第7章:逮捕
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プーシキンはサンクトペテルブルクの南25キロほどの所にあり、1937年にこの有名な詩人の名前に改称された。緑に恵まれた閑静で小ぢんまりしたこの街に、いくつもの美しい公園と2つの宮殿がある。
警察学校は、エカテリーナ宮殿からほんの少し離れた場所に立っている。幅300メートルほどの青と白の化粧漆喰の前壁に、金色の丸屋根、金メッキを施した鋳鉄の門などを備えた宮殿に対して、警察学校は茶色の煉瓦が崩れかけ、屋根は雨漏りがして、ペンキが剥げかけている。
ロマン・スヴェルコフは、300人は入れる広い食堂で待っていた。折り畳み式の細長いテーブルでギレリスが質問している間に、リュトヴィッツはこの警察学校の指導教官を観察した。金色の髪に青い眼。大きな鼻と肉厚の唇をした強健そうな男だ。高い頬骨がなければ、ドイツ人かポーランド人のようにも見える。気品とロマンをたたえた顔立ちは、警察官より詩人にふさわしい。
「ヴィシネフスキーについて、聞かせてもらおうか」ギレリスが言った。
スヴェルコフは照れたように鼻を掻き、視線を左右に揺らした。ようやく答えようとしたとき、ギレリスにさえぎられる。
「なぜ、名乗り出て来なかったんだ?殺される前のヴィシネフスキーと接触したすべての人間に、われわれが話を聞きたがってることは知ってたはずだ。どう弁明する?」
スヴェルコフは代用品のコーヒーを口に含んだ。麦と藁を煎じ、それに牛乳を入れて煮込んだものだ。それから椅子に背中を預け、自分をかばうように腕を組む。
「アルバイトをしてることが報告書に載ったら、今の職を失うかもしれないじゃないですか。民警での出世の道はもう絶たれてます。ケガをして、補償もなしでOMONを放り出されたことは、ご存じですよね?」
「知ってる」
「妻や家族を抱える身で、この仕事を失うわけにはいきません。金が要るんです。給料以外に、稼げるだけの金が・・・」タバコに火を付ける。「それに大したことはお話しできそうにありませんから」
「大したことかそうじゃないかは、こっちに判断させてもらえんか?」
「わかりました。私は民間の警備の仕事を引き受ける警官どうしの小さな互助会の責任者を務めてます。どういう会だが、分かりますよね?主な得意先は、商店主やコーペラチヴのレストランや合弁企業。つまり、まともに金を稼ごうとするとマフィアに眼をつけられるような人たちです」
「個人の身辺警護は引き受けないのか?」
「たまにですが、引き受けます。連絡はヴィシネフスキーの方から。ある連中につけ狙われてるというんです。最初はマフィアのことかと思いましたが、話を聞くと、どうやら相手はKGBらしいと」
「向こうの目当ては?」
「ただ、いろいろ脅しをかけてくるんだと言うばかりでした。なんでもヴィシネフスキーのせいで収容所送りになったマフィアの構成員がいて、そいつが早めに釈放されるよう、KGBが手を回してるという話でした。その男が出所してきたら、きっと仕返しに来るだろうと、ヴィシネフスキーは心配してました」
「それで?」
「彼のアパートに行って、直接話したんです。警護の案を示して、値段を告げたところ、ヴィシネフスキーがそれでは高すぎると言いました。出せるのは50ルーブル。それも分割で払うと言うので、断りましたよ」肩をすくめる。「それだけの単純な話です」
「いつのことだ?」
「殺される2日前です」
「午前か、午後か?」
スヴェルコフはしばらく考えた。「午前です。9時から10時の間」
「盗難のある少し前だということになりますね」リュトヴィッツが言った。
スヴェルコフが少し驚いた顔をする。
「盗難?新聞には、盗難のことなんか出てませんでしたが」次第に怪訝な表情になる。「そう言われてみると、あのとき・・・」
「何かあったのか?」ギレリスが身を乗り出す。
「アパートを出たときのことです。知ってる顔を見ました。OMONに入りたての頃、ヘロインの密売で逮捕したことのあるウクライナ人です。モスクワの刑務所にぶち込まれたせいか、この前に見た時はだいぶ身体が緩んでましたが。ええと、名前は・・・」
リュトヴィッツがさえぎるように言った。
「まさか、ヴァシリー・セルギエンコか?」
「そう、そいつです」スヴェルコフはうなづいた。「そいつが、すぐ外に停まっていた車の中で、2人の男と話してました。でも、その時は別に気にしませんでしたよ。ヴィシネフスキーは盗まれる心配じゃなくて、殺される心配をしてたわけですからね」
「車の中にいた2人の男の特徴は、覚えてるか?」ギレリスが言った。
「ちらっと見ただけですからね。でも、顔の色は浅黒くて、1人はアメリカ製のタバコを吹かしてました。箱を外に投げ捨てたんで、覚えてるんです」
「銘柄は?」
スヴェルコフは肩をすくめ、首を横に振った。
「車の形式は?」
「ええ・・・旧式のヴォルガですね。色は黒。座席は赤でした。きれいな高級車です」憤然とした手つきで、タバコを揉み消す。「ねぇ、わたしだって、気がとがめないわけじゃないですよ。ヴィシネフスキー氏の身に起こったことを考えるとね。いい人でした。でも、50ルーブルじゃ、とても引き受けられなかったんです。互助会を運営してる手前」
ギレリスは真面目な顔でうなづいた。
「じゃあ、今日のところは、これ以上言うまい」
リュトヴィッツを見て、ギレリスは立ち上がった。ちょうどその時、炊事婦が湯気の立つソーセージの皿を3つ持って来た。腕時計を見ると、昼飯どきになっていた。
「食事はどうするんですか?」スヴェルコフが言った。
「君が食べてくれ。2つも仕事を持ってるんじゃ、2倍腹が減るだろう」
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