第2話 母の死

「おふくろが自殺した?」


 あのメールから三日後、仕事中に妹の未来みくから電話を受けた望はとても現実とは思えない言葉を聞かされ、呆然と宙を見つめた。


「……来れる?」

「え?」

「早く帰って来て。お願い!」


 妹の二又瀬 未来(ふたまたせ みく)は普段は気が強く活発的でどちらかというと望の方が押されるぐらいである。しかし電話越しの未来の声は消え入りそうに弱く、それでも正気を保とうと無理をしているのがわかった。


「……ああ、わかった。すぐ帰る」


 必死に冷静さを装い、そう伝えて受話器を置いた望を心配そうに見守る同僚の越路 純也こしじ じゅんやと一瞬だけ目が合った様な気がした。


 望は去年離婚した後、隣の県に異動となり家族の為に買ったマイホームには年老いた母が一人で住んでいた。未来は独身だが仕事の都合と通勤の利便性を考えて、望のマイホームがある比良坂市の隣町で一人暮らしをしていた。


 あれから望は連絡も返さず、仕事の忙しさにかまけて何も手を打たずにいた。その事が少しづつだが確実に望の中に暗い後悔の雫を溜め続けていた。


ーーどうすれば良かった?俺のせいなのか? 俺がメールを返せばおふくろは死なずに済んだのか? でもあんな借金俺の力ではどうしようも無い。俺がそばにいてやれば良かったのか?


 グルグル回る思考の中で自分を責める思いだけが拭いきれずに望の心に突き刺さった。しかし自分自身以上に許せない奴がいる。おふくろを死に追いやった奴だ。



ーー絶対に許さない。



 三時間高速を飛ばし母が搬送された病院に辿り着いたのは、日が沈もうとする夕暮れ時であった。霊安室は静まり返り、冷たくなった母の横にうなだれて身動き一つしない未来の姿があった。


「遅くなってごめんな」


 望はそれしか言えなかった。その声に未来はゆっくり顔をあげ、虚ろな目で望を見つめる。勝気で生気にあふれていた筈の瞳は影を潜め、望が見た事も無い様な虚ろな目からひとすじの涙が零れた。


「お兄ちゃん、お母さんが……お母さんが……」


 後は言葉にならず、静まり返った霊安室で子供の様に泣きじゃくる未来の声だけが響き渡った。

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