うまいもの

若狭屋 真夏(九代目)

 餃子

「この小説を友人であるN女史に捧げる。」


とある小さな町に、古びた中華料理店がある。田舎の町のどこにでもあるような中華料理屋。そこにうまいものを求めて人々はやってくる。


「はい、餃子」と70代と思われるおばあさんが運んできた。

「わーい」と冴子ははしゃいだ。

「いい加減にしろよ」とそれを制止したのは会社の一年先輩の匠だ。

「だって、ここの餃子おいしいって評判なんですよ。食べログなんかに載ってて。。」

「お前な、ここの餃子がおいしいことは俺が生まれる前からみんな知ってるんだ。

ネットの評判なんて気にするな」

そういったのは匠と同期入社の充だ。

「最近は。食べログ、とか見てきました。なんて言ってきてくれる子もいるよ。

まあ。俺はネットとか、噂とかは気にしないんでね。いつの通り「細々」と営業させてもらってるよ」

といったのはこの店のシェフ、陳さんだ。

この店は陳さんの父が開いた店だ。

もう、90年近くこの町の人々に愛されている。

陳さんも70を越えているが、いまだに背筋が伸びている。


「餃子」はこの店の開店以来からの名物だ。

「あれ、ちょうだい」といえば「餃子」が出てくる。


「それにしても、この餃子おいしいんだよな。」匠は餃子をほうばる。

匠と充はこの町で生まれた。彼らは「離乳食」としてこの餃子を食べていたほどである。

「家でつくっても、どうしても「なんか」足りなんだよな」充の言葉に匠はうなずく。

「それが90年の伝統だよ」陳さんはそう言って笑った

冴子はこの話を聞いているのか。いないのか。ひたすらに餃子を食べ続けている。

「お嬢さんもこの味気に入ってくれたようだね」陳さんは微笑んだ。

「この味を嫌いな奴なんて、人間じゃないよ」匠はいった。

二人とも餃子を食べながらうなずく。

匠は皿の上にもう一つしか餃子が残っていなかった。

匠は箸をだしたが冴子のほうが早かった。

「ああ。」と匠は漏らした。

「陳さんもう一皿おねがい」匠はそういった。

「あいよ」陳さんはフライパンを温めだした。



中国では「餃子」は金運をあげる食べ物とされている。そのわけは「昔の貨幣」と形が似ているからだそうだ。

したがって日本でいう「おせち料理」的なものとして正月に食べる。

それを日本に伝えたのは戦時中中国に駐留していた日本兵が中国の人に作り方を聞いて日本に戻り伝えたとされる。


陳さんの餃子づくりは「朝4時から始める」

陳さんの餃子は豚肉のひき肉を使う。

それを混ぜていく。ときおり肉が温まらないように、手を氷水に入れてひやす。

やがて赤かったひき肉が白い色になっていく。これに冷やしたスープを足して混ぜとりあえず、肉はこれで完成だ。


次は野菜だ。ニンニクをつかう店もあるのだが、陳さんはこれを使わない。

陳さんはキャベツを大量に刻む。それに塩を混ぜ、水を出させてからつかう。たくさんのキャベツが量が少なくなる。

この店の餃子の材料はほぼこれですべてだ。

あとは、先ほどに肉にたっぷりのキャベツをいれざっくりかき混ぜる。


調味料は塩コショウ、そして隠し味に、「紹興酒」を入れる。

この「紹興酒」は特別なもので、中国からわざわざ取り寄せているものだ。


この二つが混ざったら最後に醤油を「ちょっとだけ」たらす。

この醤油が餃子を焼き上げたときに「ぷーん」といい香りを出させる。

これを冷蔵庫で2時間寝かせる。


その二時間の間で陳さんは皮を作る。

つかうのは「小麦粉」「水」「塩」これだけである。

まず小麦粉に塩を入れてよく混ぜる。

それに水を入れていく。

水の量はその日の気温によって違う。別にメモを取っているわけではないがそこは「長年の勘」がなせる業である。

水をすこしづつ足していきながらちょうどいい具合で混ぜ始める。

ばらばらだった生地がすこしづつ固まっていく。塊が何個かできる。それを集めて一つにする。一つの塊になったらふきんをかけ、常温で寝かす。


30分ほど生地を寝かすと、ほんの少しだけ膨らむ。

これを指でおし、確認をすると、小石ほどの大きさに生地を切っていく。とりあえず生地をすべて切ると、「アスパラ」ほどの太さの麺棒で生地を伸ばす。2回ほど伸ばすと生地は「まあるく」なってゆく。

この皮が完成すると肉を包む作業だ。


「アンベラ」というスプーンのような形をした「鉄の板」で具材を皮に包む。

重さは計ることは無い。

あっという間に400個ほどの餃子が完成する。

美しい三日月のような形をしている。


これほどの手間と時間をかけながら6個300円というのは「安い」のである。

これはあくまでも昼の物で夕方にまたこの作業を繰り返す。


シンプルなのだが、料理というものは「シンプル」であるほど難しい。

「ごまかし」が効かないからだ。


この餃子を求め毎日人が訪れるのである。

食べると、紹興酒と醤油のにおいがして、肉汁がたっぷりと流れだしてくる。肉に混ぜた「スープ」がこれだ。

「常連」はこのためレンゲの上にのせて食べる。餃子を食べ終わると、残った肉汁を呑むのである。

この熱々の餃子にビールを一杯、というのが

「この店」での「いつもの」である。


もちろん、餃子だけがおいしいのではない。炒飯、ラーメンもうまい。

しかし、この店に来たら、最初に頼むのが「餃子」なのである。

炒飯は「あえて」ササニシキを使う。

最近はササニシキはあまり売れない。というイメージがあるが寿司屋などはこれをあえて使っている。べっとりしすぎず、口の中でほぐれやすいからだ。

このササニシキを少し硬めに炊いて炒飯に使う。


ラーメンは麺こそ「製麺所」に頼んでいるが、特注である。製麺所とは父の代からの付き合いである。


中太の麺を少し硬めにゆでる。それにスープをかける。

そうしてから用意した具材をいためる。中華鍋の火力は強く、20秒ほどで具材はいたまる。

それを上から乗せる。

その時間で麺に火が通り、ちょうどいい硬さになる。


陳さんの料理は「一切」手を抜かない。

ちょっとしたことでも手間を惜しまない。

それを客も知っている。


だから「釣りはとっておいて」って客も多いのだ。


今日も三人はこの店で餃子を頼んでいた。

どんなに疲れていても、「この餃子」を食べれば元気が湧いてくる。

「それにしてもこのお店ってまずいものないですね」冴子は言った。前日3人で来て以来ずっと夕食はこの店だった。

「当たり前だろ。」匠は言った。

「陳さんの店はこの町の歴史なんだよ。いろんなことがあってこの町もさびれちゃったけどさ、陳さんの店だけは元気をくれるんだよ。」

そういうと充は餃子を食べ終えた後にビールを飲みほした。


客が笑顔で自分の作った料理を食べてくれる、料理人にとってこれほどの「幸せ」があるだろうか?」

陳さんは今日も中華包丁をそう思いながら握っていた。


つづく




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