Shule aroon

citta×ponta

1-a


 1970年(昭和45年)8月22日。土曜日。


 鎌倉駅の改札を抜けて、左に折れる。

 東京上野を出る時、列車に揺られながら目にした、積み上げられていくオレンジ色のタワーの尖頭はもう探しても見つからない。

 上京先の下宿を離れ、故郷とは逆方向に電車で走ること二時間。僕はここ鎌倉まで、三泊四日の避暑旅行にやって来たのだった。


 八月ももう末だというのに、東京はまだまだ残暑が厳しい。おまけに若者の情熱にあてられて、いまや東京の街は炎上している。

 叫声。プラカード。火焔瓶。決起集会。――信念を伴った社会的活動やらいう全学共闘。つまりは学生運動だ。

 しかし僕という情熱のない学生は、いつだってただ眺めている。

 次第にエスカレートしていく学友たちを遠くから見ていたように、鎌倉の空もぼうっと眺める。

 まっ黒い積乱雲が空を覆っており、雨の帳が視界を埋め尽くす。急に降り出した八月の雨。ばらばらと機関銃のような音に混じって、遠くでは雷が嘶いていた。


 殺人的な夕立だが、じきに止むことだろう。

 雨の音は嫌いではなかった。熱狂と悲鳴よりも、よっぽど心は落ち着いた。


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