第8話 深い皺が刻まれた褐色の肌

 深い皺が刻まれた褐色の肌からみると、かなりのお歳なのだろうか。それとも、そういう種族なのか。緑の髪の、学者然とした小太りなオジさんは威厳のある口調で述べた。


 「イェスタ様の王位継承権は現在3位です」


 ……とか言われても、この口の悪い格闘技バカを、そんな設定で今更みられるわけないっつーの。

 いつの間にか増えてたノワゼさんという方に、色々ご説明頂いている最中です。


 確かに。

 思い起こせば、渡来手続きを踏むために内心半泣きで役所を訪れたとき、イェスタは、なんか偉そうな人と話をしていたような気がする。それに、騎士団に来たときも、遊びに来たにしてはなんか団長とかにエライ丁寧に待遇されてたような。

 口調も違うから「何を猫かぶってるんだ」とか、考えてたよ……


 そういえば、よく似た人を街で見かけたことがあったな。ボディーガードっぽい人を引き連れて高そうな服でさ、他人のそら似ってあるよなぁと……あれ、本人だったのか?

 私と会うときはラフな格好だし、住んでいる場所も教えて貰ってないし……


 うああ。マジデスカ?

 私ってば、色々と失礼なコトしてるよ!?


 「社会福祉も青年王族の大事な仕事です。イェスタ様は異界渡りの者を受け入れるための基盤作りに携わっておられます。その仕事を通して偶然ハルカ様に出会われたようですが、何しろ権力を振りかざすのがお嫌いですので、我々にも、イェスタ様の身分を明らかにする事は極力しないように、と通達されておりまして」


 「……はぁ」

 ショックでかい。多分、半分ゾンビみたいな顔になってたとおもう。

 そうかー。雲の上の人なんじゃないの。

 なんでこんな……大家してるテルセラさんには悪いけど……ボロアパートにいらっしゃってるんでしょうか。

 つか、なんか、まだウソじゃないかと思ってるよ、私。

 皆で、私をドッキリに嵌めようとしてない?

 

 「……いいんだけどよ、説明を付け足しておくと、俺が王都から離れたここに居るのも継承権争いで色々あったせいでさ。継ぐ気がさらさら無いってことの意思表示のためにも、大人しくしてた」

 「えっ、じゃあ格闘技オタクなのは……」

 「いや、それはただの趣味」

 「……あ、そうなんだ」

 実益を兼ねてる趣味なんだろうけど、深刻に考えて損したよ。


 「実はわたくし、各地の教会の聖洗や婚礼、葬送の記録を調べているのですがそこで様々な事が明らかになっております。例えば、この地方での異界渡りはかなり頻繁ですが、内陸でも稀にあります。ただしやはり偏見からか、内密に闇に葬られている例も多々あるようです。その中で、同種の異界人同士だけでなく、この世界の者との間での婚姻が成立し、子が成されている例がみられるようでして……」

 王立学校で研究しているらしいノワゼさんは、恰幅のいい体を揺らしながらペラペラ喋ってる、やっぱりこの人も異界人じゃないのかな。肌の色は、街の普通の人より更に濃い褐色で、妙にカサついてる。

 

 「異界人が渡来したという最古の文献は5千年前で、しかし、その前からこの現象はあったようです……」

 ……だからなんなんだろう。


 「子孫を残せる事から考えますと、異界人の中にはこの世界と祖先を同じくする種族があるようです。しかしこの国の婚姻制度では異界人との結婚を固く禁じております。国によっては同性、更には異界人との婚姻も許されているところもありますし、我が国では子を成せるかどうかではなく宗教上のみの縛りで法制度が作られております。これに関しては我が国は制度上古いと言わざるを得ません」


 「……はぁ」

 ああ。ハイ。さようでございますか。

 顔が引きつります。なんだか学校の授業みたいでクッソ辛いですよ……ノワゼさんが何を言いたいのかさっぱりわかりません。

 結論からお願いします……


 「だからよ、法制度が改正になったら俺がハルカを貰うって話だよ」

 ケロッとした風に、イェスタは私に告げた。


 「ああ……」

 「バカ、直球すぎるでしょ」

 「え、まだ言っておられなかったとか……? 」




 真っ白になって固まった私が、意識を取り戻したのは小半時も経ってからだった。

 

 部屋には電球が光っている。

 異界人の技術による技術発展著しいこの町では、ついこの間、いち早く送電が始まったのだ。

 

 ボソボソと、何か相談する声。

 「あ。気が付いた? 」

 ピンク髪のイザルティさん。あ。服、ちゃんと着たんだ……

 「ご気分は大丈夫ですか? お水をお持ちしておりますがどうぞ」

 と、獣人のテルセラさん。

 「事情を把握しておらず、申し訳ありません……」

 緑の髪……あ。ノワゼさんって光合成とかするのかなって思いついた。どうなんだろ。


 妙に温かい……と思ったら、私はイェスタに抱きかかえられていた。


 「うあ! 」

 「っ、急に動くな痛ぇ。お前、重い。腕が痺れたぞ! 」


 王族の始祖は黒髪に黒い目だったそうです。

 あと、異界渡りは何故か男性が多いのだとか。へー。


 「一目惚れだ。絶対、逃がさねぇからな」

 と言ってから、イェスタは急に赤面して目を逸らした。

 イェスタが、外堀から埋めるタイプだったとは……全く気が付きませんでした。

 「……うるせえ、何も言うなよ」

 「や、別になにも言ってないし……」




 こうして、異界に飛ばされてから1年が経過しました。


 腐ってもイェスタは王族なんだよなぁ。異界人と正式に結婚できるように、現在ノワゼさん達が動いて法の改正を進めているところです。

 まだ、これからも色々とあるんだろうけど……

 

 遠く日本にいるお母さん。私は今のところ幸せなようです。多分。

 どうかこれからも見守っていて下さい。

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