が膜を維持する。》

蒼はホッとして座り込んだ。もうダメだ。腹が減って動けない…。

外が騒がしい。天井を突き破った音で、近所の人が通報したらしく、救急車と消防車が到着した。

蒼は沙依を見た。気を失なっている母を心配そうに見ている。

「山中、大丈夫か?」

沙依はハッとしたように蒼を見た。

「高瀬くん」そしてみるみる涙が流れ出した。「ありがとう!もう、大丈夫。ありがとう!」

ガバッと沙依に抱き付かれて、蒼は焦った。どうしたらいいかわからない。というか、オレだけのおかげでないのに。

「えっと、山中…」と蒼。

「何?」

「なんか食うもんある?」

救急隊員が背後を歩いて行く。沙依はそちらを振り返った。

「ちょっと待ってね、すぐに持って来るから。」


母は車で出発の準備をしていた。蒼は助手席で沙依からもらったおにぎりをひたすら食べていた。

十六夜が話し掛けて来た。

《お前、あのタイミングで食いもんの話はねぇだろうよ。》

蒼は食べ続けている。

「他に何も頭に浮かばなかった」

ほんとにそうだった。立てないほどお腹が空いたのは、初めてだった。

《蒼》十六夜は言った。 《裕馬だ。》

「え?!」

蒼は顔を上げて見た。人垣の中に、裕馬の姿があった。

慌てて車を降りると、裕馬の所へ走った。

「裕馬!」

「蒼!」裕馬は疲れ切った顔をしている。「なんかガス爆発があったってみんな言ってて、今日は満月だから、もしかしてって思って…」

「大丈夫だよ。無事に終わったから」

蒼は親指を立てて笑った。裕馬はまだ心配そうにしている。

「ほんとに大丈夫か?怪我しなかった?」

「怪我はしてないよ。腹は減ったけど。」

裕馬はキョロキョロと回りを見た。

「その…黒いのは退治したのかよ?」

「ああ」蒼は頭をかいた。「退治は出来なくて今、仮に封じてるんだ。これから母さん達と、ちゃんと封じて来るから。」

「そうか、よかった」裕馬はまだ警戒しているようだ。「どこに封じるんだ?」

蒼はかぶりを振った。

「さあ?母さんが決めるからオレは知らない。ばあちゃんの田舎かな?ま、お前はもう心配しなくていいよ。帰ってゆっくり寝ろよ。」

「ああ」

蒼は裕馬が、宙に浮いている光の玉を一瞬見たように見えた。

「え、お前見えるのか?」

裕馬はえ、という顔をした。「何が?」

「蒼~行くわよ!」

母が呼んでいる。蒼は裕馬に手を振った。

「行かなきゃ。じゃあな、裕馬!」

蒼は走って助手席へ乗り込んだ。

裕馬は不安げにその車を見送っていた。

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