3-b


 腕時計を確認すると、時刻は五時を回った頃だった。僕が鎌倉に到着して、まだ一時間も経っていなかっただなんて、思ってもみなかった。


「ねえ、すこし僕の話をするよ」

「え? はい。どうぞ」

「僕は東京の上野に住んでいるんだけれどね、今日鎌倉に来たのは避暑旅行というやつだ。だから特にこれといって見たいものがあったとか、食べたいものがあったとか、取材目的とか、そういうつもりじゃないんだ。行く宛てもなかったから、こうして君についてきた」


 旅行と聞いて、エリーは羨ましそうな瞳で僕を見た。

 それからすぐに、首がこくりと傾ぐ。


「どうしてわたしに?」

「君に興味があったんだよ。アイルランド生まれの日本人。自称兵士の文学少女。僕の小説を好きな女の子。君に自覚はないかもしれないけれど、僕にとっては、君の言葉のひとつひとつが刺激的だったんだ」


 エリーが乗り込んで、僕が乗り込んで、もうバスに入ってくる客はいない。乗車口のドアが閉じて、バスはようやく走り出す。

 車内はがたがたと激しく揺れた。道路の凸凹具合は、東京よりも強いだろうか。おまけに今日は雨も酷い。せめて事故の起こりませんよう、心中でかたく祈っておいた。

 しばらく無言のまま、僕たちは窓の外を眺めている。

 ガラスを打ちつける雨の雫の向こうに、鶴岡八幡宮の赤い鳥居が見えた。そこで左折すると、車体が僅かに左に傾く。どうやら大きな石でも踏んだらしい。

 隣から小さな悲鳴が聞こえた気がした。ちらと見遣ると、エリーは両手で口許をおさえて顔を伏せていた。僕はからかいがてら、口を開く。


「兵士でも事故死は怖い?」

「……からかわないで下さい」

「ごめん。でも、そうだよね。事故で死んだら名誉は手に入らない」


 エリーは顔を持ち上げて僕を見た。

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