第3話:赤ちゃんは寝るのが仕事。
どこか遠くで赤ちゃんの鳴き声が聞こえる。
ふんにゃあああ!
ふんにゃあああ!
あ、違う。これ、私の声なんだ。
どうやら異世界への転生は成功したみたい。
生まれたばかりの赤ん坊は目が見えないって言うけれど、周囲は真っ暗というより、薄もやがかかったような感じだ。
と、優しい声がどこからか聞こえてきた。
音声ではない。
頭の中に、直接響くような不思議な言葉だ。
――やっと、生まれてきてくれたね。
――待っていたよ。
誰の声だろう……?
周囲の状況に意識を向けると、2人の人物が慌てたように会話しているのが聞こえてきた。どこの国のものかわからない言語だ。どう考えても日本語ではない。
それなのに、不思議と意味はハッキリと理解できた。
「王よ!とうとう御子がお生まれになりましたぞ!」
「おお!でかした!しかし、今聞こえた声は一体なんだったのだ……?」
と、突然、どうしてだか壊れたラジオのように2人の会話がプツプツ途切れとぎれにしか聞こえなくなってしまった。
「月…の髪に…の瞳の御子…」
「なん…!!千年に…られる…命を持っ…姫…。赤ん坊…、必ず…に紫の…であるという…。伝説…であった…」
「そのようで…ざいま…な。ああ、なん…いう…運命で…しょう。お后…姫の髪…見ら…お倒れ…に…た」
「無理…な…。まさ…この…魔…贄…られ…生まれ…と…。余…不憫…い。16歳…ない…。せめて…その日まで、なに不自由なく…が」
???
何言ってるのか全然わからない!
……人物の声がだんだん遠くなっていく。
※
※
※
赤ちゃんの私は、どうやら眠ってしまったようだ。
転生して間もないからか、まだ意識のコントロールがうまく効かない。寝たり起きたり、お乳を飲んだりという赤ちゃんならではの生活をただ繰り返してしまう。人の声なども聞こえるのだが、相変わらず壊れたラジオのように切れぎれにしか聞こえてこない。
何にしても、26歳の他向利貞子としての意識を持って理性的に行動できる時間が、とにかく短いのだ。理性より赤ちゃんの本能が勝っているらしく、『お腹が空いた』『眠い』『お尻が濡れた』という三大要因以外のことに意識を向けるのに、多大なる努力が必要とされる。
26歳の心と、赤ちゃんの身体がいまいちまだ一致していない。
次にハッキリと意識が持てた時には、明るい部屋にいた。
縦長の大きな作り付けの窓から差し込む朝の光に、シンプルながらも上品な内装の部屋が明るく照らされている。
あ、これって中世ヨーロッパ風っていうやつ?
ゴシック様式?って言うんだっけ。
それともバロック?
天井、高っ!
窓、長っ!
そんなふうに周りを観察していると。
目の前にヌッとふくよかな女性の顔が現れた。
年齢はおそらく30歳になるかならないか、というところ。
暗い赤毛に、愛嬌のある水色の瞳。紺色のドレスに白いエプロン姿で、髪はお団子にまとめている。
と、ガシッと脇をつかまれて抱き上げられる。
「あばばば〜〜。
あっばばばばばぁ〜〜。」
赤ちゃんの私をあやそうと、すごい変顔をいくつも繰り出してくる。
「きゃっきゃっ!」
思わず笑ってしまう。
この人、赤ちゃんあやすの上手だなぁ。
「べろべろ〜〜んっばぁぁ〜〜!!
んんん〜〜っっばあぁ〜〜!!」
「ぎゃははは!ぎゃっはっは!
っぐっ!グホッ!
ゲホゲホゲホッ!!」
「あらいけない。笑わせ過ぎたかしら……」
うぅ……恐ろしい。
あやうく笑い死にするところだった。
と、足音が聞こえてきた。
「ルナ・シーは起きているのか」
「国王陛下。はい、お目覚めでございます」
低い男性の声が聞こえてきた。
あ、この声は聞き覚えがある。
生まれた時に聞いた声の持ち主だ。
プツプツ切れる壊れたラジオ状態ではあったが、その後もちょくちょくこの人の声は聞こえていた。
ていうか、フルネームで呼んでくれるな。
「どれ、顔を見せておくれ」
目の前に、おそらく30代後半くらいと思われる男性が現れた。
栗色の髪に黒い瞳。濃緑色の天鵞絨の上着に白のズボン。そこにベージュ色のマントと茶色のブーツを合わせている。なかなかのオシャレさんなのだが、どうしてだか気弱な印象が強い。眉毛がなんとなく垂れてるからかな?
……ていうか、なんかどこかで見たことある顔なような……。
「ユーミ王妃はいまだにこの子に会いには来ぬか。もう生まれてから三月も経つというのに……」
「……恐れながら」
国王陛下ということは、おそらくこの人がオトーチャンなのだろう。なんせ『お姫様』になる事を希望したのだから、お父さんは王様なはずである。
王妃様というのは、お母さんなんだろう。しかし、赤ん坊に会いに来ないとは。巷で最近よく聞く『産後クライシス』ってやつなのかもしれない。
で、このあやし上手の女性は乳母やさんだろう。この人の声も、これまでしょっちゅう聞こえていた気がする。
それにしても転生してから早3か月が過ぎていたとは……。
「あれはプライドの高い女だからな。しかし、この子に罪はない。見ろ、こんなに美しい髪は見たことがない」
言われてみて、髪を見ようと首をひねる。目の端に、白、というより銀色の髪の毛が陽の光を反射しているのが見て取れる。
「はっはっは、お前も自分の髪が見たいのか」
一生懸命首をひねっている姿を見て、国王が喜んで声を上げた。
笑顔で顔がクシャクシャになっている。
あっ!!わかったぁ!!
この人、イノッ◯に似てるんだ!
言わずと知れた、ジャニー◯事務所所属、朝の情報番組の司会者。
眉とか目が垂れていて、人の良さそうな感じがソックリ。
そう思ったことが、どうやら言葉になって出ていたらしい。
「い……の……」
「おおお!メーヤ!聞いたか?姫が喋ったぞ!」
「ええ!それも、イノラーン国王陛下のお名前を!!」
マジ?ぐーぜん!
2人が興奮する様子を見ていたら、なんだか睡魔が襲ってきた。
乳母やの声が聞こえる。
「あら、眠そうになさっているわ。ねんねなさいませ、姫……。ルナ様」
ルナ様か……。
その響きはなかなか悪くないかも……。
シー、が付かない方が……。
そう思いつつ、私はまたもや眠りに落ちていってしまった。
※
※
※
その後も寝たり起きたり元気に遊んだりを繰り返している間に、なんと1年半以上が過ぎてしまった。
どこかのお話のように、生まれてすぐに動けたり、話せたりするようなこともなく、どこにでもいる一般的な赤ちゃんとして育っている。
4か月で寝返り。
6か月で1人でお座り。
そして8か月でハイハイ。
1年ちょっと過ぎで、やっと最初の一歩。
うーん、なんて普通なんだろう。
ただ、この世界の文字だけは生後6か月から学び始めた。本に異常な興味を示す私に、メーヤがその辺にある本を見せてくれるようになったのだ。お座りができるようになってからは、いろいろな本の前にちょこんと座って日がな一日過ごしていた。
本を見せてもらってわかったのは、この世界の言語は、やはり日本語とは違うということだ。
どちらかというと、英語に少し似たアルファベットのような記号を使った言語だ。しかし、なぜだか産まれた時から周りが話していることは大人並みに理解できる。どうやら赤ちゃんの体であっても、26歳のホカサダの理解力はきちんと保っているし、この世界の言語も理解できているようだ。
赤ちゃん並みになってしまっているのは、発話の方だ。一生懸命話そうとしても、喉がまだ発達してないからか、「ブー!」とか「だあだあ」という音しかでないのだ。
つまり、今はインプットはできてもアウトプットができない状態なのである。
ちなみに文字も読めない。
どの単語がどの音声に相当するのかわからないからだ。これからだんだんと覚えていくしかない。
身体的には健やかに成長している。
今はようやくあんよも危なげなくできるようになった。そのお陰で城の中もあちこち徘徊できるようになり、大分状況も掴めてきた。
ここまでで、わかったこと。
私は、エンゲルナシオン王国の第二王女、ルナ・シー姫。
父はこの国の国王であるイノラーン一世。
母は王妃のユーミ・シー王妃。
シーというのは、どうやら王妃の元々の姓らしかった。
国王と王妃ユーミには他にも子供がいる。ルナの上に第一王子のリューイと第一王女のレイラ。
他にも国妾という、いわゆる『お妾さん』なる夫人がおり、そちらにも男の子と女の子の子供がいるそうだ。こちらの男の子は正式に「王子」とは認められていないらしく、現在のところ、唯一の王子であるリューイが王位継承権を持っているとのこと。お妾さんなんていたら、ドロドロのお家騒動なんかが起こりそうだけど。と、自分の家なのについゴシップを期待してしまう私……。
それはともかく、この世界での私の外見ビジュアルが、自分で言うのもアレなのだけれどかーなーり可愛い!!
銀色の髪に紫色の瞳という変わった外見なのだが、これがまたステキなのだ。月の色を落とし込んだように煌めく銀髪に、濃い紫の瞳がなんとも神秘的な雰囲気を醸し出している。肌は抜けるように白く、形のいい唇はリップも塗っていないのにピンク色をしている。そんじょそこらの赤ちゃんモデルなんで、ハッキリ言って目じゃない。
初めて自分の姿を鏡で見た時には、「いよぉっっしっ!!!」と心の中で大きなガッツポーズを決めたものだ。
うーん、神様グッジョブ!!
ルナ・シー姫の基本情報をチェックする前に時間切れになったからなぁ……。
よかったよかった。
ただ、気がついてしまったことがある。
私は、両親にあまりに似ていないのだ。と言うか、家族の誰にも似ていない。
髪の色も目の色も、銀髪に紫色の瞳なのは私1人。後は皆、栗髪や金髪で、瞳の色も黒だったり茶色だったり。顔立ちも、私だけ似ていない。もしかして隔世遺伝か?とも思うのだが、確認は取れないでいる。
母親である王妃と言えば、最近になってやっと一度だけ会った。国王が堪りかねて王妃の部屋に私を連れて行ったのだ。
……印象は、最悪だった。
王妃は美人ではあるものの終始冷たい表情をしている女性だった。暗めの金髪に茶色の瞳。目鼻立ちは整っているが、私とは似ていない。
さらに、連れて来られた私を見て、まるで汚い物を見るかのように嫌な顔をしたあげく、ヒステリックにわめき立てて追い出したのだ。国王はなだめるのに一苦労。
産後クライシスってそんなに大変なのかな?経験したことないからわからないや。
もしかして私ってば、王妃が銀髪・紫目の男性と不倫でもしてできた子供だったりして……。国王も実は内心穏やかじゃないとか……。
そんなふうにも考えたけれど、イノラーン王は私を目に入れても痛くないほど可愛がってくれている。王妃の浮気を疑っていたとしたら、いくらなんでもこんなに可愛がってもらえないような気がする。どちらかと言うと、『王妃の分まで自分が愛してやらなければ』という意気込みすら感じられるのだ。
ともあれ、まだ私はこの世界に転生したばかり。
私の輝かしいお姫様人生は、これから始まるのだ!
※※※※※
<現在のスキル>
特になし。
しいて言えばあんよが上手にできる。おすわりも上手。
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