前世の記憶なんて、そんな大した物じゃない。

綾部 響

プロローグ

一人語り:俺と言う人物

 俺は余り詳しい方では無いんだが、今の世の中には所謂 「異世界にして前世とは違った生を歩む」 と言った物語が一世を風靡している様だ。

 つまり「生まれ変わる」事によってその後に素晴らしい、バラ色の人生を送れると言った話が支持を得ていると言う事なのだろう。

 考えてみればそう言った “ファンタジー” な話以外にも、生まれ変わったと言うその一点だけで様々な注目を浴びている人は多い。

 

「俺はかの坂本龍馬の生まれ変わりだ」


「私はジャンヌ・ダルクの生まれ変わりなの」


 織田信長、沖田総司、ナポレオン・ボナパルト、レオナルド・ダ・ヴィンチ……日本で、世界で偉人と評される人物の生まれ変わりならば、周囲の評価も当然と言うものだろう。それに伴って、その 「生まれ変わり」 を称する人物の重要性も決して低いものでは無くなってしまう。

 世界に名だたる偉人達には、総じて 「謎」 と言われる部分があってもおかしくないのだ。

 前述した坂本龍馬や織田信長、沖田総司の死には、現代の科学でも解明できない 「謎」 な部分が多く隠されている。

 ナポレオンがどの様にしてなり上がり、どの様にして失脚したのか?

 ジャンヌ・ダルクの受けた神の啓示はどの様な物なのか?

 ダヴィンチはどの様にして、当時としてはオーバーテクノロジーに近しい知識を得るに至ったのか?

 謎が謎を呼びそのミステリーが更なる魅力となって、故人は現代に至っても人気の的なのである。


 いや、そんな偉人でなくても良い。


 数代前の人物から生まれ変わったと言うだけでも注目を一身に浴びる事となるだろう。その人物しか知り得ない情報を持っていたならばもう大騒ぎだ。

 当時の生活様式を知る事や、その時代にあったエピソードとその真実が明かされでもしようものならば、その真偽は兎も角とりあえず話題性は十分である。


 ―――そう、その真偽は兎も角……なのである。


「生まれ変わり」 を称する者が 「生きていた」 時代と同年代の人物が存命ならばその真偽を測る事も出来るだろうが、大抵は大昔の人物が生まれ変わったと言う事になっている。その人物が本当に生まれ変わりなのかを証明する事は出来ない。

 だが話題を欲するメディアにはそれでも十分なのだ。真偽を探る等下種の勘繰り。兎に角それなりに信憑性があり、話題として盛り上がればそれで良いのだから。


 だが実際に生まれ変わりを体験している者から言わせれば。


 前世の人物として生まれ変わるなんて、これほど煩わしい事はない。

 特に前世が 「勇者」 や 「魔王 」や、「偉人」 や 「有名人」 でなければ尚更だ。

 強力な魔法を使える訳でも無く、大いなる野望を持つ訳でも無い。歴史に隠された真実を知る事も無いのだ。

 

 ―――普通に暮らしていた人間の生まれ変わり程、困った状況など無いのだ……。


 しかもそう古い人間の生まれ変わりでは無い。俺の前世はどうやら、


 ―――20年前に5歳の少女……らしいのだ。


 らしい……と言うのは、この少女が持っている記憶が曖昧なものだったからだ。彼女は自分が5歳だと言う事もうろ覚えでしかない。

 5歳と言えばそれなりに自我もあり記憶力もありそうなものだが、一般的に5歳当時の記憶を明確に有している人間がどれほどいるだろう。


 しかも5歳でのだ。それも実の母親に、である。

 

 俺がそれを知覚したのは物心ついた時からだったのだが、その時から一つの思いに囚われて生きてきた。


 ―――俺を、前世の俺を殺した母親に復讐する。


 前世の “彼女” がそう望んでいるかは分からない。どうやらネグレストも受けていたようで、年齢の割には体力も無く、知識も低い様に思われた。

 だが母への愛情と信頼は強く持っていた様で、それは死の間際まで変わる事は無かった。

 彼女の最後に残した記憶は自分に覆い被さる母親と、その母親が口にした、


「ゴメンね……」


 と言う声だけだった。その直後に意識が途切れているのだから、その母親に殺された事は間違いない。しかしそこが何処で、どういった経緯でそうなったのかまでは分からなかった。

 ただ俺がその事を認識した時に感じた思いは、


 ―――俺を殺したこの女に復讐する。


 と言うものだった。

 前世の彼女がどう思っているのかはもう分からない。そんな事は止めてと、もし生きていれば俺を止めたかもしれない。

 しかし彼女がどれ程その母親を愛していたのかは良く分かっている。そしてその母親に覆い被さられた時の絶望感も。

 その時俺は様々に湧き起こる疑問や思いよりも、強い怒りや憎しみを感じたのだ。それは彼女のものでは無く、俺が抱いた感情だ。

 こればかりは、いくら彼女に止めら様と抑えられるものでは無い。


 だから俺は復讐を誓い、暗殺者となる事を目指したのだ。


 あの母親が何処でどう生きているかも分からないが、自分の子供を手に掛ける様な女だ。真っ当に生きているとは到底思えなかった。

 ならば闇の世界で調べる事が近道だと、幼い俺はそう考えて悩む事も無く進路を決めたのだ。


 ―――ただ、あの女を殺す。それだけの為に……。


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