犯人は、パンダです!

無糖

第1話 朝ごはんは、ジャムパンです!

「俺、子供のころ、ダイイングメッセージをダイニングメッセージだと思ってたんだよね」


朝。

探偵事務所にやってきた私に、先生はそう声をかけた。

いや、いきなりそんなことを言われましても。


ダイニングメッセージというと、食卓にメモでも置いてあるのだろうか。


『朝ごはんは冷蔵庫の中です。母』


ありがちだ。


メモの通りに冷蔵庫を開けると、なんと中には血まみれの物体が入っていた。


なんということだ。

大事件である。


まずは現場検証。

主に鶏卵で形成されたこの物体からは、微量ながら牛乳、塩、コショウが検出されました。

血痕からはルミノール反応なし、リコピン反応あり。

血液の正体はケチャップと断定。

凶器はフライパン、死因は加熱によるものと思われます。


どうみてもオムレツですね。

お母さん、ありがとう。

美味しくいただきます。


いや、朝ごはんにオムレツとは、贅沢がすぎる。

オムレツというものは、休みの日のお昼ごはんの、今日はちょっとごちそう気分♪

というときに食べるものである。

朝からオムレツなんて贅沢は人として許せない。

そんな不届き者には、私が正義の鉄槌を下してやろう。

なぜなら


「今日の私の朝ごはん、ジャムパン一個なんですよ!」


「……何をどうやったら俺の一言からそんな返答が得られるんだ。ちなみに今日の俺の朝食はオムレツだったんだが、って待て、落ち着け、話せばわかる。とりあえずその鉄アレイを床に置け。な?」


コノ贅沢者メ……。

成敗シテクレル……。


はっ!

おかしいな、今私は何をしていたというのだ?

記憶がない。

あまりのショックに意識が飛んでいたらしい。


目の前にいるのは、青い顔で必死に私をなだめている先生。

私の手には鉄アレイ。

どうしよう、状況がまったく理解できない。


こんなとき、どうすればいいんだろう。


そうだ。

学校の先生もよく言っていたじゃないか。

わからないときは質問しましょう。


「どうしたんですか、先生?」


「俺が聞きてぇよ!」


怒られてしまった。

てへぺろ。


イライラは健康に悪いんですよ?

ほら、牛乳飲んでしっかりカルシウムとらないと。

しかし、カルシウム不足でイライラするっていうのは迷信らしい。

ついでに、カルシウムで身長が伸びるというのも迷信らしい。

もう私、カルシウムのことを信じられない。


「……まあいい」


先生はそう言って、大袈裟にため息をついた。

ため息をつくと幸せ逃げるって言いますよ。

あーあ、今ので一年分くらいの幸せが逃げたんじゃないですかね。


でも、ご安心を。

実は、ため息をつくとかえって幸せを呼び込むらしいのだ。

よかったですね、先生。

今ので一年分の幸せを呼び込みましたよ。


……待てよ。

その呼び込まれた幸せは、いったいどこから来たというのだ?


はっ!?

まさか、私の幸せを吸収したというのか!?


大変だ!

早く取り戻さないと!

Let's ため息!

せーのっ!


「はぁっはぁーっ!」


「……ときどき本気でお前がわからなくなるんだが」


必死にため息をしている私を見て、先生がぽかんとしている。

どうやら、ため息の持つポテンシャルに未だ気付いておられぬご様子だ。

このまま私が全ての幸せを吸収してしまおう。



……このため息が原因だったのかどうかはわからない。

ため息に、本当に幸せをどうこうする力があるとは思わない。


何にせよ、この後私に史上最悪の事態が降りかかるなど、このときの私は露ほどにも思っていなかったのだ。


どうしてもっと早く、その可能性について考慮しなかったのか。

そうすれば、少しでも心の傷は浅くなったはずなのに。

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