双眸の精霊獣

果実夢想

1.猫のグレムリン

#0 捨てられし過去と雨中の猫

 ――悲しい。

 ――寂しい。

 ――怖い。

 今でも、そんな感情だけ覚えている。

 まるで、暗闇の中に一人だけ放り込まれたかのような感覚。

 誰かに、手を差し伸べてほしかった。


「また戻ってくるから、ここで待っててちょうだい」


 母親と二人で出かけているときに突然そう言われ、当時五歳の俺は疑うこともせずにずっと待ち続けた。

 だけど――夜遅くなっても、一向に戻っては来なかった。

 まだ小学校にもあがっていない子供なので家に帰る道も分からず、その場で座り込む。

 どれだけ長い間だったのか覚えていない。ただ、ひたすら泣いた。

 嗚咽すら出なくなるほど。涙も涸れ果ててしまうほど。そして、月が沈み、日が昇ってしまうほどに。

 しかし、すっかり空が明るくなった頃だ。

 こんな俺にも、話しかけてくれる人がいた。

 眼鏡をかけた優しそうな男性と、スタイルがいいロングヘアの女性。

 お母さんが俺を置いてどこかに行ったことを話すと、二人は明らかに愕然としたあと言う。


「じゃあ、君もうちに来る?」


 その言葉は、脳髄にとても響いて。

 俺は静かに、承諾を意味する頷きを見せる。

 更にその半年後女の子が産まれ、優しい両親と五つ下の可愛い妹という立派な家族を得ることができたのだ。

 そう。幸せな人生を歩めるようにはなった。

 ただ一つ、俺の心に大きな傷跡を残して。



〇●◎●〇



 突然だが、性癖なんてものは人それぞれだ。当たり前のようでいて、実はみんな理解できていない。

 アニメとかでもそう。

 ただ幼くて可愛らしい女の子が好きってだけで「このロリコン!」と怒鳴られたり、女の胸元やパンチラなどについ目がいくのは仕方ないことだというのに「この変態!」と罵られたり。

 男の人にとっては、特殊な性癖の一つや二つくらいあったっておかしいことではない……はずだ。

 三次元にしか興味を示さない人もいれば、二次元以外の良さが分からない人もいる。それでいいじゃないか。

 なのに人間は自分と違う人を基本的に嫌う傾向にあり、今まで俺は蔑みの目で見られてきた。主に女子から。


 六月中旬。まだ梅雨になったばかりなのに、早くもこの町を豪雨が襲った。

 傘を差していてもあまり効果がなく、諦めてびしょ濡れになりながら歩いている姿もたくさんある。

 そうするともちろん制服は透け、女子の下着が少し見えてしまう。

 だが、あくまでだ。多少の違いはあれど、ある程度成長してしまっている。

 残念ながら、それだと胸がときめいたりなんてしないし、興奮だってするわけがない。

 結論を言おう。

 俺のストライクゾーンは、小学生からギリギリ中学生まで。

 つまり、俺――五十嵐蓮は、ロリコンである。

 汚れを知らない純真無垢な瞳。そして発育不全のつるぺたボディ。「まったく、小学生は最高だぜ!」という名言にはひたすら同意。


 そんなことを考えながら、激しく降り注ぐ雨の中高校から家路についていると、あるものが視界に入ってくる。

 地面に置かれたダンボール。

 中には、ずぶ濡れの白い猫が一匹。

 おそらく、捨て猫だろう。

 周りの人はみんな、猫などに目もくれず通り過ぎていく。

 俺だって、そうしたかった。今まで動物を飼ったことがないし、猫の世話なんてよく分からない上にはっきり言って面倒くさいから。

 だけど、できなかった。

 このときの俺は、どうかしていたのかもしれない。

 気がつけば猫を胸に抱え、自宅に向かって駆け出していた。


 こうして、俺の波乱に満ちた人生が幕を開けた――。

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