ワルイコ宅配便

甲斐勇翔

プロローグ

 なあ、そこのオマエ、さっきからオレの後をじろじろ眺めてるみたいだけど、オレのことが見えるのか?……へえ、そいつはすげえや。久しぶりだな、オレのことが見えるヤツに会うのは。前にオマエみたいなヤツに会ったのはいつだったっけな。……まあいいや。ここで会ったのも何かの縁だ。ちょっとオレに付き合えよ。

 

ところでさ、オマエは「黒」って聞いて何を連想する?そう、色の黒。オレ達の周りにごまんとある色さ。……え?リュックサック……?ま、まあ、そうだな、そういう意見もあるよな、うん。このあいだ誕生日プレゼントに買ってもらったとか、オレにとっちゃどうでもいいけど、今一番お気に入りのものだからすぐに頭に浮かんだんだろ。

まあ、オマエの自慢話はひとまず置いといて、オレの話を続けるぜ。一般的には「黒」と聞くと、大抵はこう答えるんだ。黒猫、カラス、悪魔。他にもいろいろあるけど、オレの話を進めやすいように都合よく抜粋したのがそれらだ。え?抜粋の意味が分からない?まあ、簡単に言えば「抜き出す」って感じの意味だけど、ちょっとは本を読んだ方がいいぞ。

そう、それで、黒っていうと、大体はあまり良くないイメージがあるよな。黒猫やカラスを見たら不吉なことが起こるだとか、事件の裏には黒幕がいるなんていう表現もするし、悪いことを企んでるやつらの心は黒いなんて言ったりもする。まあそんな感じで、オマエ達は黒にはあまりいいイメージを持っていないことが多いよな。中にはカッコいいだとか、落ち着いているって感じる奴らもいるみたいだけど。

オマエも黒い色は好きなのか?一番好きな色。そうかそうか、それは良かった。だけどオレの話が全部終わったとき、オマエはまだその黒が好きでいられるかな……なんてね。

オマエは悪いことをしたことがあるか?人間、生きていりゃあ、程度はどうであれ、絶対やるよな。嘘をつく、学校をずる休みする、ものを盗む、人や動物を殺す。

なに、オレは別にそれを咎めようってわけじゃねえ。……ちなみに咎めるっていうのは、間違いや欠点を責めるっていう意味な。そんなこと知ってる?一応だよ、一応。

例えばオマエが悪いことをしたとする。そうだな、仮にオマエが、お母さんの大切にしている高級な皿を割ってしまって、それを隠し通そうとして嘘を重ねているところを想像してみろ。昔そんなことがあった?それはとんだ偶然だな。だったら余計に想像しやすいだろ。

どれだけ嘘を重ねてもいつかはばれる。割れた皿が見つかって、オマエはこっぴどく叱られる。だけど、よくよく話を聞いてみると、お母さんはお皿を割ったことではなく、オマエが嘘をつき続けていたことに怒っているみたいだ。そうじゃなかったか?そこでオマエは子供なりに考える。悪いことをしたら必ずばれる。隠そうとしても無駄だ。だったらあの時、最初から素直に謝っていれば、こんなにも怒られることはなかったんじゃないか。

でも、どうしてばれちゃったんだろう。僕の嘘が下手だったからかな。きっとそうだ。僕は嘘が下手だから隠し事なんてできないって。うん、大体あってるって?お兄さんすごいねって、オレを褒めてもなんにもやらねえぞ。

だけど、いくら嘘が下手だったとしても、どういうふうに割れたお皿が見つかってしまったのか、オマエは気にならなかったか?オマエは自分の部屋のクローゼットの片隅にしまっておいて、ほとぼりが冷めれば隠れて捨てようと思っていたのに。自分ではいろいろ策を練ったつもりでも、いつの間にかそれが崩れているなんて、不思議だよなあ。おいおい、オレがオマエのしたことを知っているほうが不思議だって顔してるな。まあ隠していてもしょうがない。別に隠すつもりもねえし、教えてやるよ。オレは、オマエ達人間でいうところの運送業者の社長をしている。とはいっても、オレ達は別に荷物を運んでるわけじゃねえ。訳が分からないって?人の話は最後まで聞けよ。

オレ達は人間の悪事を運んでいる。

一言でいうと、そんな感じだ。オレの会社の社員は「黒いものたち」だ。黒猫、カラス、蟻、カブトムシ、それからオマエの家にも大量にいるかもしれない、人間たちが大嫌いなムシ……。他にもいろいろあるけれど、ここから先は企業秘密だ。奴らがどうやって悪事を運ぶのかって?それは、オマエの皿割り事件をもとに解説してやるよ。

オマエがクローゼットに隠した皿を、オマエの家に住み着いているムシが、お母さんのわかりやすいようにちょっとだけ動かした。クローゼットを開けたときに分かるようにな。

そんなことは不可能だって言いたそうだな。だが、オマエに何が分かる。一匹いれば三十匹はいると人間には言われているそのムシが、何匹も集まれば、奴らには重いだろう皿の欠片だって動かせるかもしれないだろ。想像して気持ち悪くなったか?オレはオマエ達人間のココロとやらが気持ち悪いけどな。オマエの皿隠し事件なんか、世界中のいろいろな悪事に比べりゃ、それこそ蟻んこのようなもんさ。社長のオレがわざわざ直接出るまでもない。所謂下っ端に任せておけばいい案件だ。

そうだな、一週間前にこの街で起きた殺人事件、オマエも知っているだろう?オマエと同じくらいの歳の少女が、何者かによって刺されて川に捨てられてたっていうヤツだ。あの犯人は人間達にはまだ見つかっていないみたいだけど、それも時間の問題だ。オレのところの社員が、一部始終を見ていたし、その悪事を人間達に知らせようと……オレ達の用語でいうと、届けようとしている最中だからな。届けるって言ったほうが、ちょっとは運送会社らしいだろ。まあ、どう言おうとやってることには変わりないけどな。

犯人は、河原で少女を殺すとき、ちゃんと人気のないところを選んで誰にも見られないようにひっそりと犯行を行った……つもりだった。確かにそれを見ていた人間はいない。だが、河原にはカラスがいた。黒猫もいた。たくさんの「黒いもの」が、犯人を目撃していたんだ。だから、人間……つまり、警察が見つけられない犯人が使った凶器がどこにあるのかも知っているし、そいつが今どこで何をしているのかも知っている。今はオレ達がそいつの悪事を「届ける」タイミングを計っているだけさ。オマエ達人間がやっている運送業界にも、時間指定っていうサービスがあるんだろ?それと似たようなもんさ。

人間たちは口々に言う。黒猫を見たら不吉なことが起こるとか、カラスは不幸を呼び寄せるだとか。だが、それはオマエ達の心に疚しいことがたくさんあるからじゃないのか?黒猫やカラスはただそこにいるだけかもしれないだろ。オレ達も、普通に過ごしてるヤツらには何の干渉もしないからな。オマエ達が作った言葉に、悪事千里を走るっていう言葉があるだろ。本を読まないオマエはしらないかもしれないけどな。悪い行いはすぐにみんなに知れ渡ってしまうっていう意味だよ。

確かに、そうだ。オレはこの言葉が大好きでな。オレの会社の社訓にしているくらいだ。おもしろいだろ。まあ、オレの会社とオマエ達の言葉のどっちが先に生まれたかどうかは知らないけどよ、ずーっと昔から人間の悪事を届け続けているオレ達を見て、誰かが言い始めたのかもしれないな。オマエ達も知っているように、黒猫は走りが速い。奴らは主にオレ達の情報の伝達役を担ってくれているんだ。まさに飛脚が千里を走って荷物を届けるそれと、やっていることが似ているよな。

おっと、ちょいとしゃべりすぎたな。久々にオレが見える人間に会えて嬉しかったのかもしれないな。おいおい、どうしたんだよ、そんなに震えて。汗もやたらかいてるし、なにをそんなに焦っているんだよ。

オレの会社の名前は「ワルイコ宅配便」っていうんだ。可愛いだろ。社員数は、ちょっと把握できてねえな。何しろいっぱいいるもんで、そろそろ支社なんてものを作って役割をもっと分担させようと思ってるんだ。今のままじゃオレが大変だからな。

そうそう、さっき話した犯人はな、なんと犯行に使った刃物を自分のリュックに入れて持ち歩いているそうだ。そうして隠していれば誰にもばれないって思ってるんだろうな。

だけど、無駄だ。オレのところの社員が、すでにそのリュックに細工をしているんだ。リュックの底が破れて刃物が落ちてくるようにな。ちょうど黒いリュックだったから、自分の体とうまく同化して、スムーズに仕事が終わったって喜んでたよ。社長であるオレには自社の社員を守る義務があるから、誰がそんなことをしたのかは言わないけどな。

顔が真っ青だな、気分でも悪いのか?まあ、オレの話はあともう少しで終わるからどこかに行くならもう少し待ってくれよ。……おい、腕を振りほどこうとしても無駄だぞ。それに周りの奴らからすると、誰もオレの事なんか見えてないから、オマエが一人で暴れてるように見えて気持ち悪いぞ。

「ワルイコ宅配便」の社長であるオレが、わざわざ外に出てくるのは、それが余程の案件だったってことだ。オレ達にとっても人間達にとっても。だからオレはオマエに見つけてもらえて嬉しかったし、オマエとの話が終われば会社に戻らないといけないからちょっと残念だと思ってる。

なあ、例えばオマエが何か悪いことをしようと企んだとき。それを実行しようとしたとき。そんな時は周りに「黒いもの」がいないか、確認してみることだな。何もないと思ってもオレのところの社員がオマエを見ているかもしれないからな。オマエ達の言葉を借りると「壁に耳あり障子に目あり」ってやつさ。

おっと、そろそろ時間だ。残念だが、オレの話はこれで終わりだ。またどこかで会えるといいなと言いたいところだが、まあ、オマエにとっちゃ会わないほうがいいんだろうな。


ワルイコ宅配便は、貴方の悪事を必要としているお客様にお届けします!これからもどうぞ、ご贔屓に。じゃあな。

 

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