結ばんとする心の偲び

雪梅

第1話 桜木杏那

 真っ直ぐに見える道も、どこかで曲がりどこかで壁にぶつかるものである。

それでも彼女は前ばかりを見ていたように、私には思えた。

 視野が狭いとも言うかもしれない、彼女の目には一つの達成すべき目的というものがはっきりと示されているのだから。


桜木杏那さくらぎあんな


名を呼ばれた彼女は、興味を持つでもなく声のする方へと顔を向ける。

そこに居たのは中背で細身の、黒髪の男だった。その男が声を掛けたのだと桜木は認識すると、先程までの表情から一変し途端に緊張感のない緩んだ笑顔を見せた。


「どうしたの~望田佑もちだゆう君」

「どうしたの~じゃないよ。いい加減学校に来なよね、馬鹿になるよ。馬鹿に」


2回も言わなくても……と不満を漏らす桜木は、その男を望田佑と呼んだ。

望田は古びた鉄製の扉を開けて玄関に立っている。

望田が開けたであろう扉からは春らしい外の新しい空気の匂いがして、白いだけの室内からは少しだけカビの匂いがした。

望田は部屋からの匂いに顔を顰めながらあたりを見渡した。掃除は一応やっているみたいだけれど、換気が一切されていないのかやはり臭い。

望田は靴を丁寧に脱いで部屋に上がり、学校で渡された紙束とコンビニで購入したサンドイッチを机に置いて椅子に座ると桜木をそっと見つめる。


「それでだけど。今日こそは教えてくれるかな、桜木」


桜木は伏せ目になると暫くして心底優しそうな表情を望田に向けた。


「何を教えればいいのかな」


それはね、と望田は一息置いて彼女の両手を優しく包み込む。


「君が学校に行かない理由を、教えてくれる?」


かさかさと、サンドイッチを入れた袋が風に靡かれて音を立てる。

引きこもる桜木に望田は言葉を期待していた、単純でどうしようもなく下らない言葉を。


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