第3話 煌びやかな衣装がヒラヒラと

 煌びやかな衣装がヒラヒラと視界いっぱいに舞う。

 ギスムントの街中ではこんなカラフルな色に染めた布を見た事がない。

 こちらに来て初めてと言っていい、極彩色。花飾りで結い上げた髪。はじけるような笑顔で公演が始まる。


 入り口でもらったパンフレットによると、西方の民族衣装らしい。読み取れる単語が少なすぎて、よくわからないけど。

 バグパイプとアコーディオンを足して二で割ったような妙な形の楽器やカスタネットみたいな拍子をとるアイテムなんかが使われていて、オープニングにふさわしい華やかな演出がされていた。

 いくつかのフレーズが歌われていたけど、この国の言葉ではないようで意味まではわからない。

 ──まぁ、でも……来て良かったかも。


 割れんばかりの拍手やコールが響く。

 王立学校で研究されているものは多岐にわたる。今回の公演は近隣諸国や国内各地、異界の文化紹介がメインらしく、学術的な解説もアナウンスで時折織り交ぜつつ、歌や音楽、衣類、舞踊などが紹介されていく。

 やっぱり研究発表会的なものというよりも、学校祭的なノリに近い。

 

 こちらに来てからと言うもの、パソコンもテレビもゲームも、娯楽らしい娯楽がない生活だった。

 買い物とかはイェスタに連れられて市場に行ったり、一応、祭りなんかのイベントにも訪れたけど、気持ち的に落ち着かない日々だったからなぁ。確かに、こういったエンターテイメントに飢えていたのは否めない。

 いい気分転換になるかもしれない。

 

 その次は、思わず溜息が出るような北方の白を基調とした美しい衣装だった。勇壮な音楽と優雅に流れるような振り付け。舞手にも演奏者にも惜しみない拍手がおくられる。

 次々と繰り広げられる、こちらの世界各地の衣装や音楽、舞踊の世界に引き込まれていた。


 何番目だったろう。イェスタが舞台に姿を現した。

 鳥を模したのか。茶系の色合いをベースに派手過ぎない落ち着いた色合いの装飾と羽根のついた額当て。顔にも幾何学模様のペイントが施されていて、彼の髪。特徴のある金属光沢のある銀のメッシュがなければ、パッと見ただけではわからなかった。

 上半身は見事な肉体美を晒している。さすが武闘オタク。マッチョ系なんだけど、無駄がない感じ。


 以前、王立騎士団に遊びに来て、騎士の人たちと手合わせとかしてた事があったけど、あの時も凄かった。

 練習用だから刃は落としてあるらしいけど騎士の剣は金属だし、下手をすると当たれば骨だって折れるだろうに。リーチのある刀剣相手に乱取りで、一瞬で懐に入って近接攻撃で面白いように倒すのだ。

 武道とかさっぱり分かんないんだけど、合気道とか、あんな感じだろうか。最低限の動きでフェイントしたり手刀で動きを止めたり、全然力を込めたようにみえないのにあっという間に相手が地面に倒れちゃってた。

 近衛兵とか、戦闘に関わる仕事でもすれば良いのにと思うけど「訓練とか、面倒くさい。俺は得物使うより拳ひとつで近接戦するほうが面白いし」なんて、確か言ってた気がする。

 

 簡単な紹介のあとに、音楽もなく舞いのような演武が始まる。

 キレのある動きは猛禽類を思わせる。空手の型に似た放つ鋭い動きは、私の席までかなり離れているのに風を切る効果音が聞こえてきそうだ。

 突きとともに、汗が散る。引き絞られた弓のような緊張感に会場は静寂に包まれ、イェスタの踏み出す足音が微かに響いた。

 すごい。

 知識の無い私でも、彼の無駄の無い一挙手一投足に圧倒される。


 自分でも、魅入られたように集中しちゃったのに気づいたのは、イェスタが軽く礼をして下がったからだった。


 舞台の中心が空くと、もう1人の女性が舞台に現れた。

 長いピンクの髪はポニーテールみたいに一括りにされていて、イェスタよりももう少し簡素な装飾の額当てを着けている。袖の無い着物に袴っぽい感じの、動きやすそうな服装。


 ひと呼吸置いて、優美な、それでいて明らかに戦闘を目的とした動きが目を奪った。

 短い槍のような先の尖った武器を手に、中央でヒラリヒラリとナイフを閃かせる鋭敏さで、回転を加えながらしなやかに舞い遊ぶ。

 基本的な動作はさっきの演武に近いんだけど、武器がある分動きにバリエーションが生まれている。

 何と言ったらいいのか。イェスタに比べて華がある感じ。

 指の先までピンと伸びて、とても綺麗だ。


 ピタリと動作が止まると、軽く礼をし位置を移動した。

 控えていたイェスタが進み出て、対峙する。

 ……そして、一瞬2人の目が合った。


 途端に、女性側から槍が打ち込まれた。

 会場がざわめく。なんの解説も無く手合わせが始まる。

 気の抜けない激しい攻撃の応酬。

 技量は、拮抗しているようにみえた……が、掠めた槍がイェスタの頬に赤い筋を描いた。

 ──ちょっとまって。まさか刃がついてる? 真剣ってやつ?

 気づいた観客から悲鳴に近い歓声が沸く。


 イェスタの表情は楽しげに見えた。ひと筋、頬をなぞる血を顧みることもなく、飛び退って片手を突くと同時に次の一手へ奔る。

 ピンクの彼女は、辛うじてイェスタの攻撃を避けるが、その勢いに微かに怯んだ様子だ。

 海鳴りみたいに客席全体が興奮の坩堝と化していた。会場が渦を巻く熱気に包まれる。


 そのうち明らかにイェスタが優勢になってきた。

 毛一条ほどで躱したところを、手首を返して槍が叩き落とされる。

 手合わせも終焉なのか。昂ぶった声でエールが送られる。


 一幅の掛け軸かと見まごうように、ヒラリと脱ぎ捨てられた上着が宙に翻った。

 バラバラだった2人の動きは次第にシンクロしていく。互いの視線が絡む。

 情熱的に姿を重ねて艶めいた動作が加わる。

 見つめ合い、最後に男は女を引き倒して床に縫い止めた。


 頭の芯が痺れていた。

 ──ああ。そうか。


 気づいてしまった。


 職場の誰かに教わった事がある。


 この世界のある種の鳥は、オスとメスで闘う。

 メスを屈服させる事のできるオスだけが、そのメスを伴侶として選ぶ事ができるんだって。




 ……これは鳥の求愛を模した演武だ。

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