第5話 白騎士の裁き
村人たちは、最早暴徒と化していた。
罠に掛かった仲間を助け出すこともせず、憎悪を込めた瞳で少年を見据え殺到してくる。
カオステラーを討つために旅を続ける僕達にとって、たまには想定外のハプニングもあるけど、基本的には「物語に干渉するべからず」という方針でやってきた。
でも今目の前で、一人の少年がなぶり殺しにされるかも知れないこの状況で、登場人物ではない僕らが介入することの是非について、判断しかねている。
とりあえず少年を連れて一度逃げるか。後のことはまたその時考えれば──
『ずいぶんとだらしがないんだな、キミたちは』
猛り狂った暴徒の群れがとうとう柵の目の前に迫り、僕が事後承諾で離脱を図ろうと空白の書を開いたその時、村人達との間に割って入るように人が一人、激しい金属音をさせて空から降ってきた。
多分小屋の脇に立つブナの木から飛び降りてきたであろうその人は、朝日を背に受けて村人たちの方を向くと、その手にした無骨な大剣を地面に突き立て凄んでみせた。
村人からは逆光になるだろうその騎士の後ろ姿。それにさっきの声。
僕らには覚えがあった。
「ハッピーエンドの想区ばかり回っていたのでは、こういう時どうすればいいか分からないのだろう? 調律の巫女殿」
「エイダ!? なんであなたがいるのよ?」
「愚問だな」
「ていうか、……いつからそこに居たの?」
「ん? つい
まさかとは思うけど、登場の機会を伺っていたらしい。
そういうキャラだったか?
彼女はほんの少しこちらを向いて鼻で笑うと、再び村人たちの方へ向き直り、張りのある声で語りかけた。
その姿はまさに騎士、まさに貴族と言ったところだろうか。堂に入ったものである。
「集いし民たちよ、よく聞け! 心配せずとも災いは起きない。今起きている事も単なる自然の摂理に過ぎないのだ!」
白い騎士──エイダの出現で、振り上げた武器を下ろしていた村人たちの間にざわめきが広がった。
お互い顔を見合わせ、ひそひそと話し合っている村人たち。
エイダは構えを解かず悠然と立ち続けた。
やがて村人たちの中から弱々しい抗議の声が上がるが、それも全て織り込み済みとでも言うかのように。
「しかし騎士様、運命に逆らえばストーリーテラーの怒りを買うと聞いているが」
「私は麓の街の長老に、この村の習わしと歴史について話を聞いてきた。運命は一つではないのだよ」
どういうことだろう。
複数の運命、つまり複数の物語があるということだろうか。
柵の中でエイダの話を聞いている僕達は、目配せをして確認するが、誰も心当たりがないと首を振る。
一つの想区に一つの物語。これはこの世界の常識であり、その想区にとって当たり前のことのはずだ。
別々の想区で細部が異なる同じ物語を紡いでいるケースというのは分かるが、エイダの話からすると原典が混在しているということか?
村人たちの恐怖や不安が伝わってくるざわめきに、再び怒りの色が帯び始めたのを感じ、僕らは話の推移を慎重に見守ることにした。
「よく聞け。今のままだと本物の災いに遭うぞ。お前たちが恐れるべきは、この少年が死なないことで起こる程度の瑣末な問題じゃない。たかが子供の悪戯やちょっとした悪さに目くじら立てて、やがて訪れる悲劇をそら見たことかと他人事のようにしてきたのだろう?」
エイダは村人たちの反応を待つかのように、一度言葉を切った。
みんな心当たりがあるのだろう、中には下を向き黙ってしまっている者もいる。
そして再びエイダが口を開く。まるで子供に言い聞かせるように。
「長老は言っておられた。村人の運命の書には結末は書かれていないと。結末を知るのは少年だけなのだとな。もし運命の流れが、この少年の書に記されている結末が、長老の話に出てきた最悪の出来事だった場合、お前たちは全滅するのだぞ? 少年一人残してな」
無慈悲なまでの真実を突きつけられ、村人たちにどよめきが広がる。
驚いたのは僕達も一緒だ。
複数ある結末。それを取っ替え引っ替え紡ぎ続ける想区ということらしい。
これは僕らの勉強不足と取るべきか、それとも特殊な事案と取るべきか判断に困る。
でも彼らの衝撃度たるや僕達の比ではないだろう。
定められた運命に絶対的な信頼を寄せる、それは僕ら以外の常識であり、人々の拠り所でもあるんだ。
それが当てにならないなどと言われれば、当然反感もやむ無しと言うものだろう。
「そんなことあってたまるか! いくら騎士様でも聞き捨てならないぞ!!」
「何故わからない!? こんな奇妙な運命を与えたことこそが、ストーリーテラーの目的だと! これは教訓だ、子供に教育してるのだと言うが、少年の悲劇を出しにして自分たちの子供を脅すだけだろう? 綺麗事以外の何者でもないぞ」
「みなしごだったのを拾ってやった恩を、仇で返されたのはこっちよ!」
「名前も与えてやらず、遊びたい盛りの子供をこんなとこに詰め込んで、まるで奴隷のような扱いではないか」
「そいつが悪さするから、嫌われたり見捨てられるのは当然じゃないのか?」
「愛情も知らない、きちんとした教育も受けていない、そんな子供じゃ仕方なかろう!? 同じ過ちを繰り返すと分かっていて、大の大人が何も手を打たないでいることより重い罪なのか!」
「そ、それは……」
「運命にあぐらをかいて子供に正しい道を示さない。そんなことをストーリーテラーが望んだと信じていたのか!」
すごい。と僕は本気で驚嘆していた。
交渉ごとがまったく出来ない僕には真似の出来ないことだ。
下手すれば屁理屈や言いがかりと言っても過言ではない村人たちの言葉に、一つずつ丁寧に答えていっているエイダの姿に、僕だけじゃなくレイナたちも黙って聞いているしかなかった。
「しかし……今はそんなこと言ってる場合じゃない! 村人全員の命がかかっているのに、子供一人の命のために犠牲になれっていうのか?」
「そうよ! 子供が可愛そうだから救ってやって、私たちには大人しく死ねというの?」
「だったら両方救えばいいではないか! 何のために戦い方を教えたと思っているんだ? 運命という呪いに怯え、子供を生贄にするためではないぞ!? 自分たちで解決しろとは言ったが、こんな短絡的な決断を期待した訳ではない!!」
エイダの一喝が山々に木霊し、村人たちは皆黙ってしまった。
朝の清々しい高原に威風堂々と立つ白騎士と、うなだれて言葉も出ない村人という奇妙な光景。
一緒になって沈痛な面持ちで耳を傾けていた僕達に、シェインが足元の小石を蹴って合図してきた。
どうやら朝の独演会に、途中参加を希望するモノが来たらしい。
僕らは空白の書に導きの栞を挟み、これから起こる騒乱に備える。
横目でそれを確認したエイダも、無防備な村人たちを見捨てたりはしないだろう。
静かに、再び子供を諭すように問いかける。
「さぁどうする?」
「…………」
「しかたない、少しだけ時間をやる。あいつらを片付けてる間によく考えることだ」
はっとして顔を上げる村人たちの目に、ヴィランと狼の大群が映った。
我先にと殺到する村人たちを、羊飼いの少年が柵を開き、エイダが手助けしながら誘導している。
これで準備は整った。
彼らの熟考時間をたっぷり取ってあげたいところではあるけど、徹夜明けの僕らもだらだら戦いたくはない。
それに答えはもう出てるよね。あれで駄目ならもう救いようがないよ。
僕らはヒーローとコネクトし、高原に飛び出した。
いきなり最大戦力で、ちゃっちゃと終わらせちゃおう。
見ると少年も援護射撃してくれている。
今度はまったく引く気のない軍勢に、僕らも遠慮なく全力で臨んだ。
そして気づくと足元に累々たる狼の屍と、消し飛んだヴィランたちの足跡以外残っていなかった。
他に隠れている敵は居ないか、周囲を確認してから僕らは召喚を解き、ゆっくりと羊小屋の前に戻ると、エイダが怯え身を寄せ合う村人たちに再び問うた。
「答えは出たか? ……ならば聞こう。少年の血で染まったその手で、我が子を抱くつもりか? お前たちを守るために少年を殺してきたと胸を張って言えるのか? そんなもの悩んで出した結論とは言わない、考えることを放棄しただけだ」
最早うなだれるだけで、誰一人として反論しない村人を見て取ると、エイダの横で腕を組みながらみんなを見下ろしていた少年が、勝ち誇ったように吐き捨てた。
「へへーんざまあみろ、怒られてやんの!」
ガンッ!!
「お前が言うな!」
「おい、今エイダのやつ、ガントレット着けたままゲンコしなかったか?」
「うわぁいたそ〜〜」
見ると少年は頭をおさえ、涙目で地面にへたり込んでる。
自分でも気付いたのか、ため息をつきながらしばらく右の篭手を見やっていたエイダが、咳払いを一つして今度は少年に説教をはじめた。
「いいか、狼に食われると書かれていたのなら、腕の一本くれてやるぐらいの気概を持て。別に死ぬとは書かれてないのだろ? 自分が不幸だからと言って人に八つ当たりするなど、男の風上にも置けん! かっこ悪いにも程がある!!」
「ご、ごめんなさい……」
「友達を悲しませるようなことをするんじゃない。男の子だろ?」
エイダの示す方から、あのチーズサンドを預けてきた少女が駆け寄ってくる。
少年は顔が汚れるのも気にせずに、袖で涙を拭うと照れ笑いで迎えていた。
小屋の前で膝を抱えて俯いていた青年が、自責の念を込めた呟きを漏らす。
まるで独り言のように。
「我々は、どうすればよかったんだ……?」
そんな言葉に、エイダも誰にという訳でなく、空に向かって話しかけるように呟いた。
「運命のせいにせず、自分の責任で決断することだ。尊い子供の犠牲から何も学ばず、自分たちの子供に恐怖を植え付けるだけでは、本当の教訓とは言えない。そこから何を学び、どう活かすか。それを語り継ぎ、二度とそんな悲劇を繰り返さないことこそが、ストーリーテラーの求めているものだと、私は信じているよ」
これで一件落着、ということだろうか。
今回僕らは蚊帳の外というか、エイダの画策した住民による問題の解決とやらに、ただ巻き込まれてしまったような気がする。
まるで「トンビに油揚げを攫われるようなもの」と、シェインが愚痴をこぼしていた。
ひと仕事終えて満足そうにしているエイダを捕まえて、レイナが事の顛末について説明を要求している。
僕達は反りが合わないという訳じゃないけど、狂わされた運命を修復する調律の巫女一行に対して、エイダは理不尽な運命で苦しむ人々を助けるという目的で動いているので、微妙なところでずれが生じてしまう。
よもやカオステラーを生み出すようなことでもあれば、それは大問題だ。
「なんだ、そんなことを心配していたのか? キミらは相変わらずだな」
唐草模様の手ぬぐいで顔の汗を拭い、トボトボと帰っていく村人たちを見送りながら、エイダは笑った。
「そもそも私を責めるのは筋違いというものだぞ? 彼をカオステラーにしようとしてた奴が先に居たのだからな」
「なんですって!? それってもしかしてロキじゃないの?」
「名前は知らんが、年端も行かない子供を
そう言うとエイダはグレートソードかという大きな剣を振り上げてみせた。
「そういえばエイダ、剣も使い始めたんだね」
ほれと渡されたその剣はとても重く、僕は危うく取り落としそうになる。
まるで人一人支えるようにして返却したその剣を、エイダは片手でひょいと掴むと軽々と脇に置いた。
これは鍛錬用だと刃のところをつつき、そして彼女がこの想区にやってきた時からの、事の顛末を語ってくれた。
一週間程前、エイダがライフワークにしている人助けのために、運命に苦しめられている人は居ないかとこの想区に立ち寄った時のこと、そこで「見ず知らずの子供たちを戒めるために犠牲になるなんて、哀れですねぇ〜」と少年を唆しているロキを見かけ、ノシて沈黙の霧に放り出したそうだ。
「相変わらず、やることが思い切ってるねぇ」
「フンッ、元から気に食わん奴らだと思っていたからな、あれくらい当然だ」
「で? それからどうしたんだ?」
「ああ、彼は見たまんまの悪ガキでね、助けてやったと言うのに余計なお世話だと。何とか取り入って運命の書を確認したら例のアレだ」
「狼に食べられる、ってやつね」
「そうだ。主役だと言うのにずいぶん漠然とした内容、と言うよりかなりいい加減な印象を受けないか?」
「いやいや……そもそも僕達、彼が主役だって今朝知ったところだし」
「なんだそうだったのか。私はてっきり知っているものだと思っていたが」
「まぁ、見方によれば食べられて死ぬとも、手足など失うだけとも取れますからね」
「私もそこが引っかかってね、村まで行って確認しようとした訳だ」
それが例の第一次狼襲撃事件という訳か。
村人たちの運命の書はもっとひどい、とエイダは言った。丘の羊小屋が狼に襲われるということしか載っていないあの話だ。
その割には主役の末路を知らない人々。
そこでエイダは村人たちに狼対策を教え込み、麓の町まで調べ物をしに行ったらしい。
ちょうど訪ねた家にこの村出身の長老が住んでいたので、ランダムで繰り返す不思議な結末の話や、町の人も含め誰一人として物語の結末を知らないという、奇妙な情報を得ることが出来たそうだ。
なんでも騎士の格好をしてるので、大抵の人は協力的に情報をくれるとのこと。
「それで結末っていうのはどんな話なの?」
「少年が嘘をつきすぎて誰にも信じてもらえず、やがて本当に狼がやって来る。そしてその後が三通りだ。羊が全滅するケースと、少年が食べられるケース、それとごくたまに村が襲われて全滅するケース。私が知っていたのは最初のお話だが。この三様の物語を一つの想区でランダムに繰り返しているという」
当然エイダも不思議に思い、記録を辿ったりお年寄りたちの話を聞くと、ただ闇雲に物語が繰り返されているのではないという結論に行き着いた訳だ。
「それがストーリーテラーの真意ってやつねぇ。にわかには信じられないんだけどなー」
「町の長老が昔、
「それまじかよ!」
「嘘ではない。彼の話では自分のしでかしたことが原因で、村が全滅したそうだよ」
「それはなんというか、お気の毒に……」
長老は罪滅ぼしの為か、それとも何か思うところがあったのだろうか。
エイダの帰りしなにこう呟いたそうだ。
『自分の口から言えたことではないが、活かされない教訓にどんな意味があったのかね』
「だから私は年寄りから得たこの貴重な教訓を、村人たちに伝えようとしたのだ。言葉ではなく、自ら見つけ出すようにとな」
「あれ? でもあいつら昨日からどうやって懲らしめるか、そればっか話し合ってたぞ?」
「そうね、ちゃんとヒントとか伝えたの?」
「それはもちろん、伝えた。はずだが……」
「自分たちで解決しろ。そう騎士様から仰せつかったと言ってましたね」
「あ〜あ、あんたも相変わらずだねえ。抜けてると言うか何と言うかさあ。こういった文化水準の低い貧しい村ではよくあるんだけどね、なんでも人のせいにしてまともな努力もしないし、自分らで考えないのよ」
「だな。ましてや物語の舞台ともなると目も当てられねー」
「そうだね。発展も進歩もしないせいで、同じ過ちを繰り返すんだ」
これで謎が全て解けた。それと同時に、ようやく事の本質も見えてきたよ。
何故急にカオステラーの気配が消えたり、あんな意味不明の行動を取るヴィランが登場したのか。
少年は死ぬ運命だと思い込んでいた為に、正確には狼に食べられたくないが為に、嘘をつくのをやめて、悪戯に路線変更したのだ。
どうせなら「良い子」になればよかったのに。
その結果として予定とのずれが生じ、訪れた未知の筋書きに戦々恐々とした村人たちが、疑心暗鬼に陥り暴走したと言うことだろう。
仮にも「村人たち」は、主役に近い重要な登場人物には違いないのだから、カオステラーになる可能性は十分に有り得る。
僕らは顔を見合わせてから、さんざっぱら振り回してくれたお礼に、エイダに対しちょっといじわるをすることにした。
「要するに、彼を運命の呪縛から救ったことで、災いを恐れた村人たちの恐怖が一つの大きな想いになったのね」
「だけど集合体として想いが強くても、ちゃんとまとまってなかったおかげで、完全なカオステラーにならずに済んだと。ラッキーだねぇ」
「ですね。狼を呼び寄せて、少年を粛清する口実のために村を襲っていた、ということでしょうけど」
「イタズラするヴィランまで生み出してたしね」
「お、おう。まぁそういうこったな!」
「タオ兄、本当に分かってますか?」
「なんだ? わ、私は悪くないぞ!? そんな目で見るな!」
しどろもどろになるエイダはやっぱり変わらずエイダだ。
正義感が強くて、迷いなく弱者を助けに駆けつける。
でも世間ずれしててちょっとおっちょこちょいなんだよな。
「ニシシシ……まったく、いい歳して何してんだかね〜」
「歳のことは言うな! いいな? 歳のことは言うなよ?」
「あい。すいばせん……」
今回はたまたまストーリーテラーの目的が、闇雲に物語を繰り返すことではなかったからよかったようなものの、やはり物語への介入はあまり褒められたことではない。
エイダの気持ちを分かった上で、レイナは一応ということで釘を刺した。
「私は救いたいと思った者に手を差し伸べる、それだけだ。ストーリーテラーの定めが全て正しいとは思えないからな。目の前に悲劇があるのなら、助けを求める者があるのなら、救った上で想区を崩壊させない解決を目指すさ。ロキたちのような無責任な真似はしないから安心しろ。だがもし敵と見做すならそれでも構わない。お前たちは信じた道を、お前たちにしかできないことをやればいいさ。ただもう少し本など読んで、原典の物語をいろいろ知っておくべきだな。そうすれば旅先で主役を探したり、筋書きとの違いがすぐに分かって便利だぞ」
言葉の端々にエイダの強い信念が込められている。
運命に抗う白き盾──エイダ。
僕らもただ盲目的にストーリーテラーが正しいとは思っていない。
でもそこで暮らす全ての人々の明日を奪う、カオステラーを野放しには出来ないから。
それを正すことができるのは、レイナと僕達だけなのだから。
「でもエイダが読書なんて意外だね」
「私だって本ぐらい読む。雨の日など剣の稽古が出来ないからな」
なんだかエイダの新たな一面を見たような気がする。
その真っ直ぐな瞳は、明日も誰かのために己を盾とし守り抜くと、堅い誓いを湛えていた。
「さて、私はしばらくこの村に残って後始末をしていくよ。教育環境の整備と自衛について、麓の街と会合があるのでね」
「そこまでして大丈夫なんですか?」
「なに、麓の街からすれば、この村は貴重な乳製品や畜産品の仕入先だ。滅びられたら堪ったものじゃないだろう。私はセッティングまでしかしないさ」
大人たちがしっかりすれば、いずれヴィランも消えるし狼もおとなしくなるだろう。
そのためにもきっちりと骨身に刻み込んでやるさ、とエイダは意気込んだ。
「なあ、ところでフェニーはどうしてんだ?」
「昨晩無茶しすぎてたからな、どうせガス欠とかなんとかいって山の向こうで寝てるんじゃないのか?」
「ええ! 昨日のって火事じゃなかったの!?」
「麓の街に行ってる間、もしものために護衛してもらってたのさ。ああ見えて狼なんか目じゃないくらい眼が良いからな」
「そうなんだ。いたんなら顔くらい出してくれればいいのに」
「面倒なんだろ?」
あー確かに彼なら言いそうだ。
「ふふっ、それじゃよろしく言っといてね」
こうして僕らはまたどこかで出会う時まで、しばしのお別れとなった。
帰り際にまたあの小川で少し休もうと、林に向かって歩きだしてから、ふと気になることが残っていたのを思い出し、僕達は振り返ると大きな声で質問してみた。
「そうだ、ねえエイダ。ところで名前は?」
「名前?」
「あの羊飼い君です。村人さんたちに付けてあげろって言ってましたが」
「あぁ、ヨハンだ。あの子が付けてくれたそうだ」
「そっか、二人によろしく! チーズサンド美味しかったよって伝えておいてね!」
「あれ差し入れたの私なんだが……」
何か呟いてるエイダに向かって、僕らは大きく手を振り穴ボコだらけの丘を後にした。
初めてのケースではあったけど、ハッピーエンドじゃないはずの想区にも関わらず、とても晴れやかな気持ちだった。
「しっかしエイダの読書ってどんなだろうな? オレには想像もできねーや」
「そうですね……シェインは暖炉の前でロッキングチェアに腰掛けて、メガネを掛けたエイダさんが本を読む姿が浮かびましたけど。ただ、ストールを肩から羽織ってるのに、何故か鎧姿しか浮かびません」
「あはは、なによそれ?」
一同シェインの想像が頭に浮かんでしまい、お腹を抱えて大笑い。
「足元でフェニーが丸まってるとか?」
「ニハハハ……やめてエクス君、腹筋が割れそう〜」
今度会ったら是非聞いてみよう。
彼女がガントレットを外してる時にね。
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