005【概念遊の例】 引越しソバ(砂漠版)

時空モノガタリ様に投稿した、(受賞までこぎつけたのはラッキーw)

テーマ「蕎麦」

作品名『引越しソバ(砂漠版)』

の引用ですー(^e^)ノ

@@@@@@@@




「引越ソバ届けて。4人前」

 そんな手紙がやってきた。期日は1週間後。


「あいよーっ!」

 客に届くはずのない声を、お腹から絞り出す。威勢の良さが売りさね! 

 

 そして寝る。

 今から作ってもソバがのびるだけだ。


 ◆


 1週間後。

 ソバ屋の真っ白い服を着て、木の色をした特製おかもちを2つ持って、出かける。

  

 配達ラクダはふたこぶだ。

 ひとこぶも良いけど、うちの店は、断然ふたこぶ派。

 こぶとこぶの間が凹んでいるから。


 へこみに、紐をぐるりと2本、縦に回して、その2本の間を橋渡しするように、取っ手をつけた。

 取っ手に、ダブルフック付きの特製おかもちをシャコッとひっかける。

 ラクダのお腹より、ちょっと後ろあたりの左右に、それぞれ1つずつ、特製おかもちがぶらさがる格好。


 ラクダに乗って出かける。


 ……


 しかし砂漠はきついなぁ。

 

 昼夜の寒暖差が激しくて、今は昼だけど、ソバが煮えてしまいそうな程。

 移動もあるから、つゆはまだ魔法瓶の中。ソバも冷却材で冷やしている。

 その冷却材が沸騰しそうな程の暑さ。


 自分用魔法瓶で水を飲む。節約。


 そして、風がやばい。


 舞った砂が目に入るし、突風が来ると、息ができなくなりそうになる。


 でも、ソバは密閉容器に入れてあり、砂が入ることはない。

 そこはプロ! 美味しいソバをお届けにあがりたい!


 ◆


 手紙で指定された地点に到達した。

 そこには、後始末されたキャンプファイヤーの跡だけ。


「3日前位に、野営したな……」


 ――薪の燃え尽き具合から、客がここにいた日付を概算したんだ。


 遊牧民は、家畜用の牧草や水を求めて、定期的に移動している。

 お家も、移動式住居だ。

 中国語で「パオ(包む)」という円錐形、丸屋根の仮設住居で、長い棒を13本、互いに斜めに立てかけ、そこにぐるぐると、大きなテント幕を巻いたもの。


「まったく。ソバがのびるだろ?」

 愚痴を吐きつつ、お客の次の移動先を推測する。


 実際には、ソバとつゆとは別々にしてあるから、のびることはない。

 でも、ソバにも「鮮度」ってものがあって。

 打ちたてに近い形で、ソバを召し上がって頂きたい。


 その感情がつい、お客様をdisる方向に働いてしまった。

 プロとして失格な行為。猛省。


 遊牧民のアバウトさは分かっていたはずだ。

 ソバのコシだとか、風味だとか、「完璧」を追える状況ではない。

 「できる限り美味しいおソバを」と考えた方がいいだろう。


 野営地の周りを見回す。


 客のラクダの足跡は、風で消されていた。

 でも、草の生え方、残り方からして、西に向かったと予想できる。


 自分も西へ向かう。ソバを載せたラクダに乗って。


 野営地をあちこち探索して周り、5つ目の野営地で、ついに見つけた、客と思しき集団。


「引越しソバが来たぞー!」

「お待たせしました! まいどっ!」


 既に、指定期日の翌日だった。

 出前として失格だと思う。


「マジで楽しみにしてたんだよね!」

「ラクダの左右に、木の四角い羽根が生えてるぞ!」

「羽根から食いもんが出てきたあああ!」

「なにこの羽根! すごすぎ!」

「ソバって、どんな味なのかなぁ?」

「おお! やたら細くて長いぞ!」

「シルクロードじゃね?」

「壮大www」


 さすが遊牧民。大雑把――いや、B雑把だ。


 遊牧民の血液型はB型が殆ど。

 放牧で生きてきた民族だから、大らかで、乳製品に強い。


 細かい事をグチグチ言ってたら、この厳しい砂漠では、生き残れないのだ。

 

 長時間の配達で、ソバの風味はかなり落ちているはず。

 魔法瓶に入れてきた、かけつゆも、ぬるくなっている。

 

「うまいうまい!」

「だしに、ラクダの乳、混ぜてみるか?」

「ミルクソバ! 斬新wwwwww」


 お客様のこの反応に、救われた気持ちになる。

 ソバにミルクは、合わないようには思うけれど。


 色々と「妥協」した完成度でのお届けとはなったが、

 美味しく食べて頂けているようだ。


 そしてなにより――


 食べるのが、とてもとても、楽しそうだ!

 



 そう―― これは「引越」ソバ。


 自分が日本にいた頃は、「引越先で初めて食べる」ソバという認識だった。

 今回の出前は「1つか2つ前の」野営地への引越を、祝うソバだったかもしれない。


 でも、この砂漠では、もっともっと、アバウトに考えて良いのかもしれない。


 ――楽しければ良い。


「お祝い」のソバなんだから。


 気づけば、ある言葉が、自然と飛び出していた。


 ――砂漠の突風にも負けない程、お腹から出た、大きな声で。


「ありがとうございやした! 引越し、おめでとうございます!!」


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