2-h


 静寂。雨の音だけが、鼓膜を揺らしている。


 バス停で立ち尽くしている僕を、運転手が怪訝な顔つきで睨んでいた。

 おまえも乗るのか、乗らないのかと、再三問いかけてくる。


 エリーは迫害を受けていたのだろうか。確かにこの現代は、偏見の多い世の中だ。あの容姿なら世間の風当りだって強いだろう。それなら仕方のないことだったと、そんな言葉で片付けてしまおうとは思えないけれど。

 特別な人間というものは、得てして似たような扱いを受けるものだと考えていた。それは大方において二分される。崇められるか、排されるか。そのどちらかだ。

 エリーは本当に、あるいはエリーのお兄さんもまた、彼女が語るように兵士だったのだろうか。では彼女は、あるいは彼は、一体何と闘っていたというのだろう。

 考えてもわからない。それでも考えるために、僕の足は立ち止まっている。鎌倉のバス停を旅立ち、どこか遠くへと走っていく戦車をこのまま眺めていることしか、兵士でない僕にはできない。

 熱狂と悲鳴を遠くに追いやり、闘うことを放棄している僕のような男には。

 何と闘うのかもわからない兵士に出願するなど、夢のまた夢の話だ。


 運転手が僕から視線を外した。バックミラーを確認している。

 雨の音が強くなる。夕立はまだ止まない。どこかから蝉の鳴声が帰ってくる。立ち込める雨の匂い、蒸した青草のような香りがした。


 鼻腔に微かに残っていた胡桃の香りは、探してみても、もうみつからない。


 足元でフレンチブルドッグが、喉を鳴らして、一度だけ小さく吠えた。

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