第3話 コレクション

「ひとの痛みを知り、苦痛を分かちあいましょう」

 などと博愛主義者のような西村会長の挨拶のあと参加者はいっせいにズボンを脱いだ。

 ズボンの下にはオムツだ。

 これがペインクラブの正装であった。

 そして会場に敷きつめられた薄いマットレスの上に寝転ぶ。

 まさに変態紳士の群れ。

 それなりの社会的地位のある男性たちが背広にネクタイそして大人用紙オムツ姿でそのときを待った。

 家族どころか友人、知人、社員、赤の他人にも見せらない恰好だ。

 要するに誰にも見せらないこの秘密の共有感が会員たちの結束、一体化をもたらしていた。


「皆さんキャンパスのご用意を」

 会長の声にそれぞれ携帯電話のような装置を取り出す。

 キャンパスと名付けられた装置は頭の中のナノデバイスとコンピューターとの仲介をするルーター兼レコーダーのようなものだった。

 記憶のやり取りをする海馬体の英語名ヒッポカンポスから命名されていた。

「それではまず田中さんの快気祝いとして脳腫瘍の頭痛から」


 久しぶりに圧迫感をともなった頭痛がやってきた。腫瘍により頭蓋内の圧力が高まっているのだ。

 本来ならここからひどい吐き気や手足の痺れがするのだがそれらの症状はかすかなレベルに抑えられていた。純粋に苦痛を感じるためにノイズは排除する方針だった。

 あちこちから呻きがあがる。

 さらに鈍痛が強まり頭が脈動しているようになる。油汗がにじんできた。

 手術の成功率は50%だと聞いていた。よくぞ命が助かったものだとあらためて思う。

 不安に揺れ動いた5年間。

 後遺症もなく、再発もしなかった。運がよかったのだと思う。生の尊さ、健康のありがたさに感謝した。


 そして痛みが徐々にフェードアウトしていき私はただ泣いていた。

 仲間から温かい拍手が私に送られていた。


「デモハレ」

 会長が呪文のような言葉を唱えた。

 とたんに右目の目頭にきりを突っ込まれたような激痛がはしった。

 錐は眼底骨をごりごり削った。

「うおぉーっ!」

 右目を押さえるが痛みはおさまらない。

 右の涙腺から涙が噴水のようにピュッピュッと噴き出すのが見えた。

 今や錐は頭蓋に侵入し焼けた泡立て器と変化して脳をかき混ぜはじめた。

 鼻水が滝のように流れ落ちた。きっと脳漿が溢れたのだと思った。

 うずくまり顔面を両手でおおうとヌルヌルしていた。皮膚から血がにじんだに違いない。


 ふいに激痛が消滅した。


 会長はたまにこれをやる。デモハレは、

出物腫物でものはれものところ嫌わず」

 の略で、本当の激痛はなんの前触れもなくやってくるからという理由でたまに不意打ちを食らわせるのだ。

「たったの30秒です」

 涙を流しながら会長は立ち上がった。

「オリジナルは30分あり、これが1日に4回ほどで1ヶ月続きました」

 病名<群発頭痛>だ。別名<自殺頭痛>とさえ言われている。

 ペインクラブの会員なら常識だがデモハレに使われるのは初めてだった。

 たしかにあと1分で床に頭を打ちつけていたところだ。

 三大苦痛の一つと称されることはある。


「それでは気を取り直しキャンパスのボリュームを1に設定してください」

 会長は指を1本立てて指示した。

 これはただごとではなかった。キャンパスのボリュームは10段階で1はもっとも弱いのだ。するとまた三大苦痛の一つか?






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