元テンプルナイトの俺が冒険者になってハーレムを目指したわけ

@raimugi

プロローグ

第1話

プロローグ

 春の到来と草木の芽吹きを祝うシルフ祭から二日後。城塞都市アミティアの教会の前は、祭りの残香を打ち消す陰鬱な人々の群れでごった返していた。

 教会の施す炊き出しに長蛇の列をなしていたのは、隣村の農民達だ。男手が祭りで出払っていたタイミングで村をモンスターに襲撃されたとは、まったく不運としか言いようがない。普段はお布施を大聖堂の補強にしか使わない教会も、この時ばかりは埃を被っていた大釜を持ち出し、栄養価の高いアンバイの実を混ぜ込んだ粥を振舞っていた。

 が、いかんせん人数が多すぎた。


「はぁ!? もとは俺達が収めた米で作った粥だろ! もうないってどういうことだよ!?」


 壮年に差し掛かった男性が空になった大窯を前にし、シスターに食ってかかる。村を離れ祭りを楽しんでいた彼とて自責の念を感じてないわけではないだろう。だが彼には引き下がれない理由があった。


「なぁ頼むよ。せめて子供の分だけでも!」


 男性の後ろには、母子の姿があった。夫と違い、着の身着のまま逃げ出したと分かる格好の母親、その母親の服の裾端を心配そうに掴んでいる子供。シスターはそんな一家を見ても謝ることしか出来ない。慣れない炊き出しを数時間に渡り懸命にこなしてきた彼女の額からは、大粒の汗が滴っていた。


「都市の権力の中枢を担うようになった教会の腐敗は聞いてたけどよ! 炊き出しすら満足にこなせないのか!? 言い訳は聞きたくねぇ! 村を襲ったモンスターが冒険者に退治されるまで一日はかかる! さらに村に戻れたところで食糧があるとはかぎらねぇ! 俺もな、家族を守るためなら、悪魔にだって魂を――」


 男性の言葉は途中で止まる。教会の正門を守っていたテンプルナイトが近づいてきて、巨大な影を男性の頭上に下ろしたからだ。体格を二回りは大きく見せているフルメイルの鎧もそうだが、大盾と大槌が何よりも畏怖の感情を掻き立たせる。男性はもちろん、同じく炊き出しにありつけず息巻いていた農民達も、紛うことなき本物の〝鉄槌者〟を前に、皆指一本動かせなくなり、動きを止めていた。


「ついてこい」


 そんな中、テンプルナイトのバケツヘルムからくぐもった声が響く。

 テンプルナイトは大多数の農民を引き連れ、豪奢なステンドグラスが掲げられた大聖堂の裏側に。庭の角に鎮座していた蔵の扉を開けた。

 そこには教会にあるまじき、酒や煙草など多数の嗜好品が貯蔵されていた。

 テンプルナイトは琥珀色の酒瓶が入った木箱を手に取り、庭に並べながら言う。


「一人一つ、持って行け。換金して食糧に変えろ」

「まじかよ。うっはこれブランデー? コルネック地方の最上級品じゃねぇか! 俺も死ぬ前に一杯あおってみたかったんだ!」


 ガン、と。軽く数十キロはありそうな大槌が大地に振り下ろされる。土を叩く音は鈍かったが、それでも浮足立った農民達の視線を集めるのには十二分の迫力があった。


「封を開けてみろ。この大槌で頭をかち割ってやるからな! いいか! 金に換えるんだ! それで食糧を買え。一気に使うなよ蓄えろ。協力して次の収穫まで支え合うんだ!」


 テンプルナイトは声がくぐもっているのを自覚していたのか、ヘルムを外し、もう一度同じ内容を叫ぶ。


「子供にふびんな思いをさせるなよ! もう言い訳は聞かないからな! 盗賊になんか身をやつしたら、俺が殺す! 理解できた奴から持ってけ!」


 大型の鎧からは想像できない、人族のまだまだ若い青年だった。首筋から伺える体格は、身長、肩幅共々まだ固まってない印象が強い。十八かそこらと思える顔つきは、線が細いのが特徴的で、この地方では珍しい黒髪を蓄えていた。

 総合的に整った顔立ちと言っていいテンプルナイトの若造。その顔は、怒りに歪んでいた。

 また、 


「ちくしょう! これで俺のエリート街道もぱぁだ! これなら酒臭ぇ声で質素倹約を説教する爺ィどもを蹴り上げとけばよかった! 酔っ払いどもが使う井戸の水も、毎回俺が自腹で魔法使いを呼んで補充しておいたんだぞ!? 本当に神様がいるんなら、あの爺共を井戸に突き落としていたとしても、こんなことにならなかったはずだ!」


 泣いているようにも見えた。

 貴族や商家のボンボンには発想すら浮かばない罵詈雑言が次々と吐き捨てられる。だが言葉は地面に向けられるのみで、決して農民達には向けられない。青年の生い立ちやら性格が伺える光景だった。

 母子を引き連れた農夫は木箱の一つをしっかりと抱きしめつつも、テンプルナイトの青年から目を離せず、固唾を呑む。


「あん? どうしたんだよ? ほら早く行け。頭の固い大隊長が来ると面倒だ。咎められると臨時の施しって言い訳も使いづらくなる」

「ア、アンタ、名前は?」

「スレイ・H・ヤシマだ。……おっさん、俺の選択を後悔させるなよ」


 スレイの運命が変わった瞬間だった

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