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3人の刑事は、また廊下に戻った。スヴェトラーノフがアキモフの見ていた写真を手に取って見た。
「このセルギエンコとかいう男、ヤクの売人だったんじゃないか?」
「盗難のあった日、ロマン・スヴェルコフがヴィシネフスキーのアパートの外で見かけてるんだ」リュトヴィッツが言った。「黒いヴォルガに乗った2人の男が一緒だった。その2人がセルギエンコに金をやって、ヴィシネフスキーの鍵を掏り取らせたんだろう。そして、自分たちがその鍵で中に入ってる間、見張りに立たせた」
ギレリスがもう一度、アキモフの供述書に眼を通した。
「その2人のうち1人が、あのきれい好きなウィンストン愛好家だろう」
「箱を反対から開けるやつですね」スヴェトラーノフが答える。
「スヴェルコフも、ヴォルガに乗ってたうちの1人が、アメリカ製のタバコを吹かしてたと証言してる」リュトヴィッツが口をはさんだ。
ギレリスの人差し指が、スヴェトラーノフの手にある写真を叩いた。
「だったら、このコピーを全市にバラまいた方がいい。こいつがドゥダロフと同じ運命をたどっちゃ、困るからな。一刻も早く、いぶり出すんだ」そして、右の拳を左の掌に叩きこんだ。「今はまず、あのスターリンの末裔どもを片づけよう」
拘留されたグルジア人は7人だった。面通しの規則では、被疑者ひとりに対して一般人ふたりを配することになっているから、全部で14人の一般人が必要になる。この規則を公正に運用するため、よくアウトーヴォやデヴィアトキーノの闇市まで出かけて、肌の浅黒い市民を見つけて協力を頼むのだが、大屋敷には近寄りたくない人間がほとんどだった。その結果、今日の面通しに協力を申し出てくれたのは、全員が地元の陸軍士官学校の士官候補生だった。
面通しといっても、大したことをやるわけではない。被疑者と2人の一般人、数人の警察官がひとつの部屋で待っている。合図で3人が立ち上がり、そこへ証人が入って来て、3人のうち誰かに見覚えがあるかどうか告げる。
アキモフはこの方法で、7人のグルジア人と相対した。ゆっくりと時間を取り、余分な圧力はかけなかった。結局、アキモフは7回、首を横に振った。最後の組にはグルジア・マフィアのボス、パルサダニヤンが入っていた。ギレリスがアキモフに本当に見覚えがないか念を押したが、答えは翻らなかった。
「これはどういうことですかね、大佐?」
グルジア・マフィアとヴィシネフスキー宅の盗難をつなぐ糸が切れてしまったので、ギレリスは捜査をその前の段階へ戻ることにした。
「君はオレグ・サカシュヴィリが殺された晩、ずっとホテル・プリバルチスカヤにいたと証言したな」
パルサダニヤンが肩をすくめる。「そうだったか?覚えてない」
「ところが、君はレストラン・トルストイにいたんだ」
パルサダニヤンは、アキモフが出て行ったドアを指差した。
「あのガキは、見覚えがないと言ってたじゃないか」
面通しの目的に対するグルジア人の誤解を、ギレリスはあえて解こうとしなかった。
「ホテルに着いたのは、君が言ったよりかなり遅い時間らしい。11時2、3分前に、ネフスキー大通りで、君の車が目撃されている」
「アンタたち、オレグの葬式をコダックで撮ってたんだろ?おれたちが殺したんだったら、あんな立派な式をやるわけないだろ」
「そいつはどうかな。今のところは、何とも言えん。言うこととやることが違うのは、グルジアの伝統じゃないのか?スターリン然り、ベリヤ然り」
「新聞記事みたいなこと言いやがって。グルジアをこき下ろすのに、スターリンを持ち出すのは、ロシア人の卑劣な常套手段だ」
「グルジア人が天の邪鬼だというのは、誰でも知ってる。父親のことを、君たちは《ママ》と呼ぶそうじゃないか?分裂症と欺瞞は、グルジア人の心理をひもとくキーポイントだ」
「ほう、アンタは民警おかかえの心理学者か?」
「私の考えを聞きたいか?」
「びっくりさせてくれよ」
「この事件はそもそも、チェチェン人との縄張り争いに決着をつける口実として、君たちが仕組んだものだ。オレグを殺しておいて、仇討の名目でチェチェン人に抗争をしかけるために」
リュトヴィッツには、無理な仮説のように思えた。ギレリス自身、強引さは承知の上で、パルサダニヤンをなんとか挑発したかったのだろう。当初からの戦略の一環なのかもしれない。しかし、パルサダニヤンは微塵も動揺した素振りを見せなかった。
「ロシア人にしては、想像力が豊かじゃないか」
「実を言うと、我々も最初はチェチェン人の仕業だと考えた。ドゥダロフは、容疑者の条件を十分に満たしてた。ただ、やつは物理的にオレグを殺すことが出来なかった。2日間飲んだくれた挙句、事件の夜はトラ箱に入ってたからな」
「それで今度は、おれたちに戻ってきたってわけか?」パルサダニヤンはうんざりしたように窓の外へ眼をやり、それからギレリスに向き直った。「なぁ、ペテルにいるチェチェン人はドゥダロフだけじゃないんだぜ。アンタの言う通り、オレグを撃ったのがヤツじゃないかも知れん。他のチェチェン人の仕業だってことも、考えられるだろ?あのコーラン野郎どもは大した理由もなしに、平気でおれたちを襲ってくるんだ。アンタたちがアルメニア人を大掃除してから、チェチェンの野郎どもがその後を狙ってる」
「作戦がひとつふたつ成功しても、問題はなくならんということだな」
「マホメットがひとり消えたら、次のマホメットを捜せってことだよ。ドゥダロフは犯人じゃないって?いいだろう。それなら、オレグを殺ったのは別のコーラン野郎さ」
「心に留めておこう」
「ほんとだぜ」
「放火の件も、我々の勘違いかもしれんな。わからんよ。経営者のモロゾフ氏があまり協力的じゃないから、捜査が全然進まん」
「なんだ、それは?」
「その件にも、君は関わりがないんだろう?」
「ああ。おれたちはレストラン・トルストイの近くには行かなかった」
「誰がレストラン・トルストイのことを話した?」
「アンタだよ」パルサダニヤンが怪訝な顔をする。「たった今」
「いや、私は放火の話をしただけだ。それがレストラン・トルストイに関係があるとは、ひと言も言ってない。レストランとモロゾフ氏を勝手につなげたのは、君だ」
パルサダニヤンの顎が不快そうに動いた。ギレリスの言葉にひっかかって、致命的な失言をしてしまったかどうか、自分でも判断がつきかねるようだ。
「弁護士を呼んでもらおうか」
「明日の朝になったらな。だが、今晩のところは、君は我々のお客様だ」
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